第十話 愛すること
空と合流した稜と茜は、空の思い人に出会います。
「この辺りかな…」とゆっくり車を停めキョロキョロすると前方に『掘っとたいむ』という看板を見つけた。収穫をしながら自然を学び宿泊し収穫したもので食事をする施設らしい。
広い敷地に畑らしいものが見え、その奥に駐車スペースがあった。車を停めて二人と一頭が降りる準備をしていると
「おぉ!!」と空が駆けて来た。
「空!来たぞ!」と稜が空とハイタッチする。
駐車場の向こうにある建物は古い民家がちょっとお洒落にリフォームしているようだった。小さな民家と大きな母屋のような建物と、新しめのログハウスがあった。
「ねぇここ素敵ね」
茜も気に入ったようでロッキーのリードを持ちながらウキウキしている。
母屋のような建物の中から「ようこそ」と茜と年の近い三十代くらいの男性が出て来た。その後方に手首に包帯をした姿の女性がニコッと微笑んでいる。
「大石です。今日はわざわざありがとうございます。オープン前に体験してご意見聞かせて貰えたらと思って、空君にお願いしました。よろしくお願いします」
男性が丁寧に挨拶してくれて、稜と茜も深々と礼をする。
「姉の茜です、大学時代から弟がお世話になっているそうで、薫さん?に」
包帯をしている女性がきっと薫さんなんだなと茜は思って、大石と空はどんな関係なのかちょっと気になった。
「俺は空の幼馴染の稜です、今日はロッキーまで一緒ですみません、お世話になります」
「ええ、うちの子供も犬が好きなんで喜びます」
女性の向こうに「ママー」という声がして茜の甥っ子の元太と同じくらいの男の子の姿が見えた。
おや、彼女は子持ち?大石さんと夫婦?薫さんは既婚者なのか…茜は色々頭の中で考えた。
どうぞと中へ案内されながら大石は「空君には今回急にお願いして本当助かりました。オープン前に家内が手首を捻って、しばらく安静になったもんで。ま骨折じゃないので早く回復すると思うんですけど」
おぉ、骨折じゃないんだ…で、やっぱり奥さんなんだ…茜はずっと頭の中で喋り続けていた。
建物の中は古さと新しさが調和してとても居心地もよく、好印象だ。母屋のような建物が共用スペースで小さな建物が大石の住まいらしい。新しめのログハウスがロッジとして一日一組受け入れで宿泊施設にする予定だとか。
今回の体験はサツマイモ掘りをして貰うというので、茜と稜は大石に連れられ軍手に長靴やら準備をして畑へ向かった。
大石は大学を卒業後一般企業に勤めてはいたものの、以前から畑に興味があって古民家に移住することにしたらしい。それで畑や自然を他の人にも知って貰いたいと、この体験型宿泊施設を始めることにしたようだ。
確かに、二人で土を触ったり、サツマイモを引っこ抜いて歓声を上げて、茜と稜は沢山笑った。時折空が写真を撮ってくれる。子供の頃を思い出す。
土や風の匂い、草花の匂い、秋の陽の暖かさと少し冷える感じ、これぞ自然!を感じ、楽しい以外に言葉が見つからない。大きな芋を掘り出し三日月になる目で顔をくしゃくしゃにして笑う稜を茜は愛おしく思った。ミミズが出て来てわぁわぁ騒ぐ茜が子供のようで、稜は稜で茜を愛おしく感じていた。
大石はとても紳士で落ち着いた口調で、芋の説明をしたり、道中の草花の説明をしてくれる。スマートな印象の中、力強い腕で大きな石を退けたり山盛りに採れた芋を運んだり、とても男らしく感じが良かった。
またキッチンで空が手伝いながら大石の奥さんとその妹さんが食事の準備をしてくれる。奥さんは割と控えめで妹さんとキッチンで静かに料理をしている様子だった。
そして畑でとれた野菜を使って、ちょっとしたコース料理のような創作料理を出してくれる。
共有スペースの母屋のような建物で皆で食事をし、夕食後、ワインを飲みながら暖炉がある一角で大石も交え空と稜、茜と話をした。
思いがけないリフレッシュの時を過ごせ、茜も稜もご機嫌だった。
「お二人はお付き合いして長いんですか?」
大石が空いている茜のグラスにワインを注ぎながら問う。
「え?」隣で飲んでいた稜が噴出しそうになる。
「いえ、お付き合いとかじゃなく…同居人ていうか」
「え~同棲?」
「いやだから、空も三人で暮らしてるんで、同棲というのはちょっと」
これまた説明するのがややこしい問題が起こる。
空が口を挟んで
「二人気が合うと思うんだけどね。どうなの?俺いない間進展なかったの?」
「何が!そんな・・・」
二人が声を合わせて慌てる。事故は起きたけど、無意識キスだったし…。
確かにちょっと意識しているのは二人とも認める。車も助手席に乗りたかったのにロッキーがいて茜はちょっと残念だった。バックミラー越しに後部座席の茜をつい見てしまうのは稜もちょっと意識していた。たまに目が合ってドキッとする自覚はあった。芋掘りもキャッキャ土まみれになって楽しかったのも、一緒だったからだ。二人ともそんな自覚はあるけど、本当にこれが恋なのかはまだ確信が持てない。
「あの~大石さんは奥さんとの馴れ初めは?」
茜がそうっと聞く。
「あぁ大学の同級生。僕らは空君の三つ先輩で、バイト先も一緒でよく三人でいたりもしてたから、友達の延長で彼女と俺が付き合っただけで、もしかしたら空君と彼女だったかもしれないよね、ハハハ」と大石は笑った。
いやぁこれ冗談にならないんじゃ?と茜は焦った。薫さんを慕っていたはずの空が大石との仲を知って身を引いたに違いない、と思っているから。
「やめてくださいよ~俺薫さん大好きなんで、そんなことしませんって。薫さんの幸せをずっと願って生きて来てますから。今回だって、薫さんが困ってるから飛んできたんですぅ」
ちょっと年下らしく甘えるような口調で空が言った。
「ありがとう、本当その愛には感謝している」
「でしょ、俺の愛は大きいので!」
何故か二人でハグをしている。茜は男の友情は凄いなと感心していた。女の友情はどうしてもドロドロ系になってしまう、話が多い。
奥さんがロッキーと子供との遊びの相手を隣の部屋でしていて、子供が眠くなったからと「薫君、寝かせてくるね」と声を掛けにきた。
「皆さん、ゆっくりしてくださいね」
そう言って自分たちの寝室へ子供と向かった。
「ん?薫君?」
「そう、薫さん」と空が大石を指す。
「薫さん?」
「はい、大石薫です」
「あぁ…」
稜は察した。なるほど。
『まぁ人生思い通りにはならないもんだ』
空が言っていた思い通りにならないことは、これだったのか。
「ふふっ」稜は少しほくそえんだ。
「何、そのふふっ、気持ち悪い」茜がギロッと見る。
「俺たち3人ともなんだかなって思って」
ワインをゴクリと飲んで今度は微笑んだ。
「三人は似たもの同志って感じ、かな?」
大石が3人の顔を見渡しそう言うと「じゃぁ似たもの同志でゆっくりしていって下さい」と自分のワイングラスを持って部屋を出て行った。その際、大石は空にニコッと笑顔を見せる。大石が出て行って茜は急いで言葉を掛けようとするも
「空、あのさ、もしかして、あの・・・」
上手く言葉が見つからない。
稜がすっと茜のもぞもぞした言葉選びの隙に入って
「空、大石さんには伝わってるの?」
「あぁ、うん、伝わってる。奥さんも分かってるよ、俺の大きな愛のことは」そう言って笑った。
「まぁ、だからと言ってその先はない。それも皆分かってるし、それでいいんだ。好きな人の幸せが一番だから」
空もワインを一口飲んだ。
「うまっ」
「な、旨いよな、このワイン」
稜も一口飲んだ。
「俺たち思い通りにいかない中、色々もがいてるんだよな」
「人生上手くはいきませんよ。でもあかねぇは結構キツイっしょ」
「何で!」
色々頭の中で考えている内にワインが進んで顔が随分赤くなっている。
「そんな顔で怒ったら赤鬼じゃん」と空がからかう。
「こら~」
「でも酔っぱらってるあかねぇ可愛いから俺好きだけど」
の稜の言葉で時が止まる。
「え?何か変なこと言った?」
稜が慌てるのを空が面白そうに笑い
「ほら本心出ちゃった~稜ちゃん」とからかう。
「あかねぇ可愛いって、嬉しいよね~」
なんて言われると赤くなった顔がますます赤くなる。
「ん~ちょっと風に当たって来る!」
と茜はドギマギしながら部屋を出て行った。
「二人ともどうにもならない事じゃないことはどうにかしてもいいんじゃない?そこに愛があるなら、ね」
そう言って空はロッキーとロッジの部屋へ寝に行った。
茜は外のベンチに腰かけた。勢いで出て来たからワインで顔が火照っているからと言っても上着がないと寒い。しまった…と思っていると中からブランケットを持って奥さんが来た。
「寒いでしょ、どうぞ」
「あ、すみません。からかわれて勢いで出て来ちゃって」恥ずかしそうに茜が言う。
「空君、いつもあかねぇ頑張りすぎるんだよなぁって言ってましたよ、素直じゃないって」
優しく奥さんは微笑んだ。
「私ずっと薫さんて空が言ってるのは奥さんの事かと思ってて」
「あぁ、私はサチです。幸せと書いてサチ」
「幸さん、ご存じなんですよね?」
「ん?あぁ空君薫君のこと大学の頃から大好きだったから、何となく」
ふふっと微笑む幸さんは柔らかい空気を纏っていた。
「まぁ最初はあれ?と思ったけど、その頃もう私も薫君と付き合ってて、私も空君のことは普通に好きだし、なんか言葉にするのは難しい…解釈で、好きなものは好きだもんねって感じかな」
とてもゆっくりに、嘘ではない、心に思う言葉だった。幸さんだから理解してくれたのだろうか。
「すみません、なんだかお世話に本当になって」
ふふっと幸が笑ったので茜もつられて笑った。ただ好きでいるだけ、空はそれでもう幸せだと答えを出しているんだ。どうにもならないことはある、それでも幸せでいられる選択。
「それに私も空君の友達だと思って信頼しているし、空君が薫君を想ってくれることは嬉しいですよ」
幸は最後にそう付け加えた。
「ありがとうございます」
茜はベンチから立ち上がって深々と頭を下げた。心から感謝をしていた。弟のことを想ってくれる、理解してくれる友達がいたことに安堵した。
それから茜は暖炉の場所へ戻った。稜が一人で暖炉に当たっている。
茜は部屋の窓際へ立ち、窓の外を眺めた。室内が暖かく、窓が少し曇っている。曇った窓ガラスに『恋』と指で書く。
「ねぇ、私、稜君のこと好きなのかな?」
ん?と声にならない稜は暖炉の近くからその茜の後ろ姿を眺める。
「好きなのかな?」
振り返ってもう一度問う茜に歩み寄り
「俺もあかねぇのこと好きなのかな?」とその瞳に問う。互いの胸は高鳴っているのは分かる。そのまま二人は影が重なる・・・
「あ!やっぱり呑み過ぎたし、周りにのせられ過ぎて、駄目!分からなくなってる!」と茜は稜の唇が触れる直前で顔を背けた。
いや、今のはそのままアレだろう…と稜は内心思っていた、が。
「だね、明日も同じ気持ちなら、うん、そうだ」と頭を掻きながらワインを口に含んだ。
明日も同じ気持ち、これはもうそう言うことなのだろうが、この二人どうも足踏みしてしまうようだ。稜においては陸上選手だった割に、進展のペース配分が下手くそだった。
とは言え、アラサーという年齢には十代と違い、勢いで付き合えないよく分からないものを背負っている。
気持ちのままに走ればもっと楽なのに、大人になればなるほど素直になれなくなるものだ。
お読みいただきありがとうございました。
薫さんの正体が分かって、空の思い通りにいかないことを知る稜と茜。
空の自由でマイペースな広い心がこの先稜と茜にもいいきっかけをくれるといいのですが。
一緒に見守って下さい。




