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駒野の気持ち

「怒鳴ってごめん。どっちが悪いとかじゃなくて、みんな正しいんだってようやく分かって…」

泉君に謝られて、私はそれでも少し心に霧がかかったような感覚だった。

泉君に蘭ちゃんのことをちゃんと考えているのかと問われて、何も考えていなかった自分に気付かされた。

私は瀬尾君のことを考えているつもりだったけど、それも結局私のためだったんだって気付いていった。

そしたら、私はすごく汚い人間だって分かっちゃって、いくら泣いても晴れない気持ちを今でも抱えてる。


「俺が今、付き合ってって言ったら、付き合ってくれる?」

瀬尾君が私にそう言ってきた時、私の中ではうれしさよりも驚きの方が強かった。

瀬尾君のことはずっと好きだったけど、蘭ちゃんと付き合っているのは知っていたし、幸せそうだからそれでいいんだって思ってた。

「…なんで?」

私は驚きをそのまま伝えてしまった。蘭ちゃんが死んでから半年も経っていなかったから。

「ごめん、俺、最低だ。忘れて」

瀬尾君は急につらそうな顔になって、私はそれを見て胸が締め付けられるような痛みを感じた。

「理由が、ききたい」

瀬尾君の力になりたい、ただ純粋にそう思って、口は勝手に動いた。

「どうするのが正しいのか分かんない。ランのために、何をしてやるのが一番いいのか分かんない。ランを心配させないように、ちゃんとしなきゃって思ってる。でも、どんなにがんばったってつらくなる。だから…」

「ごめん、つらいのに、言わせちゃって…」

聞いているのがつらくなって、私は瀬尾君の言葉を遮ってしまった。

「いや、ありがとう…少し、楽になったから」

瀬尾君はそう言って穏やかに笑ってくれた。

これが…これが私にしかできないことならどんなに私は幸せだろう。この人のために私にできることがあるならどんなに私は幸せだろう。

「私でいいなら、力になるから。つらいときは、いつでも頼って。瀬尾君が前に進めるように、私、がんばるから」

たとえ、瀬尾君の本当の好きな人が他にあるとしても。



瀬尾君と付き合うようになって、私は本当に幸せだった。

瀬尾君は優しくて、私のことをすごく気遣ってくれた。でも、私は本当に瀬尾君と付き合ってるのかと問われたら、はっきり答えられない。

今でも瀬尾君の心は蘭ちゃんのところへ行っている。たまにぎこちなく、つらそうに笑うから、私もつらくなる。

無理をしないで。そう言えば必ず、大丈夫だよ、と返ってくる。

やっぱり、私なんかには心をちゃんと開いてないんだろうって感じて、泣き出してしまって慰められたりする。

力になりたいって言ってたのに、かっこ悪い。

幸せなのは私ばっかり。頼っているのは私ばっかり。


みんなが正しいんだ。

泉君のセリフは私に当てはまるのだろうか。

蘭ちゃんを心配させないように前に進みたがってる瀬尾君も、蘭ちゃんのことをずっと想っている泉君も、きっと正しい。

じゃあ私は?

「駒野は俺のためにがんばってくれてるよ」

瀬尾君は慰めてくれた。本当は何もできてないのに。

「どこががんばれてるの?私は瀬尾君のために何もできてないよ。それに蘭ちゃんのためって言っても、建前にしかならないよ」

また頼ってる。そう感じながら、それでも私は涙を止められなかった。

「俺は駒野に救われてる。だから、泣かないでよ」

「私は何もできてない。こうやって瀬尾君にすがってるだけ。瀬尾君は私を頼ってくれないじゃん」

最低だ。瀬尾君のせいにまでして、この程度のつらさに耐えられないなんて。

「…ごめん。なるべく、頼らないようにって思ってたからさ…」

「違う、私がこんなことで泣いてるからいけないの。ごめん…」

謝られても、つらくなるだけなのに。私はすぐに謝って楽になろうとする。

「こんなことなんて言わないでよ。駒野にとってはすごい大事なことなんだからつらいんでしょ?」

自分はもっとつらいくせに。

私はただただ涙を落とすだけで、瀬尾君のつらさがどれほどかも知らないで。

優しさに甘えてしまう。気遣ってくれるから、自分がつらくなったらすぐにすがってしまう。

こんな私なら、いっそ離れてしまった方がいいはずなのに、離れるのが惜しくて、何も言い出せない。

ごめん、そうやって何度も言って、結果的に瀬尾君を傷付けている。

強くならなくちゃ。離れられないなら、せめて、強く。


「土日、どっか行く?」

瀬尾君が誘ってくれた。付き合ってると言っても形だけで、実際に遊びに行くことは少なかったから、私は素直にうれしかった。

「うん」

「行きたいとこある?どこでもいいから」

「じゃあ、水族館…」

恋人らしいことをしたかったわけじゃないはずなのに、なぜかそう言ってしまった。

「分かった、じゃあ土曜にでも行こう」

不自然さは感じた。何で急に?でも、そんなこと聞けなかった。


水族館はなんだか気まずくて、私は漠然と水の青さだけを見ていた。

こんなときって、どうするのがいいんだろう。

そういえば、私は何も知らない。付き合い方なんて、全く知らない。

ただ、漠然と幸せだけは感じて、気を遣って手をつないでくれた瀬尾君がとても愛しくて、少し蘭ちゃんに申し訳なかった。

瀬尾君は前を向こうとしている。私はそれを支えるんだ。

それは、私の幸せのための建前かもしれない。

でもいい。そうやってけなされたとしても、私は泣かない。

心にかかっていた霧のようなものは少し晴れた気がする。

私はちゃんと前を向かなきゃいけない。瀬尾君のために。蘭ちゃんのために。

みんなが正しいんだ。泉君はそう言っていた。

私は正しいかな?瀬尾君は優しいからそう言ってくれるけど、本当に正しいかどうか分からない。

今はただ、瀬尾君の力になりたくて、それをちゃんと実行したい。

がんばろう。私は、これから強くなる。

みんなのために。

前を向いて生きられるように。



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