幕間.星の図鑑
そういえば、とディアナは星の図鑑の方を見る。ルイスの本性が明らかになった原因はこれだった。
「星がお好きなのですね」
図鑑と共に星を一晩中見ていたと聞いた時のルイスはそれはもう嬉しそうだった。そのことを一緒に思い出したのか、ルイスは目を逸らしながら困ったように笑う。
「まぁ…そうだな。その図鑑は幼少期から気に入っている」
「そんな大切なものをお貸しいただいてありがとうございます」
「いや、いいんだ。こんなことに巻き込んだ以上、君が何かを気にする必要はない」
ディアナは言葉に甘えて、改めて図鑑を開いた。確かにだいぶ古いものだが、大事にされているのは端々から伝わってきた。
「本当に大事になさっているのですね」
「ああ。だからこそ、君にも気に入って貰えたのは嬉しかったんだ」
夜空の星を見上げるのが趣味、というのは王子として求められているものではないことをルイスはよく知っていた。この趣味を知っている人も今では少なくなっていた。
「私も星を見るのが好きだと気づいたのは、ここへ来てからですわ。星を見るというのは、心に余裕がなければできないですもの」
「…そうだな。俺もそう思う」
ルイスは開かれた図鑑の星のひとつに手を伸ばす。輝く一等星に触れ、消え入るような声で囁く。
「だが星は平等だ。誰に対しても」
ルイスの今までの苦労が、ディアナに少しだけ伝わったような気がした。
「……」
「…すまない、もうこの話はやめようか」
「えぇ、そうですわね」
ルイスが図鑑を閉じる。沈黙が訪れることが気まずく、ディアナは他の本の方も見た。
「アリアは本を色々と持ってきたのですが…全てをルイス様がお選びになったのですか?」
アリアに聞いた時は濁されたことを思い出していた。ルイスはすぐに否定する。
「いや、俺は図鑑だけだ」
傍らにいたアリアが話に入ってきた。
「こちらの歴史書は私が推薦させていただきました」
「そうだったのね。なかなか面白かったわ」
「恐縮です」
「ではこちらの恋愛小説は…」
ディアナが指すと、少しばかり楽しそうなアリアとルイスの声が重なる。
「ジャックが」
ルイスの後ろで黙って立っていたジャックが、表情を歪める。それから軽くルイスのことを小突いた。
「俺が好きというわけではなく、女性はそのようなものが好きなのかと思いまして…」
「ふふ、ありがとう。意外とよかったわ」
「そ、そうですか」
「何を戸惑っているのジャック」
アリアが指摘すると、ジャックがアリアの肩を掴む。
「戸惑っているわけではなくてな…!」
「触らないで」
目もくれずにアリアはジャックの手を振り払った。そんな2人のやり取りをルイスは笑いながら見ている。ルイスが本性を晒すようになってから、アリアとジャックも最近ではディアナの前で無理に気を張ることはなくなっていた。
ルイスとアリア、そしてジャック。この3人は3人にしか共有しえない空気というものがあるのだろう。ディアナは少し羨ましいと感じながらも、その暖かな場に自分がいられることが嬉しかった。