夏と黒服。
高校受験を控えた当時の私は22時まで夏期講習に通っていた。3年生の夏まで塾に行っていなかったため、総復習の量の多さに辟易していたように思う。その日も長い塾が終わり、いつも通りのんびり自転車置き場に向かった。
・・・見慣れない人影がある。黒いTシャツに黒い長ズボン。黒い自転車にまたがったその姿が、手元の何かの光によって夜に浮かび上がる。どうやらゲームをしているようだ、君がしているサングラスに反射しているからわかったよ。そんな人影、見慣れてたまるか。
「やっときたか、まちくたびれたよ」
大都市圏の受験事情は本当に様々。我が家のように要点を絞って塾を活用してみたり、そもそも受験校を適当に選んだり、小学生から高校を見据えて塾に通っていたり。
クラスメイトの新井くんは受験をなんとなく済ませる方針だったようで、それはそれは自由だった。書道が猛烈にうまかったが金賞をとると目立つという理由で手を抜いていたようだし、同じ理由で成績も真ん中ちょっと上をキープ。学校では同じ地味'sとしてよく話すが、それ以外ではあまり遊ばないくらい関係だった。のだが。夏の夜に突然現れた黒ずくめの男。それは間違いなく新井くんだった。
「なんでいるの?」
「いやぁ、そろそろ終わるかなぁと思って」
「いやまぁ終わる時間はそうなんだけどさ。真っ黒なのおかしいじゃん。逆に目立つし。あとそのゲーム発売まだじゃなかった?」
「いつものお店行ったら予約分届いたっていわれたから~」
「塾とかないの?」
「ゲームで忙しいから~。細かいことはいいじゃない、帰ろうぜ~」
夜10時に黒ずくめの服装で、その辺の塾の駐輪場にゲームをしにくることは細かいことらしい。深く追及することは諦め、二人で帰路についたのだった。
夏の夜の思い出。