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ケイの気持ち


最期の言葉も聞けなくて残された人と、最期の言葉も言えなくて死んでいく人と、どっちがつらいんだろう。


「ちゃんと生きてよ」

その時、声が聞こえた。まぎれもなくランの声だった。

「ランなの…?」

俺は思わず問いかけた。ランが死んで、二週間が経っていた。

「そうだよ。声で分かったくせに」

その声に俺は笑みがこぼれた。本物だ、そう思った。

「あのね、こうやって話せるのはケイだけなんだ。ソウには…謝っておいて」

思い返せば、問いたくなることがたくさんあったはずなのに、俺は何も言わずにそれを理解していた。

「あたしのことは早く忘れて、しあわせにするべき人をしあわせにしてあげて。ケイにはできるから」

嫌だ、忘れたくない。そう言いたいはずなのに、ただ全てを受け入れていた。

「ありがとう。ケイも、ソウも、あたしは大好きだったよ。じゃあ、さよなら」

引き止めたくて、手を伸ばして、そして、目を覚ました。


夢だったと言えば済む話なのに、そこでランが言った言葉が本当にランの最期の言葉だったとしたら、俺はその言葉に応えなくちゃいけない。

夢の中だとしても、ランの言葉に応えるべきだ。そう思って、俺は前に進むふりをした。

思い出を捨てて、元気なふりをして、前に進んでいるつもりになっていた。

俺はふっきれたことになった。みんなは気を遣って、俺に思い出させないように、ランの話をしなくなった。

それが怖かった。いつか、みんなは本当にランを忘れてしまうんじゃないか。そして、俺も。

本当にそれでいいのか分からない。

だから、ソウがうらやましかった。そうやって覚えていられるなら、俺の気はどんなに晴れるだろう。


都合のいい夢だったんじゃないか。そう思う日が不意に訪れる。

俺だけに言葉を残す、だなんて、ただの俺の独占欲の現れだったんじゃないか。そう思って、気持ちが沈む。

ケイも、ソウも、あたしは大好きだったよ。

その言葉は、ソウにも向いていた。だから本当にランの言葉なのかもしれない。そうやって、終わりの無い推測が続いて、結論なんて出やしない。

結局言葉に応えようとして、俺は前を向いて生きようとするんだ。


俺は、自分の汚さを、前よりも感じるようになった。

駒野と付き合うようになってからだ。

駒野は俺のことを必要としてくれる。俺は、駒野が必要としてくれることで、やっと自分の位置を確かにすることができる。

駒野を慰めている時は、自分が強い存在のような気でいられる。利用しているんだ。

何もできてない、そうやって駒野が泣くと、心が痛む。

俺は利用しているんだ。駒野が泣くから俺は自分が強いような気でいられるんだ。

そうやって言えなくて、言葉を濁してしまう。そんな慰めじゃ、駒野の負担になるだけなのに。

それが申し訳なくて、償いのつもりでどこか行こうなんて言ってみたりする。

本当に向こうが楽しんでくれるのかも分からなくて、ただ手を繋いでみたりする。

しあわせにするべき人をしあわせにしてあげて。

その言葉に応えたくて、優しいふりをする。

こんな優しさ、汚れているのに。


みんな同じことを望んでいる。

偉そうに、俺はソウに言ってしまった。

みんな、ランのしあわせを願って、自分の信じる行動をしている。

なのに、俺は何なんだ?

こんな中途半端な気持ちで、前に進んでいるふりをして、ランがしあわせになるはずがない。誰もしあわせにできるはずがない。

葛藤して、前に進むんだ、なんて決意したところで、それもすぐに揺らいでしまう。

なんども言い聞かせて、自分を戒めて、それでもほんの少ししか進めない。

ソウの方がずっと、ランのしあわせを思ってやれてるんじゃないか。そう思えて仕方ない。



友達だったはずのランのことを、いつの間にか好きになって、決意をして告白した。

ランの答えは、ずっとみんなと友達でいたい、だった。

でも、好きになっちゃったなら仕方ないよね。そう言って笑いながら承諾してくれた。

ソウへの罪悪感と、付き合うことへの嬉しさで俺は中途半端に笑いながらありがとうと言った。

ランはみんなと友達でいたい思いが強くて、ソウへは今までと変わらず接しようとしていた。

ただ、ソウはその頃から少し、距離を置くようにして接していた。

あたしは、ケイも、ソウも、好きなのに。

ランはそう言って、泣いていた。俺が、変えてしまったんだ。

何も変わらないように、元に戻すように、俺はソウと接していた。

償いだった。

別れたって元通りにはならないよ。もっと気まずくなるだけだよ。

ランは哀しそうに言っていた。

自分のしたことが取り返しの付かないことだったなんて、いまさら気付いたって遅かった。

あたしはしあわせだよ、ケイは優しいから。ソウがもう少し自信を持ってくれればいいんだよ。大丈夫、あたしがなんとかするから。

ランは笑って言っていた。今思い返せば、どれだけ俺がランに負担をかけていたのか、本当に想像も付かない。

少しずつ元に戻っていく感覚はしていた。

ソウも、ランが今までと変わらず接しようとしていたことは分かっていたはずだ。ただ、抵抗があっただけで。

それも少しずつ和らいで、自然と元のように戻っていっていた。

そんな中、交通事故でランは死んだ。

ただ空っぽになって、何も受け入れられなかった。

最期にランが思ったことも、何も分からないままだったから。

そしてあの夢を見た。

やっと俺は全てを受け入れて、少しずつでも前に進もうとしているんだ。



たまに君のことばかり思い出してしまう夜が来る だけどいつか忘れてくから悲しいけれど生きてゆける

スピーカーから流れてくる歌に自分をなぞらえて、前に進むんだ。

しあわせにするべき人をしあわせにするために。

それは駒野であり、ランでもある。

自分の中で答えが出た。前に進める。

前に、進む。



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