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「良かったですね、ルイス様」


 私はそう声をかけましたが、ルイス様は沈んだ顔で「うん」と頷かれるだけ。


「私と離縁をしたあとは、どうか姉と幸せになってください」


 そう告げる私の胸も、どこか晴れません。

 ルイス様との生活に、自分が思っていたより安らぎを感じていたようです。

 ですが、ここでの生活が名残惜しいから離縁したくないなんて言ったら、それこそ契約違反ですからね。


「君は本当にそれでいいのか?」


 おそるおそるといった風に訊ねるルイス様に、私は微笑みかけました。


「ええ、もちろん……ですが、私を死んだことにするというお約束はどうかお守りください」


 公爵様は真剣な顔で頷きました。


「君を……王宮で虐げていた中には、イリアもいたのか?」


 ……むしろ主犯でしたが。

 王妃様とイリアが、私を『石なし』と侮蔑し、塔に追いやり、ずっと虐げ続けてきたのです。


「……いいえ」


 私は迷いましたが、結局は首を横に振りました。

 私の言葉を信じてもらえないと思ったわけではありません。むしろルイス様は信じてくださるだろうという確信すらありました。


 それでもイリアのことを言わなかったのは、ルイス様の幸せを祈ったからです。


『石なし』の私はともかく、イリアもルイス様に失礼な態度を取ることはないでしょう。

 私が余計なことを言わなければ、二人は幸せになれるのではないかと思ったのです。

 ルイス様は表情を和らげて頷きました。


「わかった、必ず約束は守る。その後も君が苦労なく生活できるように、ぼくがすべて手配するから」


 私は笑顔で感謝を伝えました。


「ええ、ありがとうございます」







 しかし、それからひと月もせずに事件は起こりました。


「ルイス様!」


 イリアが数人の護衛のみを伴い、公爵邸にやってきたのです。

 そしてルイス様の顔を見ると――おそらく肖像画と同じ美しい人物であることにほっとしたのでしょう、ぱっと顔を輝かせて抱きつきました。


「私がイリアです! 何度も愛の手紙をくださり、イリアは嬉しゅうございました!」


 イリアはその証とばかりに、手に握っていた七色の『石』を見せました。


「い、イリア……君が」


 念願のイリアと会えたというのに、ルイス様はどこか戸惑った様子でした。

 両手を広げはしましたが、イリアを抱き返すことはいたしません。

 イリアは目を潤ませながら顔を上げると、ルイス様のそばで立ち尽くす私を指さしました。


「どうか今すぐ妹と離縁して、私を妻にしてくださいませ!」

「だが一年経たないと……離縁は……」

「いますぐ結婚してくださらなければ、私はヴォルデス王の後宮に入れられてしまうのです」


 姉の話はこうです。

 私がルイス様に嫁いだことで、ヴォルデス王の後宮に王家の姫が入る話は立ち消えになったはずでした。少なくとも父はそのつもりだったようです。

 けれど父が思っていた以上に、ヴォルデス王は我が国アリアナを警戒していたのです。実質の人質として、姫を後宮に入れるように強く要求をしてきました。


 現在、王家に年頃の娘はイリアしかおりません。

 もしも断ればヴォルデスとは戦争になるでしょう。

 アリアナには強力な魔法軍がいますが、ヴォルデスもまた大国であり、戦うと両国ともに多大な被害が出ると予想されます。


 父は悩んだ末に、イリアを嫁がせることを決断したのです。

 父にそのような判断力があったことに、正直驚きましたが……。


「公爵様が私と結婚してくだされば、ヴォルデスには行かなくてすむのです!」


 つまりイリアは、ヴォルデス王に嫁ぐよりも、ルイス様に嫁いだほうがましだと判断したのです。

 手紙や肖像画を送った甲斐があったと言ってよいでしょう。


 でも……まだ私はルイス様の妻。

 ルイス様が言った通り離縁ができるようになるには、まだ半年あります。


「しかし……」

「ルイス様も、あんな卑しい母を持つ『石なし』を押しつけられて嫌だったでしょう。さっさと追い出して、私を花嫁にしてくださいませ」

「卑しい母……『石なし』?」


 私を侮蔑する言葉を吐く姉に、ルイス様は衝撃を受けた顔をされました。

 イリアを抱こうか迷っていた両手を下におろし、悲しげに眉をさげました。


「だが、結婚してから一年経たなければ、ハナと離縁はできない」

「ならば殺してしまえばよいのです」

「は?」

「ハナが死ねば、すぐにでも私と結婚できます」


 姉がそんなことを言い出すとは、さすがに予想外でした。


「お姉さま、お待ちください……!」

「さあ公爵様、私を愛しているのでしょう。どうかハナを殺して、私を妻にお迎えくださいませ!」


 ルイス様は姉の言葉に促されるよう腰の剣を抜くと、その切っ先を私に向け――下ろしました。


「ルイス様……」

「もういい」


 ため息のように落ちた言葉には、強い疲労が滲んでいました。 


「分かっていたんだ、本当は……同じ魂を持っていても、生まれ変わってくるのは君ではないって……君にはもう、二度と会えないって」


 その時、大地が激しく揺れました。

 地震……?

 イリアの悲鳴が響くなか、公爵様の言葉が続きました。


「もう、ぼくは疲れた」

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