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9/27

①黙示録は開かれた-9

 「あの日」ぼくは雨の中、道を一人歩いていた。


 そう確か、傘をさしていたんだ。

 黄色い、傘を。


 先生に夕飯の材料を買うように頼まれて、

その帰り道。


 ちょっと道に迷ってしまって、夕焼けの終わりかけ、薄暗がりが広がる中を、そわそわと歩いていた。


『……ら………き……た』


 声が聞こえた。


 最初は気のせいかと思った。何を言っているのか解らなかった。でも、その声は少しずつ大きくなっていく。ぼくは恐る恐る傘を上げ、周囲を見渡す。


『……招……の時……た』


 傘を落とした。


 周囲の景色に、色が無い。

 水溜まりにも、傘にも、建物にも。

 眼前がんぜんに広がるのは、ただ、白と黒。


招来(しょうらい)の……』


 声は続く。ぼやけていたそれは、

 少しずつ、はっきりとしていく。


招来(しょうらい)ときが、た』


 聞き取れた。

 心に刻み込むように、ゆっくり、はっきりと


 聞き取れた瞬間、身体の中で

 何かがうごめいた。


 灰色の景色が

 ぶれて、ゆれて、まわって


 ぐしゃぐしゃに

 何度も、何度も、

 ぐしゃぐしゃに


 そう、ぐしゃぐしゃに


 そうして、とどまることはなく――――――――

 そうして、ぼくは――――――――




 目を開くと、家が幾つも燃えていた。真っ赤に、燃えていて、パチパチと音を立てて。でも、不思議と熱くも、煙たくも無かった。


"大変だ、誰かを呼ばなきゃ"


 ぼくはそう思った。いつも見上げる家々が、自分よりも遥かにに小さいことを疑問に思うべきだった。


"火事だ"


 言葉は出ない。代わりに何かが吠える声が聞こえた。


 狼とも違う、熊とも違う、

 『こわいものが、なにもかも』

 そんなものが、身体の中で(うごめ)いて、咆哮(さけび)となって、吐き出された。


 大きな衝撃と共に"雷"が落ちる。

 街が崩れ、あちこちが燃え、悲鳴が一層大きくなる。



 ぼくの手は、"獣"の爪でもあった。

 ぼくの口は、"獣"の牙でもあった。


 でも、"獣"の身体は、ぼくの身体じゃなかった。

 ぼくの意識はあって、でも、ぼくの意思はなくて


 教会に"雷"が落ちた。

 緑髪の少年が、押しつぶされた。

 妊婦さんが、燃えていく。


"もういやだ"

"もうやめて"


 泣き叫ぶほどに、余計に"雷"は落ちて。

 ただひたすらに、街は壊れる。

 ただひたすらに、人が死んでいく。


"誰か……助けて……"

"先生、助けてっ!!"


 そう叫んだ瞬間、誰かが遠くから突っ込んで、

 ぼくの顔を思いっきり、蹴飛ばした。



 ベージュのコートをはためかせ、魔法で作られた靴が冷気を纏う。

 銀色の長髪をした長身の女性。


 先生が、今まで見たことのない表情でそこには立っていた。

 巨大な魔法陣を足元に展開して、こちらへと襲い掛かってきた。

 目に見えない速さで、ぼくへと攻撃を加えていく。


 駐在兵の人たちも、先生に合わせて、攻撃を続けてきた。


"先生、ぼくなんだっ!!()めてよっ!!"

"痛いっ、痛いよッ!!"


 叫んでも叫んでも、

 それはただ、"雷"へと変わるだけで、

 むしろ、一層、ぼくへの攻撃は激しくなった。


 口から血が出た。

 足の骨が折れた。


 ぼくはうずくまって、地面へと倒れた。

 それを見た先生は、今までで一番大きな魔法陣を展開して、

 ぼくへと迫る。


"いやだ……"


"いやだっ!! 死にたくない!!!"


 そう叫んだとき、先生が驚いた顔をして一瞬止まったような気がした。

 次の瞬間、また身体が蠢いて、腕が勝手に動いて、

 そうして、先生の身体を"獣"の爪が、貫いた。


 貫かれ、口から血を吐きながらも、

 大きく叫んで、先生が魔法を放った。


 今までで一番大きな衝撃が来た。

 身体が強く吹き飛ばされて、意識が遠く、めちゃくちゃになって、

 ぼくは、ぼくは気を失った。




 ……気づいたときにはうつ伏せで、泥にまみれながら倒れていた。


 足は折れていたけれど、

 ぼくの怪我は、"獣"のそれと比べれば、

 不思議と少なかった。


 目の前には、先生が立っていた。

 今すぐに死んでもおかしくないような、そんな大怪我で。


 息も途切れ途切れ、よろける身体で、子供の俺を地面から起こす。


 先生は、どこか納得したかのような表情でいて、

 それで、じっとぼくを見つめていた。


 全身の痛みが辛かった。

 でも、それ以上に、血だらけで死にそうな先生を見て、涙が止まらなかった。


"先生っ……ごめんなさいっ……。ぼくっ、ぼく……っ!!"


 先生の手が、ぼくの方へと伸びる。

 思わず目をつむって、びくり、と身体を震わせた。


"……最期の………約束だ………"


 手が頭の後ろに触れる。そして、先生はぼくをぎゅっと抱き寄せた。


"……死ぬなよ……シロ"


 最期にそう言って、動かなくなった。


 力を失った手がずり落ちる。

 血が白い髪にへばり付いて、染めた。

 雨でも落ちずに、ずっとずっと、残り続けた。




 そうだ……。

 慰霊碑の前でサラに言われたことは、何も間違っちゃいない。


 結局、今の俺は「先生の代わり」をしているだけだ。


 先生が着ていたコートを羽織って、先生に教えられた勉強法とトレーニングを続けて、先生がやっていたように街を守って。


 今回だって、先生が俺を助けてくれたから、あの娘を助けた。

 ただ、それだけだ。


 それは償いじゃない?

 ……解ってる、そんなことは。


 死んで償えるなら、喜んで償ってたさ……!! でも、それを先生は許してくれなかった!!


 どうするべきか、教えてくれる人はいないんだ!!

 だったら、遺された約束ことばにすがるしかないだろう!!?

 真似をして、精一杯、失われた"代わり"になるしかなかったんだ……!





 魔狗まけんが喰らいつく、まさにその直前、目を見開いて、息を大きく、大きく吸った。


「ちく……しょう……がああぁっ!!!」


 そして、腹の底からこれが限界とばかりに大きく叫んだ。震える拳を一瞬だけ開くとより強く握りしめる。


(どうして、先生)

(どうして、"おれ"なんかを助けたんだ)

(どうして、あんな約束なんてしたんだ)


 魔狗とぶつかり合う風が圧縮され細くなり、勢いを増した。目の前に迫る魔狗を少しずつ押し返していく。


(あの日、死ぬべきたったのは、俺だっていうのに……!)


 でも、足りない。


 二つの魔法は俺と悪魔の丁度真ん中で止まり、それ以上動くことはなかった。

 残り僅かな魔力を搾り出してこれだ。そして、これは長く続かない。すぐに勢いを失って消されてしまうだろう。


 そう、このままじゃ負ける。

 このままじゃ、死んでしまう。


 だから、この先を……やらなきゃいけない。


(悪魔アイツに勝つんだ……!)

(生きなきゃ……駄目なんだ……!!)

(約束……したから! ……先生えッ!!!!)


 目を大きく見開くと、突き出していた拳を後ろへ振り切り、大きく一歩、前へと踏み出した

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