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私はつい気になって、その様子をじっと見つめました。
しかし花びらがあと一枚というところで、公爵様が「好き」を続けて二回言ったのに気付き、思わず声をかけてしまいました。
「それは、ずるではありませんか?」
「うわあ!」
旦那様は、まさか人に見られているとは思わなかったようです。
ビクッと声を上げ、キョロキョロと辺りを見渡しますが、私のことは見つけられないご様子。
「こちらです」
あらためて声をかけると、旦那様は弾かれたように顔を上げました。そして屋根から身を乗り出す私を見つけると、もう一度「うわあ!」と叫んで尻餅をついたのでした。
「き、き、君は! そんなところでなにをしているんだ!」
「読書です」
「読書!? 屋根の上でか!?」
「ええ、本を書庫から出してもよいと許可をくださったでしょう? 天気も良いですし、せっかくなので外で読もうと思いまして」
にっこりと答える私に、公爵様は美しい顔をぎょっと歪めました。
「止めなさい! 危ないだろう!」
「ふふ、大丈夫です」
王宮でよく登っていた塔の頂上は急勾配で、慣れていても足を滑らせそうになるほどでした。公爵邸の屋根はそれに比べると斜面が緩やかで、私からすれば、ほとんど平らなようなものです。
「なんという女性だ……君は、本当に王女なのか?」
「もちろんです。それが嘘なら、すでに王族は契約違反の罰則を受け、みな死んでいるはずでしょう?」
「それはそうだが……」
それでも、公爵様は納得がいかないご様子です。
もしかすると、私の過去になにか疑問を感じられたのかもしれません。
公爵様は何か言いたげでしたが、それ以上問いただすこともなく、ただ私に屋根に登ることを禁じられたのでした。
※※※
さらに半月が過ぎました。
屋根に登ることを禁じられた私は、仕方がないので庭の木陰で読書をするようになりました。
そして隣には、いつも花占いをする公爵様が。
成り行きで、公爵様が花占いでずるをしないか、私が見張ることになったのです。
「君の部屋を……屋根裏から、客室に移したいのだが」
その過程で公爵様からそう提案されましたが、断りました。
私は思いのほか、あの屋根裏を気に入ってしまったのです。
さらに、小さな友達もできました。
庭に遊びにくる狼の子どもです。
なにぶん敷地の外は森。
魔力で結界を張り、危険な魔獣や獣は敷地内に入ってこられないようにしてありますが、無害な獣の子どもは結界をすり抜けてしまうようです。
私や公爵様の側に寄ってきて、遊びをねだったり、膝の上で寝てしまったり。とっても愛らしいものですから、私たちは名前をつけて可愛がっておりました。
それは、たまたま公爵様が森の外に出ていた日のこと。
いつものように庭で本を読んでいると、その子狼が怪我をしてやってきたのです。
おそらく他の獣に襲われて、ここに逃げ込んできたのでしょう。
すぐに手当をしてやろうと駆け寄りましたが、子狼はよほど怯えているようで、屋敷の中に逃げ込んでしまいました。私は子狼を追いかけ――誤って、公爵様に禁止されていた地下室に入ってしまったのでした。
私は急いで子狼を抱き上げました。
そして、すぐに部屋を出ようと顔を上げ、息を呑んだのです。
魔術の明かりに照らされた地下室の、その壁に、とても大きなイリアの肖像画が飾られていたから。
「ああ……」
――公爵様は、姉を愛してる。
分かっていたはずですが、あらためてその証を目の当たりにすると、少し胸が痛みました。
彼がどれほど姉を待っていたのか。
そんな彼を騙してしまったことに対する罪悪感を覚えたのです。
初めて公爵様とお話をしたとき、私は『王家も公爵様も、どっちもどっち』と申し上げました。
その考えはいまも変わっておりません。
けれど、ひと月半ほど一緒に過ごしてきたからでしょうか。
私は、彼に対して心を許し始めているようです。
と、その時。
肖像画の下に台があるのに気付きました。
そこには小さな本のようなものが置かれています。
……あれは、日記?
「ここには入らないでくれと言ったはずだが」
不意に、背後から公爵様の声が聞こえました。