第五話 金のアレ
茜が出張先で過ごしていた一方、稜はまた空と一緒でした。
いつものように楽しかった時間の後、空と稜が知る事とは・・・
茜が東京出張の昼間に、稜は空と近くのデパートに居た。
「なぁ、もういい大人なんだから一人で行けよ」
「いやぁどんな好みか分からなくてさ」
「いやいや、弟だからって姉ちゃんの指輪の好みなんかわかるかよ!」
「稜ちゃん誕生日で三十歳だよ。指輪の一つや二つ買ったことあるでしょうに」
「え?空あるの?」
「いや、それは、まぁ・・・」
「何だそれ、無いじゃん」
「うっせ~、てか琴美ちゃんにも買ったことないの?」
「あぁ、琴美は自分で欲しいのバンバン言ってきたから・・・」
「あぁ・・・」
いい年をして男二人が相変わらず小学生の延長のような会話をしていた。
「あ!あかねぇ三月生まれじゃん、二十日」
「うん、知ってる。その時は茜の欲しいもの用意しようと思ってて、今回はサプライズ」
「ほぉ」
何気にパンの袋を縛っている金のアレでサイズをチェックしたつもりだった稜は、一先ずこれでカジュアルな指輪を渡そうと思っていた。
「婚約指輪は一緒に買いたくて」
「え?婚約・・・おぉ~実際に聞くと衝撃だわ!稜ちゃんあかねぇと結婚する気、マジであったの?」
目が飛び出るほどの顔をしてまじまじと稜の顔を見る。デパートのアクセサリー売り場にそんな男二人が少々場違いな様子でウロウロしていた。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
微笑みながら上品な女性販売員が二人に声をかける。
「あ、は、はい」
稜と空二人が声を揃えて答える。
「あ、俺は付き添い」ハハハと空が一歩下がる。
「プレゼントか何かでしょうか?」
落ち着いて販売員の女性が問う。
「あのぉ、ホワイトデーのお返しで」
「かしこまりました、では一緒にお探しいたします。どのような感じがお好みでしょうか?」
「あのぉ、カジュアルな普段いつも使えるような、それとサイズはこれで・・・」
稜は金のアレを恥ずかしそうに見せる。
「かしこまりました、では・・・」
と笑顔で応えた女性販売員がいくつか候補をベルベットのトレイに乗せて持ってきた。金、銀、プラチナ、モチーフが付いているもの、付いていないもの、石が付いているもの・・・目移りして稜は余計分からなくなる。空は全く興味もなくウロウロあちらこちらただ見て回っていた。
「あのぉ」と稜は星のモチーフの指輪を指し「星に誕生石なんてつけられませんか?」と問う。
「あぁ・・・少々お待ちください」
女性販売員は少し色々と見て探し、思い当たる物があったのか「あ!」と声を上げてこちらにやって来た。
「お客様、星ではないのですが」ともう一つのベルベットのトレイに乗せて来た指輪を見せる。
「こちらの三日月と星のデザインの星のところに石を埋めることが出来ます」と説明してくれた。
三日月に寄り添う誕生石、三月生まれはアクアマリンの小さな石がつく。
「いいですね」
稜はとても気に入り、それにすることにした。茜が喜ぶ顔がもう浮かんでいる。
「月なのでゴールドがよろしいかと。あとデザイン変更に少々お時間とお値段がかかりますが、ホワイトデーまでにはお渡しできますので、よろしいでしょうか?」と電卓に価格が表示され稜にさし向けられる。ちょっと予算はオーバーだったが、稜はただ茜が喜ぶことしか考えていない。迷わず承諾した。
「稜ちゃん!決まった?」
しびれを切らした空が覗きに来て、ニコニコしている稜の顔から察する。空も嬉しそうに「俺の姉ちゃんの彼氏なんです」と女性販売員に自慢する。「おい、よせ!」照れる稜と微笑ましくにこやかな顔をする女性販売員に空は「いい奴でしょ!ね!」と稜の肩を組みながらちょっと調子に乗って見せた。
「仕上がりましたらご連絡いたします」と深く礼をした女性販売員に稜と空も釣られてお辞儀をした。
♪ピロリロリン
空のLINEにメッセージが届く。
「うわ!」
メッセージを読み空の顔が曇った。
「どうした?」稜が心配そうに覗き込む。
「バイトが一人ドタキャンだって、パートさんから連絡入った。悪い、俺急いで店戻るわ」
そう言って空は一人先にデパートからコンビニへ戻った。店長はゆっくり休めないのか、と稜は空を気の毒に思い
「空!気を付けて!無理すんなよ!」
と空の背中に大きな声をかけた。
「稜ちゃん!ありがとう!」
そう言って振り向いて「はずいけど~!」と付け加え笑って行った。
稜もその後することも無いし、一人の夜ご飯にデパ地下のちょっといいお弁当を買って帰ることにした。
「一人寂しく食べるんだから、いいよね」
ビニールに入ったローストビーフ弁当をぶら下げ自宅へ向かう。そんな時、茜からの部屋干し確認のLINEが入ったのだった。
『そっち雨なら気を付けてね。明日帰るの楽しみに待ってるから』
のメッセージには自宅に着いても既読にはならず。もう食事会でスマホなんか見てないんだろうなと、ちょっと不貞腐れ気味にテレビをつけて、冷蔵庫からお茶をだした。
家に着いて直ぐくらいに雨が降り始め、ロッキーの夕方の散歩はお休み。風も強く、家の窓ガラスも少しカタカタなっていた。
空は休日を早くに返上し、ドタキャンしたアルバイトの代わりに店に出ていた。パートの女性がぶつくさ愚痴っているのを「ハイハイ」と空はなだめながら、夕飯時の弁当補充をしている。二十二時にはもう一人の男子学生のアルバイトが来るので、それまで空が穴埋めとなり、愚痴っていたパートの女性は十九時で上がって行く。
「お疲れ様です」
女性のアルバイトともう一人の男子学生のアルバイトとバタバタと忙しく時間が過ぎて行った。
♪ルルルルルル
空のスマホが鳴る。
「ん?」
知らない番号に躊躇するも「もしもし…」と空が出ると慌てた声の中年男性の声がした。
「もしもし!古川さん古川茜さんの弟さんの電話でおおてますか?」
「は?あ、古川です。茜の弟ですが、どちら様で?」
「濱田です、濱田工務店の。い、今警察と病院から連絡が入って、ほんで、あの…」
とても慌てている様子で空は何かあったことを察して店の裏へさっと入って行った。
「姉がどうかしましたか?」
「すんません、今日見本市で東京出張してもろてて、ほんで、事故におうたって、連絡が」
「事故?姉は?今病院ですか?」
「はぁ、病院に運ばれて、あの、古川さん、頭を打ったようで、意識がなくて」
「兎に角、向かいます、病院どこですか?」
濱田社長が言うには、横転したトラック運転手、茜の乗っていたワンボックスの潮田、その社員の運転手、岩倉、茜はすぐ病院へ運ばれ治療を受けているという。トラックの運転手は車体が横転しただけで幸運にも打撲だけで済んだらしく、ワンボックスの四人も命に別状はなかった。ただ運転席を下に横転したため、運転席とその後ろにいた茜は頭を打ったらしく意識不明で病院へ運ばれていた。助手席の潮田は顔面を打ち鼻骨骨折、助手席後方の岩倉は咄嗟に窓横の手すりを掴んだ手首を捻挫という軽症で済んだ。
濱田に一報が入り、茜の緊急連絡先が空の携帯だったので急いで電話をしたらしい。
空は母に電話を入れ、両親と姉の碧海を病院へ向かうよう伝えた。少し混乱はしていたが店を放って行けないので、深呼吸深呼吸…と自分に言い聞かせ交代のアルバイトが来るまで一言も喋らず仕事を続けた。
「大丈夫ですか?空さん顔色悪いですよ」
男子学生アルバイが気にかけてくれる。時計は二十時半、まだ一時間程しか経っていないのに五時間くらい待っている気がしてならなかった。
「空さん、なんかあったんですか?」
どうにも様子がおかしいので男子学生アルバイトが問う。
「あぁ、ごめん、小路君実は・・・」
男子学生の小路光は大学入学以来ずっと働いてくれている空も信頼できるアルバイトだった。よく気が利くし、空が休暇の時は父も頼りにしている人材だった。
「そんな大事なこと早く言ってください!大丈夫です、俺店のことよく分かってますし、行ってください病院!早く!」
「悪い!任せて良いかな・・・」
「だから早く!」
小路は微笑んで空の背中を優しく押した。背中に力を貰ったように空は店を飛び出した。
一人食事をする稜。ローストビーフを一口頬張り「うまっ」と微笑むも、静まり返った部屋にテレビのバラエティー番組の笑い声と、外の雨風の音だけが聞こえ美味さが半減していた。いつも「うまっ」という声に一緒に微笑む茜の笑顔が無いとこんなに美味しさも変わるのかと気付く。今までの一人の生活では感じたことがなかった物足りなさ。好きなものを好きな時に食べられる自由さがこんなに味気ないとは。二人で食事をする日々がすっかり当たり前になっていたのだ。ビールも好きなだけ飲もうと思っていたのに「今日は止めとこう」と冷蔵庫を開けて直ぐ閉めた。
風呂に入り、髪を乾かしながらテレビの二十二時のニュースをつける。
『今日は春の嵐のようなお天気で、都心は荒れ模様でした。そんな中、大きな事故のニュースが入っております』
ドライヤーでテレビの音ははっきり聞こえていない。画面には強風の様子が映し出され、トラックとワンボックスカーが横転している風景が現れテロップに『重軽傷』『意識不明の重体』が目に留まる。
「ん?」
急いでドライヤーを切りニュースに耳を傾けた。
『ワンボックスカーに乗車の運転手と後部座席の女性が意識不明の重体となっています。東京ドームの見本市の帰りだった模様で、現在病院で治療中だそうです。またもう一つの事故で、公園の・・・』
嫌な予感がしてならなかった。茜の出張も東京ドームの見本市だと聞いたいた。濡れた髪を放って急いでスマホのLINEを確認する。
「まだ未読・・・」
心配になり電話を掛けるも繋がらない。呼び出し音もなく『電波が届かない』とメッセージが流れるだけ。
稜は急いで空に電話をかけた。
空が病院へ着いた時には茜は既にICUに入っていた。
「あおねぇ・・・」
ICUの待合の椅子に両親と碧海の姿を見つけ空が声をかけた。
茜は後部座席に居て横転した時に頭を打ったのと、その更に後部に積んでいた荷物が倒れ込み下敷きになっていたらしい。また荷物の中にあった布を裁断する裁ちバサミやカッター類が散乱した為、首に傷を負って出血も多かったようだった。
「お医者さんが朝までにでも意識さえ戻れば大丈夫だって言うんだけど・・・」
碧海が深刻な顔をして空に伝える。そこへ慌てて濱田社長が駆けこんできた。
「すんません、ほんますんません、こんなことになって」
後方に軽症で済んだ岩倉がいる。二人して古川家の前で土下座をした。
「いや、社長のせいじゃないですから」
空が慌てて濱田に歩み寄る。
「すみません、同乗していて僕だけこんな軽症で・・・」
「いえ、それはご無事でよかったです」
碧海が冷静に言う。
「あなたにもご家族がいらっしゃるでしょうし、責めるつもりはありません。茜が目を覚ませばそれで・・・」冷静なつもりが最後は言葉にならない碧海だった。
「一先ず社長はご自宅へ。ここは家族で待ちますので」
空が社長と岩倉をICUの待合の外へ見送りふと時間を見ようとスマホの待ち受けを見る。
「あ、稜ちゃん・・・」
稜からの電話の着信が十件以上あった。そしてLINEのメッセージに『ニュースの事故って関係ないよな?』とある。
すっかり連絡を忘れていた。
お読みいただきありがとうございました。
流れる時間は誰にも同じであり、それぞれはその時間でそれぞれの体験をしている。
東京で過ごしていた茜とその間買い物に出かけた稜。
事故の知らせを聞いた空。
駆けつけた家族。
同乗していた岩倉、出張を勧めた濱田。
片方から見れば、その反対の見えない時間。
それぞれの時間が茜の事故で繋がる。
そして、何かを察しながら何も知らされないでいる稜の気持ちを考えると、どんなに不安だっただろうと思いながら書きました。
茜の今後を一緒に見届けて下さい。




