第5話 飯!飯!飯! それから、全寮制を喰う!?
ブルーはヨダレを零しながら、小さな羽根を広げた。香りだけでも全身で吸い込もうとしているようだ。
「ご飯って、凄い待つんだな!」
「ご飯が黙って出てくると思っちゃダメよ。ブルー、料理ってのは心を込めて、じっくり作った愛なんだよ」
「へええ! 愛なのか! そりゃ美味しいしそうだ!」
ブルーは嬉しそうに笑うが、ステラは俯いたまま手をぎゅっと握った。ステラには両親が居ないのだ。その寂しさが、切なさが込み上げてきた。ブルーはステラの元気のない表情に気付き、くいくいと袖を引っ張った。
「なあに? ブルー」
「ステラ、お腹減ったのか?」
「うん。お腹空いた」
「腹が減ってるときは、元気がなくなるんだ! おいらだってそうだぜ!」
ステラの目の前では、大きめのベーコンが厚切りに切られていく。そのままフライパンで音を立てたベーコンからは、美味しそうなこんがりとした匂いがしてきた。オーブンからも、香ばしい匂いが立ち込めている。
「わたし、料理したのも。こうして皆でわいわいしたのも、初めてなんです」
ステラはそう言いながら、窓の外を見つめた。外にはステラの家があるが、住んでいるのはステラただ一人だ。
「寂しくなっちゃったのね」
ベーコン油の手を洗ったアーミアの母親は、そういうとステラをギュッと抱きしめた。すかさずにアーミアも加わり、3人でギュッと抱きしめ合った。
「なあ、ステラ。これからはおいらと一緒なんだぜ? 一人じゃないからな?」
「うん。ありがとう、ブルー!」
ステラの表情は外の青空のように晴れ渡っていた。
「そら、オーブンを見てみようかね」
オーブンからは、ほかほかに焼きあがった焼きたてのパンが現れた。なぜかブルーのパンだけがちょっと焦げている。
「美味しそう!」
「冷ましたら食べられるからね。こら、ブルー熱いよ!」
「ええ、まだ食べれないのか⁉ もう、おいらはぺこぺこだーい」
ブルーの呆れ顔に、皆は大笑いした。
◇◇◇
テーブルには他にもコーンスープが注がれ、パンとバターの乗ったベーコン。それからサラダが並んだ。
「豪勢じゃないし、量もあんまりないけれど。ちゃんとお食べ。私はさっき練った生地を焼いてこようかね」
アーミアの母親はそう言うと、腕まくりした。
「ステラちゃん、食べ終わる事には焼けているから、持っておかえり」
「え、いいんですか?」
「これからは、薬草おかゆだけじゃなくて、こういうものもいっぱい食べないとだよ。そうじゃなきゃ、聖獣は扱えないよ」
「そうなんですね。いっぱい勉強しなきゃ」
意気込むステラの横で、パンを頬張っていたブルーは、それを慌てて飲み込んだ。
「人間界には、学校ってないのか?」
「学校? あるにはあるけれど」
「全寮制だよ」
ブルーとステラが首を傾げた所で、玄関の鈴が鳴った。
「おや、誰か来たね」
母親が出迎えに行ったところで、アーミアが得意げに語った。
スープを飲み干したブルーは満足げな顔で、寮という食べ物のことを考えていた。
「ブルー、全寮制って言うのはね。生徒は全員、寮という場所で寝泊まりしながら過ごすことをいうのよ」
「すごい、アーミアちゃんは何でも知ってるんですね」
「えっへん!」
「食べ物じゃなかったのか!」
食いしん坊のブルーが大笑いしたところで、台所には医師であるルートヴィッヒが現れた。
「やあ、ステラ。その後調子はどうだい」
「先生! すっかりいいです。今朝も、マナをブルーから貰いました!」
「えっへんとう!」
ブルーの奇妙な呼びかけに、またしてもステラとアーミアは笑った。その様子に涙を溜めながら、医師ルートヴィッヒは懐から封筒を取り出した。
「ステラに話がある」
「なんですか?」
「聖獣を正しく扱うための学校があってな。そこに、推薦状を書いたんじゃ」
「え!」
手紙には、文字がたくさん書かれていたが、ステラは半分も読めなかった。
「でも私、文字も全部読めないし……」
「これから勉強したらいいんじゃよ。アーミアと少しお別れになるが、どうする?」
ステラは初めてできた女の子の友達、アーミアを見つめた。アーミアも寂しいのか母親とステラを交互に見つめた。母親の頷きに、アーミアも静かに頷いた。そしてステラの手を取ったのだ。
「ステラちゃん」
「アーミアちゃん……」
「ステラちゃんが学校へ行っても、私は友達だよ。文通しようよ。私も文字を書く練習するから」
アーミアは涙を溜めながら、はっきりと想いを伝えた。それが嬉しすぎたステラは、泣いてしまった。
「ありがとう、アーミアちゃん……」
「ううん。ステラちゃんが立派な召喚士になれるのを、応援してる!」
抱きしめ合う二人に、アーミアの母親もステラの頭をゆっくりと撫でた。
「うちの子にとっても、ステラちゃんは初めてできたお友達なの」
「そうだったんですか⁉」
「そうだよ。……ステラちゃん、元気でね! 私も勉強したり、家事を手伝ったりして頑張るわ!」
「うん!」
ブルーはうんうんと頷きながら、最後のパンを頬張った。ブルーのお皿だけが空になっている。ブルーはステラの皿に残ったベーコンとパンを見つめ、ヨダレを零した。
「もう、ブルーってば。食いしん坊なんだから……」
「あ、でもステラちゃんのパンはステラちゃんの分だからね!」
「そうよ、ブルー。それはステラちゃんの分よ」
「ぴえええ」
◇◇◇
笑いの絶えないアーミアの家を後にしたステラは、両腕で香ばしいパンを抱えていた。まだほんのり暖かい。
「おうちに帰ったら、少しパンをあげるね」
「おいらは食いしん坊だけど、ステラもいっぱい食べるんだぞ!」
「そうだね! いっぱい食べて、いっぱい勉強します!」
ステラは全寮制の学校に行くことになり、推薦状を握りしめながら、学校生活を夢に見ていた。学校が全寮制であることからも、医師であるルートヴィッヒがステラのためを思って推薦状を書いてくれたのだ。ステラはその想いにも応えたい。
「大丈夫だよ、ステラ‼ おいら、優秀だからね!」
ブルーは得意げになって、青い炎を吐き出していた。
―おしまい―