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公爵邸には、夫が『決して近寄ってはならない』と私に厳命した地下室があります。
私がそこに足を踏み入れたのは、ちょっとした事故でした。
誤って禁止されている部屋に入ってしまったことに気づいた私は、慌てて顔を上げ――そしてすぐに、なぜ夫が私にこの部屋に入ることを禁じたのかを知りました。
地下室の壁には、私の姉イリアの大きな肖像画が飾られていたのです。
分かっていたことですが、やはり胸が痛みました。
そう……分かっていたことです。
夫は、私の姉を愛していると。
※※※
私は小国アリアナの第二王女です。
名はハナ・アリアナ。
ですが王女といっても母は側妃で、私の立場は決して良いものではありませんでした。
しかも、私は『石なし』です。
私たちの国では、魔力を持つ人間は生まれたとき、小さな宝石の欠片を持って生まれてきます。
王侯貴族のほとんどが魔力を持ち、『石』を持って生まれてくるというのに、私は魔力を持たない『石なし』としてこの世に生を受けたのでした。
容姿は母譲りの銀色の髪に青い瞳と、さほど悪くはないはずですが……。
私は出来損ない、王家の恥さらしとして、王宮で冷遇され、まるでいない人間のように扱われてきました。私を産んだ母も同様です。住まいは王宮の端にある寂しい塔を与えられ、衣服はもちろん、食事も満足に支給されることはありませんでした。
母と私が、そこでどんなに辛い思いをして暮らしてきたのかというと。
……割と平気でした。
私も母も、生来の性格が前向きで明るく、楽観的。
私たちは生命力と生き抜く力に溢れていたのです。
私たちは塔の周りに畑を作り、時には狩りに出て獲物を捕らえ、毎日美味しいものを食べて、のんびり楽しく暮らしておりました。
そんな母も、私が十五歳の時に病で亡くなりましたが、最期は笑顔でしたので、決して悪いことばかりの人生では無かったはずです。
その後も、私は塔でひとり穏やかに暮らしていたのですが、十八歳の春に転機が訪れました。国王である父から、結婚を命じられたのです。
『イリアの代わりに、アンクルヴァン公爵に嫁ぐように』