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第四話 荒天

茜の仕事も順調で、出張の日が来ます。

稜と茜が少し離れて過ごす1日が始まりました。

三月の第一日曜の朝。茜が東京出張の日だ。荷物を詰めたキャリーケースを二階の部屋からよっこいしょと降ろす。日帰りでも可能な距離だが、しっかり見本市を見たかったのと、一緒に行く岩倉が知り合いの装飾店社長、潮田祥子(しおたしょうこ)を紹介してくれると言ってくれ、今後の参考にもなるので茜はその日の夜、会食できるのも楽しみにしている。

 稜がロッキーの朝の散歩を終えて戻って来た。

「もう出発?ご飯食べた?」

そう言って隣の万佐江に貰ったおにぎりとスムージーを見せる。

「万佐江さんスムージー茜にって」

「今日お散歩してないのに万佐江さん優しい!このスムージー本当に美味しいんだよ、これだけ飲んでいくね!」

ゴクゴクとタンブラーを手にして飲む茜を見て、稜は穏やかに微笑んでいる。

「ん?」とそれに気付き顔を見ると、ううんと首を振る。

「飲む?」と茜がタンブラーを稜に渡すと「ありがとう」と一口飲む。

「うまっ!」と三日月の目でクシャっと笑い「でしょ!」と茜に言われる。加えて「野菜もちゃんと取らなきゃ駄目だよ」と稜の両頬を両手で覆った。そのまま茜は稜の唇に顔を近づけ・・・るかと思いきや

「あ!もう急がなきゃ!」とその両頬を軽くパンパンとして「行ってきます!」と靴を履きキャリーケースを引っ張って行く。

クスっと笑いながら、稜は茜の背中に

「行ってらっしゃい!」

と声をかけた。茜がその声に応え振り向き、笑顔で「行ってきます!」と手を振る。稜は急にその背中が愛おしく、追いかけてバス停まで送ろうかと言うが「大丈夫よ」と茜はまた手を振って笑顔でバス停に向かった。

少し風の強い三月の朝。天気予報では毎日三寒四温で春がもうすぐ訪れるだろうと言っている。その為、お天気は不安定で、晴れたり荒れたり。この日も朝から風がいつもより強く隣家の植木がゆさゆさ揺れて、ロッキーの散歩も結構寒かった。茜を見送った稜はキッチンに戻り、万佐江に貰ったおにぎりを頬張る。

「うまっ」そういうといつも横で茜が微笑んでくれる。あぁ今日は一人か・・・とさっきまで一緒だったのにもう寂しく少しぼんやりする。

「ま、明日帰って来るからな」と自分に言い聞かせて、テレビをつける。朝の天気予報が流れる。また今日も少し荒れる、寒波の戻りらしい。

暫くしてスマホが鳴った。

「もしもし、どうした?」

駅に着いただろう茜からだった。

「ごめん、洗濯機回しておいたから、あと干しといてくれる?でも風強いから部屋干しで」

「あぁ分かった、任せとけ♪そっちこそ寒いから風邪ひくなよ」

「うん、ありがと・・・あ、おはようございます・・・」

電話の向こうで茜が挨拶しているようだ。

「ん?」

稜の耳に男の声で「おはよう」と返す声が入る。

「茜、今日一人じゃなくて・・・?」

「うん、会社の人と一緒よ」

茜の傍には内装担当の岩倉がやって来ていた。

「男?何か声が今聞こえて・・・」

「え?何~何か心配してる?うふふふ」

茜は電話の向こうでケラケラ笑い出した。岩倉には聞こえないように茜は続ける。

「岩倉さんて言って、三十五歳独身、凄くお世話になってる、うふふ」

いや、それは一番稜が気になる人物像の言い方。茜もちょっと悪戯気に微笑みながら言う。しかし残念ながら電話ではその表情も見えず、なかなか深刻な表情で稜は聞いていた。

「古川さん、電車もうすぐだし」

岩倉がこそっと改札の方を指さした。目配せし茜が「電車の時間だから行くね」稜との電話を切る。茜はちょっと悪戯が過ぎたかなと内心思いながら、急いで改札へ向かった。

 稜は通話が切れたスマホを見つめる。アドリブが出ない芸人のように頭が回らない。そんなアホなと突っ込んでくれる誰かがいると助かるのに…。

♪ルルルルルル♪

持っていたスマホが鳴った。茜?と思って見ると空からだった。

「もしもし」暗い声で電話に出る。

「稜ちゃん?どうした?元気ない?風邪?」

「いや、大丈夫、何?」

「めっちゃ声暗いけど…あ、元気なら、今日俺休みだし稜ちゃんち行っていい?」

「いつも勝手に来るじゃん、電話してからって珍しい」

「やっぱり邪魔になったらさ、悪いしさ」

以前の共同生活とは違う、今は稜と茜の同棲の家に遊びに来るとなると、流石の空も気を遣う。

「大丈夫、茜今日出張でさっき出かけた」

「朝早いな~じゃぁこれから行くわ」

「うん、泊ってもいいよ、今夜一人だし」

稜は内心思っていた。泊ってくれ、一人でいるよりその方がいいと。


程なく空がやって来る。

「稜ちゃん、おじゃましま~す」

「お~二階にいる、基地に居る」

稜は洗濯物を茜が言っていたように干した後、二階の稜と空がよく遊んだ秘密基地でぼんやりハンモックに揺られていた。

「お疲れ~」そう言って空が入って来るや否、稜が眉間に皺を寄せて振り返り、茜が出張に一緒に行ったのが独身男の三十五歳だけどどう思う?と詰め寄った。

「は?」まぁ空はそう言うだろう。何を稜はオロオロしているんだと。

「稜ちゃんにしたら珍しいね、ヤキモチ焼くとか」そう言って空はケラケラ笑ってハンモックの稜をひっくり返し、代わりに自分が横になった。

「イテテテ・・・何?ヤキモチ?」

「だよ、ヤキモチでしょ」ニヤニヤしながら稜の顔を見る。空は続けて

「あかねぇ幸せだね~稜ちゃんにそんなに愛されて」と言いながらまたケラケラ笑った。

「稜ちゃん結構ダサいね。仕事したら色んな人とも出会うでしょ。稜ちゃんだって遠征にさ、女性社員来ないの?いるでしょ?いちいちあかねぇ聞いてきた?男とか女とか気にして仕事してる?稜ちゃん案外子供だわ。ダサいわ。ダサッほんとダッサ」そう言って空はずっと笑っていた。

稜も茜のことになるとどうも調子が狂う自分に戸惑っていた。確かにダサい・・・。

「心配しなくても、この家に帰って来るでしょ」

そう言って空はハンモックから飛び降り稜の肩をポンと叩いた。

誰かを好きになるとどうしても独占欲が生まれる。そんなつもりでは無いと自覚していても、俺の彼女、と自分のもののように無意識になっている。それが愛情でもあるのだろう。でも各々が一人の人として存在しているのだから、自分は自分のものであり、彼女も彼女のものなのだ。共に共有しているのは、同じ帰る場所があるということなのだろうか。

「空の心はいつも広いよな」

「広い?そうかな?ま、俺『空』だから(さかい)がないんだよね、きっと」

「え?」

「男女とか国境とか『空』はどこまでも繋がってるじゃん。俺もそう言う空でいたいっていつも思ってる」

「すげぇな」稜は感心しながら洗濯籠を片付ける。

「あ!心の広い空君、買い物付き合ってくれる?アドバイス欲しいものあって」

「おっ何だ?お助けマン空君の要請ですか?」ケラケラと二人で笑いながら、秘密基地を後にする。一階に降りて、稜は自分の部屋に戻り机の引き出しからアレを取り出し財布に入れた。そうして稜と空は玄関に出る。相変わらず風が強く、またダウンジャケットを着なければ寒いくらいだった。


 昼前には茜も会場に到着。見上げる目線の先には東京ドーム。東京で働いていた当時は『バックステージ』のコンサートに来たこともあったなぁ、などと思いながらキャリーケースを引き岩倉と会場入り口へ向かう。キャリーケースは少々邪魔ではあったが、ホテルはまだチェックインには早く、またカタログなど持って帰れるだけ入れたい意気込みがあり、茜は苦でもなかった。

会場へ入ると大勢の人が行き交う。幾つものブースが左右に設置され、新製品の宣伝や看板製品が展示されている。また道具類の体験使用など小物を作るワークショップもあった。壁紙、絨毯、フロアマット、建具、ドアの素材、テーブルの素材、フローリングの板の種類、色々と茜の興味のある物ばかりだった。

「古川さん、あっちに例の紹介したい社長がいるから、ちょっと行こう」

岩倉にそう連れられて向かったのは『Shiota』の社長、潮田祥子の元。岩倉は以前東京の大手住宅メーカーに勤務して、下請けの内装業者の仕事に興味を持ち転職した。その後に濱田社長と縁あって提携をすることになり今に至る。その岩倉と潮田は大手住宅メーカー時代からの仲。潮田は服飾の勉強をしていて、テキスタイルに興味を持ち元々家業のカーテン、ラグ、絨毯、などの室内装飾品の販売業を継ぎ、新製品を産み出す才能にも長けていた。

「お~お疲れ!」

岩倉が潮田を見つけ声をかける。

「初めまして、古川と申します」

横に居る茜が挨拶すると潮田が

「あら~新人さん?潮田です、よろしく」と右手を差し出し茜の手を取り強引に握手をする。勢いに負ける茜。男勝りな印象だが、見た目はとても奇麗で黙っていればモデルのようだった。その後も勢いよく岩倉に近況やら新商品がどうこうなど喋りまくって、笑って、とても豪快な人だった。呆気にとられる茜に

「こいつ喋ると止まらないんだよ」と岩倉がこそっと笑いながら言う。

「あら、何内緒話して、や~だ~」ケラケラと笑う潮田の顔は豪快な印象とは違う可愛らしい顔になる。

「お二人はどこでお知り合いに…」

そうっと茜が問うと、潮田がまたケラケラと笑いながら「合コン!」と言った。

「合コン?」茜がきょとんとしていると

「俺の昔の勤務先の住宅メーカーで合コンした時にやって来たのが祥子」

「そう、もう十年くらい前よね」うふふと潮田が笑う。

「祥子?て」茜がまたこそっと聞くと

「あぁ私潮田祥子、岩倉君は元カレよ」

「え?」

「そう俺の元カノ」と岩倉は潮田を指さす。

「はぁ・・・」

茜はどう反応すべきか分からず、ただそうしか声が出なかった。

「何か腐れ縁かね、仕事では気が合うというか・・・黙ってりゃ可愛いんだけどね」

と最後の言葉は小声で茜にだけ耳打ちをした。

「ちょっとちょっとつまらないこと話してないで、ちゃんと仕事の収穫して帰りなさいよ!雑談は今夜、お食事の時にね。古川さんまた後で色々お話しましょう」

そう言って潮田はバタバタ他の接客にも応じ、まさにバリバリ働く社長だった。

その後、あちらこちらのブースを茜は目を輝かせながら覗き、色々と学んでいた。

この日は最終日だったので早く閉場予定だったが、悪天候でそれよりも30分早く午後五時には閉場される。ギリギリまで見て歩き、一先ずホテルへ荷物を置きに行くことにした。

「どう?沢山学べた?」

「はい、内装のこととかこれからデザインするのに役立ちそうです。お客様にも説明できるように資料も沢山」とキャリーケースいっぱいに入れたと指をさし岩倉に話す。

「じゃ祥子に一言挨拶して行こう」

帰り際に潮田の元へ寄る。少し荷物をまとめた潮田がこちらに気付き手を振った。

「岩倉君、私この荷物だけ持って行くから車でホテルまで送るわ。駐車場出た所、ここで待ってて」

と案内図を差し出す。ラッキーと岩倉も茜も便乗させて貰うと助かると喜んで、待ち合わせの場所へ向かうことにした。

 車を待つ為外へ出ると、外の風は一段と強く夕暮れと共に寒さも増していた。街路樹の木は風にザワザワ吹かれ幹ごと揺れているように見える。

「何か三月なのに荒れてますよね」

茜は空を見上げ鼠色の雲を眺める。

「で、岩倉さん、聞いていいですか?」

「ん?何?」

「あぁ、どうして別れちゃったん、ですか?」

申し訳なさそうに茜が聞くと

「あぁ、五年くらい付き合って、三十代になるって現実的に考えるじゃん、将来を。祥子は一人娘で跡継ぎだし、まぁ色々とね」

「ん~思い通りにはいかないっていうか、てことですか?」

「ま、気持ちと現実と、色々難しいこともあるよね。あ、でも、お互いそれは仕方ないよねって納得の上、別れを選んだわけで、後悔はないんだよね」

ニコッと岩倉は茜に微笑んだ。

「じゃぁ、お互い好きなまま?とか」

探るように茜が問い返すと。

「ふふふ、どうかなぁ~好きは好きだろうね、どっちも。う~ん、俺は好き。でもね、今がいい関係なんだよね。祥子もそう思ってんじゃない?お互い独身だし。聞いたことはないけど、ハハハハ、じゃぁ分かんないっか」

岩倉はケロッとして笑っていると、後方から潮田の乗る車が近づいてきた。

車体の高い黒いワンボックスに荷物がつぎ込まれていて、運転手に若い男性社員が乗っていた。助手席に潮田、後方に岩倉と茜が乗る。帰宅時間に重なるのだが、今日の悪天候で会社の多くが短縮で切り上げたり、交通機関も間引き運転など交通事情が少し変わっていた。見本市の会場周辺にはのぼりなどが上がっていたが、随分風に煽られ数本折れている。

車が少し走り出し「今日お天気酷いですね、あ、雨も降ってきましたよ」と茜が窓の外を見ながら言う。運転していた男性社員も「風にハンドルとられそうですよ、もう嵐ですよ」と肩に力が入った様子で運転をしていた。

「あ!」

「なに?」

茜が大きな声を出したので潮田がびっくりする。

「あぁすみません、雨降ってるから洗濯物思い出して…」申し訳なさそうに茜が言う。

「あら?外に干してきた?」

「いえ、部屋干し頼んでおいたんですけど、ちょっと心配で…ちょっとLINEだけいいですか?」

と茜は鞄からスマホを出しササっと稜にメッセージを打つ。

「あら?古川さん既婚者だったのね?」

潮田は独身だと思ってたのに~と聞くと後方から「彼が要るんですって」と岩倉がこそっと潮田に教える。あぁ~と二人が顔を見合わせうふふっと笑い合う。

『こっち雨が降ってるけど、洗濯物部屋干し大丈夫?』

茜のメッセージに直ぐ返信が届く。

『お疲れ様!大丈夫、ちゃんと干したよ。今まで空と買い物に出かけてた。こっち雨まだ大丈夫』

ふふっ、また空と一緒だなんて、と茜は稜の返信に微笑む。

「あら?古川さん顔に出過ぎよ、幸せそうね」

潮田が後方に視線をやり茶化す。

「いえいえ、ふふふ」

と茜は笑って「洗濯物無事みたいです」と続けた。

「一緒に暮らしてるの?」

「えぇまぁ」照れながら茜は稜に続けてメッセージを送る。

『これからホテルにチェックインして食事会。明日帰るまで一人で寂しがらないでね』最後に笑顔の絵文字を付け送信し、スマホを鞄に片付けた。

「良い時よね~羨ましい~私も恋したくなっちゃう」と潮田が悩まし気に言うと後部座席の岩倉が自分の顔を指さしてニカっと笑った。それを無視して「どこかに居ないかしら良い男~」と、外の嵐と打って変わって車内はにこやかな空気でいっぱいだった。

「うわ!」

追い越し車線を大型トラックが走り去った瞬間、運転席からそんな声がした。トラックと共に突風が茜の乗っているワンボックスに迫った。ハンドルを持つ手が重い。運転席でオロオロとしていると追い越したトラックも車線変更した瞬間に風に煽られ傾く。


あぁーーーーーーー


車内にそんな声が一瞬して、シーンと静まり返る。道路には横転したトラックとワンボックス。強風が不意に吹いた瞬間、びくともしないはずの塊が倒され、視界を奪われ、見たことも無い光景へと変えた。風が吹く中、雨に打たれ、車からの煙、時間が止まり、さっきまでのにこやかな空気は消え、静まり返ったその車内。

「事故だ!警察!救急車!」

そんな周辺からの声が止まった時間の中、慌ただしく動き出した。



数時間前。

「なぁ稜ちゃん何買うの?」

「うん、ホワイトデーのこれ」稜が手の中に何かを持っている。

「指輪でも買おうっかなって」

嬉しそうに空に金のアレを見せて、三日月の目をして稜が笑っていた。


 空と別れて一人自宅へ向かう頃。茜からのLINEに返信していた稜。

『そっち雨なら気を付けてね。明日帰るの楽しみに待ってるから』

そう最後に返信したメッセージは稜が自宅へ帰ってからも既読にならなかった。


お読み頂きありがとうございました。

まさかの出来事が起こりました。稜はまだ何も知らないし、実際どうなっているのか・・・

引き続き一緒に見守ってください。

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