第2話 名付けてくれよ、おいらの名前を!
「召喚魔法陣⁉」
医者であるルートヴィッヒは目を丸くしていた。召喚士は部屋には居ない筈だ。だとすれば、外からか。患者である少女を庇うように、ルートヴィッヒは魔法陣の前に立ちふさがった。召喚された聖獣は、まるでドラゴンのような翼が生えているにもかかわらず、もこもこのウロコをしていた。色はブルーだ。瞳はまるでルビーのように赤い。
「なんじゃ、おぬしは!」
「おいらの召喚者か?」
「何?」
ルートヴィッヒは丸眼鏡をかけ直した。「召喚者か」と尋ねたからには、この召喚獣はまだ主人を知らないでいるのだ。
「おあいにく。私はしがない町医者じゃ。おぬし、初召喚か?」
「そうなんだ! なかなか召喚されないから、召喚士のピンチにかけつけてきたんだぜ!」
「なんと。ということは、ステラの……」
ルートヴィッヒは薬の影響でぐっすり眠ったばかりの少女、ステラを見つめた。星の瞬きのような美しい金髪を持つ美少女だ。
「ステラ? この子の名前か?」
「おぬし、紋章はあるか?」
「あるよ! これだ!」
聖獣は右肩の紋章を自慢げに見せて来た。
「ふむ」
唸ったルートヴィッヒはステラの右肩をそっと捲った。そこには同じ紋章が浮き出ている。
「やはり、そうか」
「おお! ステラってやつが、おいらの召喚者か!」
「そのようじゃな」
「なんで、おいらのこと呼んでくれないんだ?」
聖獣はむくれた顔のまま、ステラの顔を覗き込んだ。やせ細っている少女は明らかに健康には見えない。
「もしかして、体が弱いのか?」
「ステラは生まれてから、この部屋から出たことが無いんじゃ。起き上がっても、あまり長く歩けないんじゃよ」
「どこか、悪いのか?」
「エーテルが足りないんじゃ」
「そんなあ!」
聖獣には聞いたことがあった。たしかエーテル欠乏症といって、体のマナが足りない事をさすのだ。マナとはエーテルを指し、自然界には必ずと言っていい程にありふれた力の根源だ。
「だったら、おいらのマナを分けるよ」
「そんなことが出来るのか?」
「おいら、優秀だからね」
聖獣が目を閉じると、額から角が生えだした。一角獣のようなその角からは、眩い光が溢れ出した。
「起きて、ステラ! おいらの召喚士!」
「君が必要なんだよ! おいらの召喚士!」
聖獣の呼びかけに答えるように、ステラの身体が光りだした。マナが供給され、エーテルが補われていく。
「なんてことじゃ。本当にエーテル欠乏症が治っていくようだ」
ルートヴィッヒは驚きつつも、その光景をその目に焼き付けようと必死で目を凝らした。やがて光は収まり、ステラはそのまぶたを揺らした。
「ん…………」
「ステラ、大丈夫か? 気分はどうじゃ……」
「うん。とっても、あたたかいよ」
ステラの瞳は赤であり、まるでルビーのように燃えていた。
「おいらが助けたんだい」
「聖獣? 先生の聖獣が、私を助けてくれたのですか?」
「いや、私のではないよ。君の、聖獣だそうだ」
「私の……?」
聖獣は舞い上がってくるくる回転しながら、ベッドに横たわる少女ステラの膝の上に降り立った。
「初めまして、召喚士さま!」
「……初めまして。ステラです」
「やっと会えた! 召喚士さま!」
聖獣はステラに抱き着くと、その尻尾を嬉しそうに揺らした。まるで母親に甘える、子ドラゴンのようだ。
「でも私、まだ呼んだことが無くて……」
「そうだよ! 呼んでくれないから、ピンチにかけつけたんだい!」
「そうだったの。ごめんなさい。私ね、生まれてから病弱で」
「それも今日で終わりだよ! ほら、立って!」
聖獣の呼びかけに応じ、恐る恐る頷いたステラは布団を捲った。やせ細った体が露わになる。
「ゆっくり立ち上がるんだ。おいらが支えるよ」
「ありがとう」
ゆっくりと立ち上がったステラは小柄ながら、聖獣が支えなくともしっかりと自分の足で立つことが出来た。
「すごい、立てました。歩けそう!」
ステラは嬉しそうにゆっくりと、一歩一歩を噛みしめながら歩いた。ルートヴィッヒは奇跡だと呟きながら、涙を流している。
「先生も、いつもありがとうございます。私、もう大丈夫みたいです」
「そうかそうか。良かった……。亡くなったご両親も心配していたからね」
「ステラのご両親は、もういないのか?」
「そうなの。私ね、一人ぼっちなの」
「じゃあこれからは、おいらと二人ボッチだな!」
聖獣は笑いながら青い炎を吐き出した。
「ふふふ。ありがとう、ねえ。きみのお名前は?」
「何を言うんだい」
「そうじゃよ、ステラ。聖獣は自らの名前を持たない。成獣となって召喚され、初めて召喚者に名付けられるその日まで、ずっと名無しなんじゃ」
「そうなんですか! どうしよう、責任重大ですね」
ステラは困った表情を浮かべると、聖獣の頭をゆっくり愛おしそうに撫でた。
「私、学もないから。名前なんてつけられないの。先生、何かありませんか?」
「いや、契約上は召喚者が名付ける決まりになっている。召喚士であるステラが、名付けなくてはな」
「……笑わない?」
ステラは不安そうに、泣きそうな顔のまま聖獣に尋ねた。どうやら名前の候補はあるようだ。
「笑わない! 伝説の星獣のような、かっこいい名前にしてくれ!」
「ええ! どうしよう、そんなたいそうな名前……」
聖獣は胸を張りながら、また青い炎を吐き出した。
「あのね。すごくね、青くて素敵だなって思ったから……」
「ああ、おいらの毛並みは抜群だろう? 自慢なんだ!」
「だから……。その……」
「うん!」
聖獣は待ちきれんと言わんばかりに前のめりだ。
「ブルー」
「え?」
「ブルーで、どう?」
「…………ブルー」
聖獣は聞き返しながら、わなわなと震えだした。ステラは怯え、ルートヴィッヒが盾になろうとした瞬間だった。
「すっげーかっけえ名前だ!」
「え」
「ブルー! おいらは今日からブルー!」
「え。あの……」
「ブルー! ブルーだ! おいらはブルー♪」
聖獣ブルーはご機嫌になり、青い炎を吐き出しまくっていた。あっけらかんとした表情を浮かべ、ステラとルートヴィッヒは見つめあって笑いあった。ブルーもまた、そんな二人につられ、大笑いした。
「目指せ、星獣! おいらはブルー!」
この日、ブルーは晴れて召喚獣となった!