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姉――姉といっても、私と同じ十八歳。
王妃を母に持つイリアは、この国の第一王女です。
さらに『石』のなかでも特別な、七色の『石』を持って生まれてきたのです。
基本的に『石』は単色で、七色の石を持つ前例はこれまでありません。
姉の魔力はさほど強いようではありませんでしたが、特別な石を持って生まれたとして、多くの者から神聖視されておりました。
その姉が、成人と同時に北の森に住むアンクルヴァン公爵から求婚されたというのです。
アンクルヴァン公爵家は八百年前――この国の創建当初から存在する歴史ある家系ですが、王家にとってさえ謎多き存在です。
初代王はアンクルヴァン公爵と契約を交わし、公爵位と北の森を領地とすることを約束しました。以来、一切の関わりを絶ち、現当主がどのような人物であるかも謎に包まれているのです。
世間には、アンクルヴァン公爵家が呪われているとの噂もあります。
顔も年も、名前すら分からない。
そういった相手ですから、姉は公爵家に嫁ぐことを拒否しているとのこと。
父も王妃も、大切な娘をそんなところに嫁がせたくはない。
代わりに私を公爵家に嫁がせようと思い至ったようです。
「お姉さまが結婚を望んでおられないなら、求婚を断ってしまえばよろしいのではありませんか?」
私は、父にそう尋ねました。
いかに相手が謎に包まれた公爵家とはいえ、仮にもこちらは王家なのですから、望まない縁談など突っぱねたらよいのでは?
「初代の王が、契約を交わしているのだ」
曰く『アンクルヴァン公爵家の当主が王女を望んだときは、必ず妻として差し出すこと』と。
契約は強い魔力によって遵守が強制されており、破ると王家の血を引く者は皆死んでしまう。聞けば初代王とアンクルヴァン公爵による他の契約もすべて、魔力による強制があるのだとか。歴代の王たちのなかには、その契約を無効にしようと試みた者もいたようですが、どれも失敗に終わったようです。
不思議な話です。
なぜ初代王は、公爵とそれほど強い契約を結んだのでしょう。それも王族の命までかけた契約を。
と、考えたところで分かるはずもありません。
「契約書には『公爵が王女を望んだ時には、妻として差し出す』と記されている。宮廷魔術師に契約書を鑑定させたところ、実際に差し出すのが『望まれた王女』でなくとも罰則は発生しないということだ」
つまり姉の代わりに私を嫁がせても、王家に災いは降りかからないと。
我が父ながら、なんとも小賢しいことです。
「わかりました」
私はすんなりと縁談を受け入れました。
姉はお世辞にも心根の良い女性とはいえません。
特別な石を持って生まれたことをひけらかし、いろんな場所を遊び歩いています。
もちろん、『石なし』の私のことも見下していて、これまで散々虐められてきました。
そんな彼女ですから、呪われた公爵との縁談など絶対に受け入れないでしょう。
となると、私が嫁ぐしかありません。
私とて死ぬのは嫌ですから。
それに、私にも打算がありました。
私は今年のうちに、大国ヴォルデスの後宮に人質として嫁に出されることが内定していたのです。ヴォルデスの王は齢六十七。けれど私が嫌だったのは、相手が自分より四十も年上ということではなく、この国を出なければならないということでした。
私には、どうしてもこの国に残りたい理由があったのです。
公爵の妻になれば、少なくともその間、この国にはいられますから。
そして輿入れの日。
王宮を出る私に、イリアがこう声をかけました。
「哀れね、ハナ……同じお父さまを持ちながら、母が卑しい生まれというだけで、こんなに不幸な結婚をしなければならないなんて」
いや、誰の代わりに嫁ぐと? と喉元までで出かかった言葉を私は呑み込ました。
姉と言い合いをして勝ったところで、腹は膨れませんものね。