②星月々(ほしつきづき)は あの子を照らす-3
廊下を歩く。後ろからサラが着いてきた。二人分の足音が交互に続いた。サラはこちらにひっきりなしに話掛けてくる。
「第一、キミが怪我したときに、誰に治療して貰うのさ~? 戦って魔力が無いのに、回復魔法は使えないでしょ?」
「………」
「あ、もしかして駐在兵の誰かに頼むつもり? でもそれ、ちょっと甘くないかな~。街で"上級"の治療が出来るのなんて、ボクしか居ないよ~」
「………」
内容は強気だが声色はどこか不安そうだった。対する俺は一言も答えない。
「と、いうかさ、ボク以外なら今から探すことになるよね? いいのかなぁ~? 誰も悪魔と戦う人なんか居なくてさ、最終的にまたボクのところに来る羽目になっても? その時は流石にボクもちょっと考えちゃうよなぁ~」
ついぞしゃべり続けたまま、俺から離れる素振りは無かった。このままでは子供部屋まで着いてきてしまうと思った。
わずかに息を吐くと、立ち止まって振り返った。
「サラ」
「やっぱりお願いする気になった!?」
「来ないでくれ、と言ったはずだ。悪魔の戦いに巻き込むことになる」
「……っ」
再びの沈黙。サラの目が潤んでいくのが解った。街の皆から見れば、"お調子者だけどしっかりしている"彼女だが、昔から臆病で気弱なところがある。……だからこそ、今ここで、はっきりと言っておく必要がある。例え本人からは嫌われたとしても。
「……い、嫌だよっ! "巻き込みたくない"って! それだけキミも危険だって解ってるんでしょ!? 第一、女の子を助けるって言ったのはキミだろ!! だったら、なおさらボクが居なきゃ駄目じゃないか!?」
しかし、今度ばかりははっきりと言い返してきた。
そして、ぐうの音も出ない正論だ。悪魔と戦い少女を助けるのであれば、サラの助力は不可欠だ。本人が戦うつもりなのだから、俺の我儘でしかない。
そんなことは解っている。解っていても、巻き込めるもんか。
「とにかく、後は俺がやる。サラ、お前が気にする必要なんてないんだ」
「……」
「サラっ!」
「じゃあいいよ! もう! ボクはボクで勝手にやるもんね!」
むすっとした顔で俺を押しのける。
「おい、サラっ!!」
「治療! あの娘が怪我したままじゃ可哀想だし、戦うかどうかとは無関係でしょ!!」
素っ気無いような物言いだった。そのままサラは子供部屋へと足早に向かった。
"少女の治療"を言われてしまうと、俺も反論の余地がない。それに、これ以上言い争っていると少女に聞かれてしまう可能性があった。
小さくため息を付く。頭の後ろに手をやると、白い癖毛がもしゃりと動いた。
黙って後を着いていくと、サラは少女の部屋の前で待っていた。ドアをノックすると、熊を型どった"子供部屋"のルームプレートが小さく揺れた。
「入って良いかな!?身体の調子はどう!?」
「ぁ……、は、はい」
サラがわざとらしいくらい元気な声で呼びかけると、小さく声が返ってきた。透き通るような声だ。ドアを開けて部屋へと入る。例の少女が部屋の奥にあるベットに座っていた。
昨晩は暗かったが、今は彼女の顔がはっきりと見える。年は11~12歳くらいだろう。幼くも端正な顔立ちと背中にまで伸びる黒髪は、街に飾られていた綺麗な人形を思い出す。(あれの髪は金髪だった気もするが)
彼女の足には包帯が巻かれており、鼻の頭には絆創膏が貼ってあった。それぞれ狗に噛まれた時と、転んだ時の怪我だろう。
そして、寝間着代わりに俺のお下がりを着ていた。確か12歳くらいの時の服だったか。……まぁ、今でさえサラの方が小ちゃいもんな
不安そうな表情を浮かべる少女の前に進む。サラはベットの手前で膝をついて座り込むと、手を取り回復魔法をかけ始めた。
「大丈夫?まだ、痛むかい?」
「は、はい。まだ、ちょっと」
「そっか。でも、すぐに治るから大丈夫だよ!! ボクが治療すればね!!」
「その、ありがとうございます」
「ん~。お礼はコイツかな。君を助けたの、コイツだし。あ、でもでも、これからはボクもキミを助けるからさ!!」
じとりとした目でサラがこっちを見ると、少女はおずおずと頭を下げた。こちらも無言で会釈をする。緊張していて治療中も落ち着きの無い様子であった。狗に追われていたかと思えば見知らぬ部屋で寝ていたのだ、無理もないだろう。
……それよりもサラのアピールが凄い。(だから連れていかないって)
治療が終わるとサラは薬湯を少女に飲ませた。その間に俺は部屋に置いてある椅子をサラに渡すと、ベットが置いてある横の壁にもたれながら立った。少女が薬湯を飲み干して一息ついたのを確認して話し始めた。
「まずは無事で良かった。……俺はシロ。シロ・ハングレイ。この街で駐在兵の手伝いをしている」
「ボクはサラ。サラ・クート。この街の神父だよ。よろしくね!!」
「私はコトネス・ハルマンと言います。えっと……その、ガルンの街に住んでます」
「ガルン?」
それを聞いて首を傾げた。"ノヴィス"は人間界でいえば南西の端っこにあるが、"ガルン"は北西の端っこ。船や列車を乗り継いでも3か月はかかる距離だ。
「どこかへ行く途中だったのかな?」
「い、いえ、そういう訳じゃなく、気づいたら森の中で……」
「どういうことだ?」
「街に突然悪魔が現れて暴れ出したんです。逃げている最中に目の前が光って、目が覚めたらあの森に居て……。それで、迷っていたらあの狗が現れて追いかけられちゃったんです」
「そうすると、あの森に居た理由は解らないのか」
「え、えぇ……っと……。はい……」
「追われている理由も?」
「……うぅ」
少しだけ唸った後、ふるふると首を横に振った。見る限り彼女に嘘をついている様子は無い。
冷や汗と共に息を吐く。
(本当にあんな遠くから一瞬で来たのか……? 空間魔法は詳しくないが、その規模は"上級"でも無理だろう……!? 昨晩の魔法といい、一体この娘は何に巻き込まれているんだ!?)
少女は俯いて空っぽになったコップを掌で転がしている。
そんな少女の手を取って、サラが自身満々に話し出した。
「でも、大丈夫だよ!! ちゃーんと、キミを護ってあげるから。ボクとシロがさ!!」
「は、はい。ありがとうございます」
少女がサラの手を握り返し、頭を下げた。不味い、このままじゃなし崩し的にサラが同行することになる。慌ててサラの肩を掴んだ。
「お、おい……! だからお前は連れていかないって……!」
「んも〜! ここまで来ると強情なのはキミの方だよ! コトネスちゃんの魔法が悪魔に取られる訳にはいかないんでしょ!!」
「それはそうだが……!!」
「えっ! わ、私の魔法って……な、なんですか………?」
俺たちの話を聞いて、少女が少女は"ぽかん"と、こちらを見た。
「えっ……! コトネスちゃん、知らないの……!?」
「そもそも私、ま、魔法なんて使えないんですけど……」
サラも目を丸くした。確かにこの娘は俺が助けた時点で気絶していた。だったら自分の魔法のことを知らなくても、変な話じゃない。
どういうことだ、と言わんばかりにサラがこっちを見てくる。(俺だって、全部が全部把握している訳じゃないんだぞ!)
「えーっと……だな。驚かせる気も、騙す気も無い。だから、落ち着いて聞いて欲しい」
恐る恐る、言葉を選びながら話し始めた。
「……君は強力な魔法を使える。それこそ"厄災"と同じくらい強い魔法だ。恐らくそれが理由で悪魔に狙われている」
「や……"厄災"と同じくらいっ!?な、何言っているんですかっ……!?」
上ずった声が漏れる。
彼女の手からコップが転げて、床へと落ちそうになるのを慌てて拾い上げた。
「……ゆっくりでいい、そこから外を見るんだ」
コップを握りながら窓を指差す。
少女は恐る恐る立ち上がると、窓へと近づき外を見た。ぽっかりと大穴が開いた、幾つもの山を。
「な……っ、何……あれ…………!!?」
顔色がみるみる悪くなり、肩は小刻みに震えている。両腕を身体の前でギュッと抱えて、その場にうずくまる。呼吸も異常なまでに早くなっているのが俺にも解った。
「じょじょっ、冗談………ですよねっ。あ、あ、あんな大きな穴っ……!!?」
「実際に見た俺でさえ、まだ信じられないさ。……でも、本当なんだ。だからこそ、悪魔が君のことを狙って……」
「い、要りませんっ!」
今まで必死にこらえていて、それでも我慢しきれず溢れたのだろう。真っ赤な顔をした少女の目から、大粒の涙が次々と溢れ出す。
「こ、こんな魔法、要りませんっ!! 要らないから………私を……帰して……下さい……っ。お父さんのところに……帰して………!」
「っ……!?」
"パパとママを返して………っ!"
"私を……私を一人にしないでっ!!!!"
少女の泣く姿が、夢で見た"あの子"と重なり呆然とする。
わずかに吐き気を感じ、口を抑えて目を背けた。
「あ……! だ、大丈夫!! 大丈夫だからっ!だからボク達が助けるんだし、ちゃ、ちゃんとパパとママに会わせてあげるから!!」
慌てたサラがすすり泣く少女へ近づくと、ギュッと抱きしめてなだめた。
「っ………ぐすっ……」
えづきながらもコクコクと頷いた。サラは少女を撫でると、今度はこちらへと近づき、腰の辺りを小突きながら小声で言った。
「ちょ、ちょっと〜、シロ。いつかは言わなきゃいけないことだけどさ、いきなり大穴見せたら驚いちゃうって。もうちょっとオブラートに包まなきゃ……」
「………」
「シロ?」
言葉に応えられずにいた。最初は訝しむような表情をしていたサラも、俺の様子に気づき心配そうにじっと見つめた。
「だ、大丈夫?」
サラの目線に、はっと気づいた。彼女の顎の傷がまず目に入った。
胸が詰まりそうになる感覚を奥歯を噛み締めてこらえると、口から手をゆっくりと離し、そして、ゆっくりと深呼吸をする。
……あの時とは違う。誰かが死んだ訳でもないし、そうならないために、今こうしてるんじゃないか。
「あ、ああ、大丈夫だ」
「本当に? 治療しきれてないところとか、無い!?」
「ほ、本当に大丈夫だ! ちょっと目眩がしただけで、どこか痛いとかじゃ……。め、目眩もすぐ落ち着いた!」
「なら、良いけど……」
慌てて答えたため、上ずった大きな声が出てしまった。サラはそんな俺を見てポツリと言った。
「本当にさ、無茶、しないでよ……」
「…………ああ」
「お願いね」
そう言うと再びサラは少女に近づいて屈んだ。少女は手の甲で涙を拭っていて、少し落ち着いてきたようだ。サラはハンカチを差し出しながら、少女に言った。
「コトネスちゃん。大丈夫かな?」
「は……はい。わ、私もっ……急に泣いちゃって……ご、ごめんさいっ」
「良いんだよ。どうしても涙が出てきちゃうことなんて、誰にでもあるからね。……落ち着いたら、一緒に駐在所まで来てくれないかな。"ガルン"に戻るにも軍の人達に協力して貰わなきゃ」
少女はハンカチを受け取って、涙を拭くと、真っ直ぐ顔を上げた。
「だ、大丈夫……です。……連れて行ってください」
「え?……あ?べ、別に急かしている訳じゃないし、良いんだよ、ゆっくりで」
「か、帰れるなら……早く帰りたいんです……。お父さんが無事かどうかも……、まだ、解らないですし……」
サラにハンカチを返しながら、少女は立ち上がった。俺は少女にゆっくりと近づいた。
「……さっきは、驚かせて悪かった。君が大丈夫なら、今から行こう」
少女はコクリと頷いた。
そのまま3人で部屋の出口に向かおうと………しちゃ、駄目だろ。
「サラ」
振り返って呼びかけると、無言で顔に両方の指を当てて、ポーズを取った。可愛い。
「あっ! 顔赤くなってるよ! 可愛いでしょ! ねぇねぇ!」
「そりゃ確かに可愛……じゃなくて! 来なくて良いって、何度も言ってるだろう……!」
「ちゅ、駐在所までー! 駐在所! 駐在所!」
「そう言って、ジリジリ既成事実を作るんじゃないっ!」
「でも今回だって、ボクが居たから話進んだんだよ!」
再び置いてけぼりとなった少女を尻目に、二人の言い合いが始まろうとしていた。
「それは確かにそうだがっ……。そもそも、そういう問題じゃ……!」
はっきり断るために大きな声を出そうとした瞬間、声をかき消す程の爆発音が聞こえて全身が強く揺れた。




