ソウの気持ち 1
ランが死んで半年が過ぎた。
僕は…
交差点。花束の数は、もうずいぶんと減った。
薄くなった。ブレーキの跡、みんなの記憶の中のランの姿。
ランが死んで半年が過ぎた。
「おはよう」
「おう、おはよ」
ケイは最近明るくなった。
新しい彼女が出来た。そう聞いてから、もう一ヶ月になる気がする。
ランが死んで半年が過ぎた。
半年しか、過ぎていない。
僕は、ランのことが好きで、そのことはずっと言えなかった。
ランは、ケイが好きだった。ケイも、ランが好きだった。
それを知ってしまった僕に、言えるはず無かった。
二人が付き合い始めて、僕は少し自分が孤立した気がしていた。
二人は友達から恋人へ。僕は、ずっと立ち止まったままで。
本当は何も変わらなかった。
僕らの関係は何も変わってなかった。なのに、僕は一人で勝手に孤立した。
僕は、ランもケイも好きだった。どちらも傷付けたくなかった。
だから、僕には気持ちのはけ口が無くて。でも、それは言い訳なんだ。
ランが事故に遭ったのは、半年前。初雪の日だった。
二人が付き合い始めてから一年が過ぎていて、僕らは高校一年生だった。
ランが目を覚ますことは無くて、僕の世界からすっぽりと何の前触れも無く、消えてしまった。
ただ漠然と、僕は泣いた。実感も無かったのに。
そんなあいまいな記憶の中で、ケイが涙も流さずにいたことだけ、やけにはっきりと覚えている。
それからしばらくして、僕はケイが分からなくなっていった。
一ヶ月くらいしたころ、ケイの腕からブレスレットが消えた。ランの誕生日に買ったおそろいのブレスレットが。
それから数週間して、ケイはやけに明るくなった。それまではどこか哀しそうで、抜け殻のようだったのに。
ふっきれたんだ。そんな風に思って、みんなは接してた。少し遠慮がちだったけど。
多分、もうすぐ平凡な日常が帰ってくる。
みんなが、ランのことを忘れてしまうのだとしたら。
ケイに新しい彼女ができた。そう聞いたときは、嘘だと思った。
その時はまだ、ランが死んで半年も経っていなかった。それに、僕の知っているケイは、すぐに乗り換えるようなことをする人間じゃなかった。
「新しい彼女ができたって噂、聞いたんだけど」
僕は、思い切ってケイに聞いた。
「うん、できたよ」
ケイの返事。僕はケイがどう思いながらそう言ったのか分からなかった。
「まだ半年も経ってないんだよ?」
「…うん」
ケイの返答にはクラスで見せていた明るさが少なかった。多分、まだ引きずってるってことだったんだ。
「その人がどんな人かなんて、知らないけどさ、いくらなんでも早すぎるよ」
「…かもしれない。ごめん。もう帰るわ。また明日」
ケイはそのまま逃げるように帰った。
このときの僕は、ケイを責めたかっただけだった。
僕はランとはずっと友達のままだったから。ケイは、その先に行ったくせに、半年も経たないうちにランのことを忘れようとしていたから。
取り残された僕には、もやもやして拭えそうに無い何かがこびりついていた。
それから一ヶ月。周りはすっかり平凡な日常になってしまった。
ランがもういない。それが当たり前になった世界。
僕は、まだ引きずってる。だって、まだ半年しか経ってないんだから。
本当は、ちゃんと気持ちを伝えたかった。
今から思えば、付き合ってるとか関係なしに、好きだって言えたんだろうけど、もう全部叶わない。
僕にとって、ケイは少し遠い存在になった。
ケイは僕と話すとき、少し哀しそうな表情をする。それが意味することは、僕には分からない。
ケイは、彼女、駒野さんと話すときでさえ、もう少し明るく話すというのに。
無理をしている。そう感じることもある。
すごく自然な笑顔が、ぎこちなく見えることもある。
ランのことを引きずっている。そう思い込みたいからだと思う。
僕にとってケイは、憧れでもあった。
運動も勉強も僕よりずっとできた。優しくて面白いケイが、憧れだったから、僕はケイに自分の理想を重ねて、完全な理想を形成したかったんだ。
ランのことをいつまでも忘れてほしくない。ずっと想っていてほしいから、今のケイを見ていると自分の理想が崩れていく感覚がする。
何を目指せばいいのか、分からなくなってしまう。
冷静に考えてみるとよく分かる。全部、僕のエゴだ。
「あのさ…」
「何?」
「ごめん、なんでもない。じゃ、また明日」
ケイとの会話は空っぽだ。どこか内容がついてこなくて、本当に意味も無い会話だ。
「またね」
もやもやとした何かが拭えない。僕は、この空気が嫌だ。
昔を思い出す。三人で笑えてた頃のこと。
思い出して気付くことがある。あの頃の会話に、意味なんて無かった。
ただ、三人で話せていたことが楽しくて、会話の内容なんて、本当にどうでもいいことだった。
それじゃあ、今と変わらない。
じゃあ、なんでだ。
ランが死んで半年が過ぎた。
生きにくい世界が浸透していく。当たり前になっていく。それが怖い。
「じゃあさ、君の存在を消してあげようか?」
声が、聞こえた。




