①黙示録は開かれた-3
「ええいっ、放せぇ! 冤罪だ、冤罪っ!! 阿呆共、私に手を出してタダで済むと思っているのか!!」
着飾った小太りの男が駐在兵に連行されていく。聞くに耐えない罵詈雑言と共に、自身の無実を叫んでいる。
あの男はさっきまで戦っていた傭兵の雇い主だ。行商を装ってはいるがその実は奴隷商で、戦乱で親を失った子供達を拐い各地で売りさばいていた。本人の言い分とは裏腹に証拠はしっかりと揃っており、自分が逃げるために傭兵達を暴れさせたのだから、無実なんてことは有り得ないのだが。
乱闘によって壊れた樽や壺、潰れた果物等の片付けを駐在兵達が行っていく。彼らの周囲を乱闘の騒ぎを聞き付けた野次馬が取り囲んで、市場の周りは雑然としていた。その様子を横目で見ながら、俺は近くにあった樽へ腰掛けた。そして、戦いで使用したナイフを風で運ぶと、傷が無いかを一本一本確認して鞘へと入れていく。
(今年に入って、もう5件。昨年よりもペースが速いし、内2件は魔法を使ったもの。随分と先が思いやられる)
頬から垂れる血を手の甲で拭い、ため息を付いた。
最近、魔法を悪用した犯罪が増えている。天界と冥界の戦争が激化し、人間界に逃げ込む天使や悪魔が増えた。そして、彼らが生活していくために金品と引き換えに魔法を教えていると聞く。そして、その魔法がこうして悪用されているのだ。特に最後に使った"合成術"なんかは、本来、軍でしか学べない代物だ。
国も対策も始めてはいるとは聞いているが、現状、王都や都市部が中心で、この街のような地方では遅れているのだろう。一時期、この街は駐在兵が不足していた事情もあり、俺――シロ・ハングレイは自警団として治安維持を手伝っていた。
「シロ君。ご苦労、いつもすまんね」
背後から声がして振り向くと、茶色い顎髭の男性が笑いながら立っていた。一般の駐在兵より少しだけ立派な制服を身に着けて、胸には街の駐在長であることを表す勲章を付けている。そして手には杖を握り、右足を上げるときには、わずかに引きずるような素振りを見せていた。
「駐在さんもお疲れ様です」
「ああ。無事捕まえられて良かったよ。君のおかげだ」
「……そんなこと。俺は先生の代わりをしただけです」
恥ずかしさに顔を伏せて、頭の後ろを掻いた。白い癖毛がもぞもぞと動くのが解る。
「謙遜は無しだ。君が傭兵を抑えていたから、子供達を助けられた」
「あ……はい。ありがとうございます」
樽から立ち上がり、おずおずと頭を下げた。すると背後から誰かが飛び掛かるようにして覆い被さった。林檎のようないい匂いと共に、オレンジ色の毛先と黒いキャソックがちらりと見えた。
「あー、照れてる! シロったら可愛いんだ!も~~」
「ッ!! さ、サラっ」
勢いに前のめりになりながら、僅かによろけた。サラはにへりと笑いながら、つむじの辺りを顎でぐりぐりと突っつく。小柄な彼女では足が地面につかず、少し宙に浮いている状態である。俺に思いっ切り抱きつきながら。
「き、来てたのかっ……!」
「グルヴーさんに頼まれてね!」
「ってか、お、重いから止めろって!」
上擦った声でサラへと呼び掛ける。一緒に暮らしているとはいえお互い子供じゃない。お前は気にしないのかもしれないけど、俺は色々と気になるんだ。息が耳元に当たっているやら! 前よりも大きいし柔らかいやら! (背は小っこいままなのに!)
色々と良くない! 良くないんだ! ああ、くそっ。顔が熱い!!
「"重い"って、女の子にヒドイねぇ。そーんな真っ赤になってるのに、離れて良いのかなぁ~」
「いいから離れろ!! ち、駐在さん見てるだろ?」
駐在さんだけじゃない。周りを片付ける駐在兵達がこちらを見ていた。青い髪の女駐在兵がクスリと笑いながらサラに手を振り、サラも手を振り返していた。俺の身体の上で。
「っていうか! 治療! 怪我人の治療は、終わったのか!?」
「んふふ~、ボクがそんなことを忘れる訳が無いでしょ? 終わったよ。とっくに」
「まだ30分も経って無いだろ!?」
「あちらをご覧下さいな〜」
治療が済み、並んで寝ている傭兵が見えた。俺も大怪我はしないよう手加減していたが、それでも全員に対して包帯が綺麗に巻かれており、この短時間で治療を済ませる手際の良さが伺えた。
「あ、ホントだ。凄い。……って、違う! いい加減離れてくれよ、み、皆見てるんだし!」
「ん~。治療中だからねぇ〜」
「終わったんじゃないのかよ!」
「あと一人残っちゃったみたい〜」
そう言いながら指で頬の傷を突いた。
「痛っ。だ、だからって、だ、抱きつく必要もないだろ! この位、自分で治せる」
「ん~。モチベーションの問題ってヤツ~。それより、そういうこと言っちゃう〜? 言っちゃうんだ〜? ……ボクのこと嫌いになっちゃった?」
顎を頭にのせて、ぐりぐりと動かすサラ。その質問は卑怯じゃないか!
「え、あ……ぃや、き、嫌いって訳じゃあないけどさ」
「んー! ありがとー! だったら、良いよね! 良いよねぇ!!」
「くっ!」
良いように言いくるめられている。それは解っていたが、上手い反論が出てこず唸っていた。それでもサラはこちらから離れない。だからお互い子供じゃないんだって……!
「い、いや!! やっぱり……!!」
「はい、終わりっと。ありがとね、我慢してくれて」
恥ずかしさに、とにかく止めさせようと声を大きくした瞬間、サラがストンと身体から降りて、手をひらひらと降った。
「っ! お、お前なぁっ!!」
「くくく、青春してるねぇ、おじさんには羨ましい」
「でしょ? お似合いって奴さ」
「ち、駐在さんまでっ、ふざけるのは止めてください!」
先程サラに手を振っていた女駐在兵が、こちらへ近づいてくる。手には色々と書類を持っており、被害状況の記録をしていたはずだ。
「グルヴー駐在長、お話の最中に申し訳ありません。サラちゃんシロくんも良いかな?」
「アズルか、どうした」
「あ、いえ。この子達が……」
そう言うと、駐在兵の後ろいた男の子と女の子が前に出てきた。見た目から馬車に乗っていた子供達だと解った。
わざわざこちらに来てまで、どうしたのだろうか。
「あの、えっと。助けてくれて、ありがとう。お兄ちゃん」
「途中で見つけたの。綺麗だから……あげる」
男の子がおずおずとお礼を言って、女の子が小さな白い花を差し出した。泣き鈴蘭と呼ばれる種類で、滅多に見つからない珍しい花だ。奴隷商に連れて来られるときに、見つけてこっそり持っていたのだろうか。
「あ、えっと。俺に?」
子供達が頷く。思いもよらないプレゼントにどうしようか戸惑っていると、隣から肘打ちが飛んできた。
「ぁがっ……りがとう」
うめき声と端っこの歪んだ口元を何とか誤魔化して、子供達へお礼を言うと、花を受け取った。子供たちが俺から離れると、女の駐在兵は用事が済んだかを尋ねた。子供たちは再度コクリと頷き、馬車へと戻っていった。
「良かったね、シロ」
すまし顔で言い放つ肘の主を、しかめっ面でじっと見た。こいつめ。気を取り直して、苦笑する駐在さんへ話しかける。
「駐在さん。あの子達はこの後どうするんですか?」
「身元確認をして、親元に帰せる子達は帰すさ。……帰せる子はな」
「そう……ですか」
"帰せる子"という言葉に眉をひそめた。今の状況で、それが叶う子供達がどれほど居るだろうか。
「仕方あるまい。この前も天使と悪魔の争いに巻き込まれた街があったそうだし、何より"厄災"も続いている」
「……」
"厄災"の言葉に、わずかに下唇を噛んだ。駐在さんが渋い声で話し続けるのを、黙って聞く。
「安心したまえ、今回は"エイオン"や"ソムドラ"の孤児院に空きがあるから、あの子達が路頭に迷うことは無い」
「……宜しくお願いします」
「勿論。このくらいは私の仕事にさせてくれ」
再度、頭を下げた。
市場の片づけが終わったのか、徐々に駐在兵達が撤収し始める。それと同時に商人たちが市場に戻り、これから商いを始めるか相談していた。
駐在さんは、そんな様子をぼんやりと眺め、口に手を当てて考え込んでいた。声を掛けても邪魔をするだけだし、俺にもこの後用事があった。サラに目配せをし、その場を離れようとした。
「なあシロ君。最後に一つ良いかね」
駐在さんが口を開く。その場に立ち止まって振り向いた。
「やはり、今のような自警団ではなく、正式に軍に来ないかね?」
「そのお話は一度お断りしたはずです」
「解っている。だが君の実力なら、都市の部隊長……いや、王属の近衛兵だって夢じゃない」
「俺は先生の代わりに街を護れれば良いんです。そういうのは興味ありません」
「なら、軍学校はどうかね? 君の実力なら奨学金が間違いなく出るし、色々と学んだ後で、街に戻って来れば良い」
いつもであれば口数の少ない駐在さんが、今日は食い下がってくる。俺のためを思って言ってくれているにせよ、流石にしつこいと感じて、語気に苛立ちが混ざってくる。
「その間、この街はどうするんですか」
「私たちの方で何とかする。本来、手助け無しでも街を守るのが駐在の役目だ」
「今日の相手だって、貴方達じゃ怪我人が出ていた! それで数年間も離れられないでしょう!!」
「だとして! 次にまた"厄災"が来たときに何が出来る!? 結局、ヴァーシュさんと同じことを繰り返……」
駐在長がそこまで言いかけたのを聞いて、サラが一際声を大きくし、たしなめた。
「グルヴーさん!!!」
サラに強く言われ、駐在長はハッとして言葉を失う。そして恐る恐るこちらの方を見た。
「っ! す、済まない、シロ君。私も言い過ぎた」
咄嗟に言葉が出てこなかった。恐らく、とても険しい表情で駐在さんを睨んでいたのだろう。そんな自分に気がついた。目を瞑ると眉間に寄ったシワを戻す、そして、目を開き答えた。
「大丈夫です、駐在さん。……ただ、今はもう、終わりにして下さい」
軽く会釈をすると、足早にその場を立ち去った。