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囚われのベラドンナ  作者: 紫乃莉
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7.ルイスという男

「……国を背負う者として、」

 何億回も聞いていた言葉。その身に染み付くほど。それはある種の呪いのように、ルイスを縛っていた。王子として、決して侮られてはならない。そんな思いは歳を重ねるごとに強くなり、隙のない振る舞い、悟らせない表情、と意識せずとも自然と身についた。今では気を許した者以外の前で、笑うことさえ難しくなった。本来は、そのような性格では決してなかったはずなのに。

「今まで君が見てきたのは、国を背負う者としてあるべき姿である“ルイス王子”だ。本来の俺とは遠くかけ離れている」

 諦めて柔らかく笑うルイスは、どこか吹っ切れたようだった。

「俺は本当はもっと…」

「穏やかで単純な優しい方でいらっしゃいます」

 アリアが引き継いだ。

「単純…?」

「褒め言葉」

「あのなぁ」

 ルイスはため息をついて、アリアといつもの従者の方を指す。

「アリアと…ここにいるジャックは幼馴染みだ。3人だけの時は互いに敬称はない」

 ルイスが素に戻れるのはこの2人の前でだけだった。

「驚かせたのは申し訳なかった。もう滅多にこんなことはなかったのだが…気が緩んでいたようだ」

「……いえ、」

 ディアナは一連のやり取りを見ながら、腑に落ちたような思いがあった。もう既に驚きという気持ちはなかった。

「むしろ、本来とされる現在の方が私としてはお話しやすいですわ」

「そうか、だが…」

「聡明なルイス様ならお気づきでしょうが、そろそろ、私たちは本音できちんと話し合った方が互いにとって利になるでしょう」

「…………」

 ルイスは黙ってディアナの目を見つめる。確かにこうして目の前で笑うディアナも、学園で見ていた氷のような表情と比べるととても穏やかなものになった。さらけ出しているのはお互い様。相手のことを信じても良いのではないか、と思い始めているのも。

「聞いてもよいですか?……何故私を誘拐など?」

 長い沈黙が続く。取り繕っているわけではないが今の何を考えているかわからないルイスは別の意味で怖かった。だがディアナは態度を崩さなかった。アリアとジャックも話に割り込むことはなかった。ルイスが顔を上げる。

「ラナリーだ」

「!」

 それは土地の名前だ。ラナリーは、とても豊かな土壌と穏やかな気候の備わっている素晴らしいところだ。ルイスの国であるセルトリトの、名所のひとつ。ディアナでも知っているほどには有名な場所だ。今滞在しているメレリアとの国境に面している、という特徴もある。

「ラナリーは元々、セルトリトとメレリアの間で所有権の問題で揉めてきたのは、知っているだろう」

「もちろんですわ」

 そして今その話が出るということは、あまり良い予感はしない。

「それでも数十年前にもう決まったことだ。ラナリーは我がセルトリトの国土だと」

「えぇ」

「だが先日メレリアからそのことに関して話があってな。もう一度どちらの国土であるか話し合う必要があると」

「!」

「今セルトリトは、我が父である国王が病気になってから慌ただしい日々を送っている。それを知って言ってきたのだろう」

 本来の姿でいい、と言われてはいたが、やはり自分の国の話となると自然とルイスの気は引き締まった。感情の見えにくい声で話を続ける。

「話し合い、とは名ばかり。寄越せ、をオブラートに包んだだけの話。実際メレリアは武力行使の可能性さえ見せてきた」

「そんな…」

 ディアナは自分の国でありながらもその非道な行いに頭が痛くなった。そんなこと、絶対にあってはならない。

「それに加え、現在この国に滞在している俺の命のことも言及してきたそうだ。ある意味、俺も人質のようなものだ」

 ここからセルトリトまでは何日もかかる。どんな手段を使っても必ずメレリアの人間には見つかるだろう。ルイスでさえも、この巨大な国に閉じ込められているようなものだったのだ。

「……」

「どうやったら国を救えるか、考えた俺には同じような手段しか思いつけなかった」

 そうして国を守るための手段としての人質として選ばれたのが、ディアナだったわけだ。公爵令嬢、未来の王太子妃ともなれば不足はないだろう。

「メレリアはこの計画を静かに進めていた。だからこちらもあまり大事にしたくはなかった。巻き込んでしまったことは、本当に申し訳ないと思っている」

 ルイスがしっかりと頭を下げる。ディアナがすぐにそれを止めた。

「悪いのは我がメレリアですわ。私としても、こんな酷い計画は阻止されて欲しいですもの」

 平穏を求めているのも、お互い様だった。

「…やはり、言って正解だったな」

 ルイスの仮面がまた剥がれる。安心したような笑みを見て、ディアナが力強く頷いた。

「えぇ、力になりますわよ」

 悪事のための誘拐でないことは気づいていたが、まさか自分の国であるメレリアの方が悪かったなんて想像もしていなかった。そしてメレリアの国民として、貴族として、ディアナには責任もあった。見捨てるなんてことできるわけもなかった。

「ありがとう…そして本当にすまなかった」

「ですから…」

 ルイスがディアナの手を握る。ディアナの言葉が思わず止まった。

「だが、これ以上悪いようには絶対にしない。例え何があっても君の不利になるようなことだけはしない」

「…!」

 至近距離でルイスに見つめられ、ディアナはただただ頷くことしかできなかった。初めて抱く不思議な感情が胸の中を蠢いていた。

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