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さて。
私は自分が乗る馬車と荷馬車の二台だけで、王都の北にある森の中の公爵邸へ向かいました。
玄関前で馬車が止まり、私が降りると、公爵邸から勢いよく一人の男性が飛び出してきました。
「イリア! 待っていたよ! ぼくの愛しい妻!」
ばーんと両手で玄関扉を開けたまま、きらきらとした笑みを浮かべているのは、二十代半ば程の男性。
王家の馬車から降りてきた私を妻と呼ぶのですから、彼がアンクルヴァン公爵その人なのでしょう。
艶やかかな長い黒髪は後ろで一つに束ね、切れ長の双眸のなかには、同じ色の瞳が輝いています。
正直、私も呪われた公爵とはどんな人かと思っていたのですが……彼は端正な顔つきの、とても美しい男性でした。
身長はとても高く、服の上からでもよく鍛えられているのが分かります。手足もすらりと長くて、まるで美術館の彫像がそのまま動き出したよう。
つい、ぽうっと見蕩れていると、彼はにこにこと満面の笑みを浮かべたまま私の手を取りました。とても浮かれているご様子で、まだ私がイリアではないと気付いていらっしゃいません。
「長旅で疲れただろう? 腰は痛くない? 足は? なかに魔導の随を尽くして作ったマッサージチェアを用意してあるんだ、さっそく使ってみて!」
いえ。
この森は王都のすぐ北ですから、移動時間も一時間ほどで、ぜんぜん長旅じゃないし、疲れてもいません。
「あ、部屋まで歩ける? ぼくが抱っこしていこうか? いや……抱っことか、ごめん、いかがわしい気持ちはないんだ! おんぶ、おんぶするよ!」
「あ……平気です、歩けますから……」
公爵様がぐいぐい来るので、私は自分が『イリアではない』とすぐに言い出せず、ひとまずおんぶを遠慮するのが精一杯でした。
すると私の声を聞いた公爵様は、突然「うわあああああああああああああああ!」と奇声を上げ、そのまま地面に……そう地面に突っ伏してしまったのです。
「生イリアだ! 生イリアの声だ! 可愛い! ううっ……ぐっ、くぉ……あああああ嬉しい……嬉しいなあ……! うっぐぅっ」
……泣いている。
めちゃくちゃ泣いてる。
地面を拳で何度も叩きながら、嗚咽を上げて嬉し泣きをする大の男性に、私は混乱しました。正直に申し上げると、やばい所に嫁いできてしまったかもしれないと思いました。
ひとまず彼が泣き止むまで待とうとじっとしていると、彼が唐突にぴたっと動きを止め、カクッと絡繰り人形のような動きで顔をこちらに向けました。
月のない夜のような、深い黒色の瞳でまじまじと……まじまじと私の顔を見つめます。
私が求めていた花嫁ではないと気づいたのでしょう。
「……どなたですか?」
真顔で私に尋ねる公爵様。
私は一度目線を斜め上に向け、内心の気まずさを噛み殺してから、愛想笑いを浮かべました。
「初めまして、アンクルヴァン公爵。私はハナ・アリアナ……今日から、あなたの妻になるものです」