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「わ! 奥さま、めっちゃ綺麗な方ですね! 王族の方って、みんなこんなにお綺麗なんですか?」
私の侍女として与えられたのはまだ若い女性の使用人でした。
聞くところによると、彼女は森のすぐ近くにある村からつい最近雇われてきたとのこと。屋敷には他にも数人の使用人がいますが、みな事情は同じようです。
「それまで、このお屋敷に使用人はいなかったということですか?」
訊ねましたが、彼女も詳しいことはわからないようでした。
公爵邸は大きく立派な建物です。暗い森の中にぽつんと佇んでいるため、なにも知らずにここに辿りつくと魔王の居城だと思うかもしれません。
このような広いお屋敷で、公爵様はこれまで使用人も雇わず、一人で暮らしていたというのでしょうか。……だとしたら、いつから?
「奥さまのお部屋を準備していたのですが、公爵様はそれはイリア様のお部屋だとか、よくわからないことをおっしゃっておられて……その、奥さまのことは屋根裏にお通しするようにと……」
なるほど。公爵夫人の部屋はイリアのものだから、私には使わせたくないということでしょう。
それは構いませんが、よりによって屋根裏とは。
私がここを快適に感じ、一年後に離縁を渋ることを恐れているのでしょうね。
「わかりました、案内していただけますか」
私はにこりと笑って、屋根裏に住むことを承諾しました。ごねて侍女を困らせても仕方ありませんからね。それに、これまで私の住まいは塔でしたから、屋根裏なら誤差の範囲です。
しかも案内された屋根裏は、それなりに快適そうでした。部屋も広く、天井には窓があります。掃除もされていて、必要な家具も使用人たちが運びこんでくれました。うん、塔よりずっと快適な住空間です。
「公爵様からの言伝です。屋敷の地下室にだけは、決して近づかないようにと」
侍女は、私を屋根裏に案内したことに対して申し訳なさそうにしながら、そう言いました。
この屋敷には地下室があるのですね。
もちろん、ダメと言われている場所に近づくことはいたしません。しかし、それ以外はどこに行ってもよいということであれば、ここでの暮らしもそう窮屈なものではなさそうです。
私はすっかり満足して、公爵邸での生活を始めたのでした。
※※※
予想した通り、屋根裏での生活は快適そのものでした。
部屋は清潔ですし、ベッドもふかふか。
春先とはいえ、夜は寒いこともありますが、魔道具の暖房があって暖かいです。
なにより、公爵邸には大きな書庫がありました。
そこには王宮でも見たことのない古い書物が、数多く保管されていたのです。
書庫への出入りは禁止されませんでしたので、私はそこで一日のほとんどを過ごすようになりました。
その間、公爵様は私をすっかり無視して過ごしている――のかというと、意外とそうでもなく、ちょこちょこ屋根裏や書庫に顔を見せておりました。
なにか会話をするわけではないのですが……。
「公爵様は、奥さまを勢いで屋根裏に追いやってしまったことを後悔しておいでなのですよ。声をかけて普通の部屋に戻したいけれど、奥さまはにこにこと幸せそうにしておられるし、いまさら言い出しづらいのでしょうね」
侍女が言うには、こういう事情だそうです。
公爵様は姉のために私を冷遇しているけれど、根が善人なのですよね、きっと。
そして、嫁いでからひと月が経った頃。
公爵様から書庫の本を持ち出しても良いという許可が出ました。
私は梯子を使って天窓から屋根に登り、日なたぼっこをしながら本を読むことにいたしました。王宮の塔で暮らしていた頃も、よくこうして梯子を使って頂上に登っていたものです。
下の方から声が聞こえてきたのは、そんな時でした。
「イリアはぼくのことが好き……嫌い……好き……」
公爵様の声です。そっと屋根から下を覗き込んでみると、公爵様は庭に咲いている野花をひとつ手折り、ぶつぶつと呟きながら花びらを一枚一枚ちぎっておりました。
どうやら、花占いをしておられるようです。