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転生先は自作漫画の世界!?  作者: 宇野田莉子
8/17

次があるならば

『先生を見つけたことは誇れることで、そこは嘘ではありませんが。なんとなく、いまは軽い雰囲気を出したほうがいいのかなと』

「あはは。お気遣いありがとうございます。あの漫画は私が描いています。このことは誰にも言わないでいただけますと……」

『こんなに面白い漫画を表に出さないつもりですか?』

「へ?」


 テンコイに連載している漫画はタイトルの通りの話。

 いまのブームに乗ってみたくて、アシスタントの合間にちょこちょこ描いてはアップしていた。


『面白いです。内容はもちろん、陽子先生の繊細な絵柄がドレスを輝かせていて、世界観とすごくあっています』


 宮部さんには作品を見る目があり、宮部さんがいいという作品は読者受けもいい。

 せっかく誉めてもらってるのに、心に沁みていかない。嘘なんかじゃないってわかっているのに、裏切られることを心が拒否している。


『どうしました?』


 鼻を啜っている音で私がいまどんな状況なのか察したのかもしれない。


「もう、漫画は描けないかもしれません」


 漫画は大好き。描くことももちろん大好き。

 でもまた身近な人から否定をされたら、立ち直ることができない。それに漫画というジャンル自体に嫌悪感が湧いて、きっと読むこともできなくなる。


『理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?』


 夫が浮気した。それも編集者と。しかも言い争いの末、その夫に漫画を否定されてしまった。

 なんて恥ずかしくて言えない。

 それに宮部さんは結婚したことも知らないんだから、いきなり夫の話もできない。


『もしよろしければ、今いらっしゃる場所を教えてくれませんか?』


 きっと場所を伝えたら宮部さんは来てくれるだろう。背中を撫でてくれるかもしれない。


「言えません」


 私は宮部さんにだけは甘えることはできない。

 デビューから変わらず漫画を応援してもらって連載の話まで綿密に打ち合わせまでしたのに、連載の予告を出すあと少しのところで勝手に出版社を去ったというのに。


『そうですよね。入野先生――いや、新井さんはもう旦那さんもいて、漫画とは少し距離を置いていると聞いています』


 新井という今の苗字に喉がヒュッと鳴る。伝えていないのに、一番伝えたくなかった人が知っている。


『うちの編集部にきた新人が、入野先生の旦那さんのことを知ってらっしゃって。精力的に漫画家の活動はせず、アシスタントを主にやっていらっしゃると聞いて。勝手に私生活のことを知ってしまってすみません。今からでは遅いかもしれませんが、お祝いも兼ねて近々お会いできないでしょうか?』


 会うことなんてできない。

 結婚祝いも、もう必要ない。さっき結婚生活が終わったばかりなのだから。


「ごめんなさい」


 我慢しようと思うのに涙は止まってくれない。

 

『やはり僕が原因でしょうか? 大事な時期だったのに、自分の結婚で浮かれていたので。あの時は申し訳ありませんでした』


 やっとの思いで宮部さんと連載を掴んだ二十二歳になる間近のこと。

 心細いときも、悩んだときも傍には宮部さんがいた。気づいたときには編集者に対する想いを超えていた。

 

 そんなときだ。宮部さんが結婚をするという話を噂で聞いた。どうせ噂だしと思っていた私はその想いを筆に載せ、黙々と漫画を描いていた。

 でも噂ではなかったのだ。連載用のネームがいくつか溜まってきた頃、連載が落ち着いたら結婚式を行うから来てほしいと招待された。私の想いは伝えることもなく散り、初めて失恋を経験した私は恋愛要素が描けなくなってしまった。

 漫画に身が入らなくなった私はそのままお世話になった出版社から去った。

 

「違います。あれは私が勝手に……」


 夫の浮気現場を見たからといっても、まだ勇くんと話し合ってないから、まだ戸籍上私たちは夫婦。

 それに宮部さんももう結婚している。

 過去とはいえ、今更あのときの気持ちを白状する必要はない。迷惑になってしまう。


「宮部さんが漫画を褒めてくださったことは嬉しいです。でも今、漫画を描く状態じゃなくって。だからまた後日、ご連絡してもよろしいでしょうか?」

『……わかりました。連絡お待ちしています』


 宮部さんの苦しそうな声に胸が痛む。きっと宮部さんも悩んでから連絡してくれたのをわかっているから。

 とりあえずは離婚に向けて準備を整えてから、心が落ち着いたら連絡しよう。


『それでは――』


 そのとき。大型車の眩しい光が視界に入った。急いで立ち上がって道の端に夜が遅かった。

 裏道のため明かりは少なく、私は蹲っていたので運転席からは見えなかったのかもしれない。


「あっ」


 目の前が真っ赤に染まっていて、頭がぼんやりとする。


『先生!?』


 衝撃で少し潰れているスマートフォンから、焦った声が聞こえてくる。

 でも、もう返事をできる余裕はない。

 

 もし来世があるのなら――自分のやりたいことをやって、自分だけを愛してくれる人と過ごせますように。

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