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【往路】第一話 戻ってきて

漸く新作投稿いたします。

どうやら私は幼馴染設定が好きみたくて(笑)

今回も幼馴染、姉弟、そしてこれから家族やご近所さんなど登場人物が増えてきます。

色んな人と関わって成り立っているというのが生きる前提と思っているので、そんな設定についなってしまいます。

元々、推しにやって欲しい作品を妄想の中書いていますので、今回もそうです。

推しと共演した相手役の方と二作品ともどうにも悲しいストーリーだったので、楽しい作品を書こうと思い立ったのがきっかけです。

 木々の葉が少し色づく九月下旬。早朝の空気は涼しく心地いい。大型犬を散歩している背の高い男性とすれ違う。いや、散歩をされてるような、が正解に見える。犬が先頭を歩きやや引っ張られ気味のその男性を横目に、欠伸をしながらコンビニの戸を開けた。

「おはようござい…ま…す」

語尾がはっきりしない挨拶をして、レジカウンターの奥へ入る、古川(ふるかわ)(あかね)三十二歳。

 ジーパンに黒いTシャツを着ていた茜はロッカーから制服の上着を出して羽織って長い髪を結んだ。深夜シフトの男子大学生が「お疲れっす」と店から下がってきた。「お疲れ」とまた欠伸をしながら茜は片手を上げて振り、代わりに店へ出て行く。

「眠そうですね」とレジにいるもう一人のアルバイト男子大学生が苦笑いしながら茜を見、お客の弁当をレンジで温めていた。

「だって朝の七時から働く生活なんかやってこなかったんだもん」と不服そうに、カウンター横のホットドリンクを補充し始める。

 実家を出て東京の大学に進学、その後憧れの職場に勤めて十年、まさか戻って来るなんて思ってもいなかった。一人暮らし、ちょっとお洒落な雑貨を飾り、クローゼットには大人ぶった出来る女系の服を並べていた。一か月前までは。



「夏休みどこ行こう」そう同僚の友達と話していたのは七月下旬。大学卒業後空間デザインの事務所に就職し、十年経つ。三十二歳になり仕事も任せられ、いくつかのレストランやアパレルショップのデザインプロジェクトをこなしてきた。長く付き合っていた彼氏と三十歳目前で破局し、ここ数年は仕事に没頭している。仕事が楽しくて長い春の桜が散っても、茜は猛暑のごとく熱く仕事に燃えていた。仕事が楽しい、忙しいのも好き、でもオフも思いっきり楽しむ、一人って最高!なんて彼氏と別れてからは思い込んで、一生懸命生きていた。

 そんなある日、経理部の様子がおかしい。それほど大きな事務所ではない五十名ほどの社員内には噂は一瞬で広まる。

「社長の行方が分からないらしいよ」

「取引先から電話が凄いみたいよ」

「銀行の人が朝から来てたって」

「何かヤバいんじゃない、うちの事務所」

そんな噂が流れだして直ぐの八月、社長が資金を持ち逃げしたのが発覚する。

一人暮らしをして、お洒落をして、仕事も楽しく、彼氏にフラれても充実した独身生活を送っていたはずが、一瞬でもう過去。会社が倒産し、退職金も給料も未払い、蓄えはそれ程ないのに家賃を払うなんて出来るわけがない。求人サイトを見る日々、デザインやプランニングしか知らず事務仕事は未経験、なかなか仕事が見つからず。

「茜、帰って来なさいな」

母からの電話に「うん」としか答えられなかった。



十年のキャリアも泡となって消えた気分で、今、実家のコンビニで働いている。

「あ~あ」

息をすれば溜め息になるばかり。

「茜さん、欠伸か溜め息ばっかですね」

さっき苦笑いしていたアルバイト男子大学生がまた呆れて言う。

「君も分かるよ、そのうち社会の厳しさが」

そう言う茜のいるレジの前に作業服の白髪の男性が並び「たばこおくれ」と言われる。

「は~い、どの銘柄ですか?」と茜は応対し少し棚の上に手を伸ばした。

「お姉ちゃん最近朝によく見るな?」

たばこを渡しレジを通して「はい、大体午前中かシフト入る人が少ない時のピンチヒッターで」と眉毛を下げながら笑って答えた。

「ほお偉いなぁ、こんな美人さん居てくれはるとこっちは朝から元気が出るわ。おおきに、また来る」

関西弁交じりの白髪の男性は口笛を吹きながら店を出て行った。

「関西の人ですかね。今の時代あの発言セクハラっすよ」

アルバイト男子大学生が茜に言う。

「だね。結構コテコテだったしね」

二人して苦笑いし合っていると、通勤通学客で店内も忙しくなってくる。コンビニは駅に向かうバス停の通り道にあった。

アルバイトとパートの従業員が二名加わり、朝のピーク時間が過ぎて行く。

 会社員として働いていた時は、このレジカウンターの向こう側の人だったな、と茜はふと思う。これから会社に向かう、学校に向かう、そんな人達がコーヒーを一杯、新聞を手に、パンを一つ、お菓子を一つ、一日の始まりに寄って行く。

「見送る人、か私」

暫くして客足が落ち着いたので店の外周を(ほうき)塵取(ちりと)りを持って茜は掃除を始めた。

ドタドタ・・・背の高い男性が大型犬に引っ張られるようにこちらにやって来る。

「え?」

箒を手にしたまま茜はギョっとした顔をして立ち尽くす。大型犬はその茜を目がけてやって来るように、長い舌をハァハァ出して筋肉質な体と長い肢が迫って来る。

「うえ?」

文字にならない言葉が口から出る。

「こ、こ、こら~そんな走るな~」

背の高い男性が大型犬に言いながら一緒にこっちに来る。

飛びつかれる!と思った茜は一瞬目を閉じた。

「マテ!」

背の高い男性が大きな声でそう言うと、茜のすぐ前でその大型犬は立ち止まった。が引っ張られながら一緒に走ってきた背の高い男性は急ブレーキが効かない自転車のように前のめりになりそのまま茜に抱き着いた。

「え?」

犬のハァハァという息遣いが前方に聞こえ、私は見知らぬ男に抱き着かれている?どういう状態?茜は頭の中で意外に冷静に考えていた。

はっと気づいたその男性は慌てて後退(あとずさ)りししゃがみこんだ。

「すみま、せ、ん」息を切らしながらそう言うのが精いっぱいの様子だった。

そう言えば、と茜は今朝すれ違った犬の散歩の男性を思い出す。店に来る前にすれ違った、その時も大型犬に引っ張られ気味だったさっきのあの男性。

「一時間近くお散歩されてません?」

茜はそうっと声をかける。

「あ、はい、こいつ、ドーベルマンていう犬種で、散歩量がまあまあ必要で」そう言いながらゆっくり立ち上がり、犬の頭を撫でる。

「ロッキー謝れよ~。ほんとびっくりさせてすみません」

「あ、いえ、ちゃんと止まってくれましたし、ワンちゃんの方は・・・」

「すみません、俺か止まり切れなかったの、アハハハ」

ぼさっとした頭を掻きながらそう言う男の目は三日月のような少したれ目気味で、クシャっと笑い、野暮ったさの中にイケメンが隠れている印象だった。

「何でそんなこっちに走って来たんでしょ?」

「あぁ、多分、(そら)が居ると思ったんじゃないかな」

「空?もしかして弟の空?知り合い?」

「え?弟?」

「ええ、私、空の姉の茜です、古川茜…」

「え?マジで?」

その男性は三日月の目を見開いて驚いている。そしてものすごく嬉しそうな顔をして

「茜、あかねぇ?」

「ん?」

二人で話していると、ドーベルマンのロッキーは茜の上着をくんくん嗅ぎ出した。

「え?何?」

茜は仰け反りながら「どういうこと?」とその男性の後方に隠れようとすると

「俺、新田稜(にったりょう)、稜ですよ!」と茜に向き直して自分を指さして言う。

「ん?」何だか色んな事が分からない茜はその名前を頭の中で繰り返す。

新田稜、稜?りょう?

「んわ!」

文字にならない言葉がまた口からで出た。

「稜くん?マジ?稜くん!空の同級生の?」

「そう、小学生の時よく遊んだ稜です!」

うわ~懐かしい~と二人でハイタッチをしながら飛び跳ねた。よく分からないまま、ロッキーも短い尻尾を振っている。

稜は、茜の弟の空と同級生で三歳違い。小学生の時、空の家に遊びに行くと茜がたまに居て、一緒に遊んだりテレビを見たりおやつを食べた仲だ。

「え~地元に居たんだ~」

「うん、地元の食品メーカーで働いてる」

「そっか~犬飼ってるの?」

「いやロッキーは隣の犬で、散歩の代行。飼い主さん高齢だから、こいつ大きいし若くて今(しつけ)中で」

「そっか、だからさっきみたいな、ふふふ」

茜は犬に引っ張られて迫って来た稜を思い出してクスクス笑った。恥ずかしくなった稜は

「その上着、もしかして空着てなかった?」

慌てて話を続ける。

「あぁ、空に借りたやつかも」

「空の匂いがしたんだ、だから突進しちゃったのかも」

「へぇ~空は今日午後からかな」

「知ってる、うち来て寝てた。ロッキーも仲良しだし犬は匂いに敏感だからね」

「凄い臭覚、洗ってあるのに」そう言って茜は自分で上着を嗅いでみる。

「いや、俺らには分からない匂いだと思うよ」

そう言って稜はクククッと笑った。

弟があかねとねえちゃんを混ぜて「あかねぇ」と呼んでいる。稜も真似をしてあかねぇと呼んでいたことを思い出す。二人とも小さかったのに、目の前に居る稜は185センチはあるかと思うくらい背が高く、ぼさっとした黒髪も笑うと爽やかで優しいイケメン。あの頃想像もしなかった姿にちょっと胸がパチパチ音を立てた気がした。

やだやだ、何か音がした?と一瞬胸を押さえる茜。

胸の中でずっとパチパチ弾ける音がする。早朝からやる気のなかった茜は自分がニヤニヤしていることに気付いていない。


「茜さん、レジちょっとお願いします」

と店内からアルバイト男子大学生が呼びにくる。

「あ、ごめん」

我に返った茜を見て学生は

「茜さん何か嬉しそうですね」

と言いながら一緒にレジカウンターへ戻った。

茜は出入口の方に目をやると、稜がニコニコして手を振っている。フフッと思わず茜も微笑み、いつもとは違う「おはようございます」をお客にかけレジを通していった。レジを通しながら自然にフフッと頬が緩む。隣のレジのアルバイトが首を傾げながら目を細めて見ていた。コンビニのバイトを始めてからこんなウキウキした朝はない茜だった。

 外の気温は今日もまだもう少し上がりそうだ。


お読みいただきありがとうございました。

初回なので、紹介タイムみたいになっていますが、ぜひ続けて読んでいただければと思います。

今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。

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