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囚われのベラドンナ  作者: 紫乃莉
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6.本性と真実

「見苦しいところを見せしてしまって、ごめんなさいね」

 あれから数時間、ようやく落ち着いたディアナが言うと、アリアは首を振った。

「いいえ、そのようなことはお気になさらないでくださいませ」

「…ありがとう」

「もうすぐ夕飯のお時間ですが…お疲れでしたら1度お休みになられますか?」

「いえ、平気よ。準備をしてもらえる?」

「かしこまりました」

 ここでは部屋や衣服だけでなく、食事もとても豪華なものが毎度用意されていた。本当に丁重に扱われている。先程のハンカチを差し出した時といい、ルイスは表情や声に感情が出にくいというだけで悪い人ではないようだ。それに表情の方も、今ではいくつか感情が出ているのをディアナは見ている。


 夕飯を食べ終わり、ディアナはアリアに声をかけた。

「本がいくつか読みたいのだけど」

 ここにある本はもう読み尽くしてしまってそう言った。アリアは頷く。

「かしこまりました。どのようなものがよろしいでしょうか」

「…なんでもいいわ。あなたのセンスで数冊選んできて」

「……」

「いい?」

「もちろんでございます」

 アリアがいなくなり、ディアナは部屋に1人になった。この屋敷全体にかけられた魔法を破れないものかと試してみるが、やはり無理そうだ。それだけは徹底している。どうせ戻ったところで居場所などありはしないが、いつ何が起こってもいいように、というのは常に考えていた。

「それでも、誘拐の理由くらいは……聞きたいものね…」

 悪巧みではないというのはもう薄々気づいていること。だからこそ理由が気になっていた。せめて逃げるにしても理由を聞いてから、というのはディアナの頭にある。そんなことを考えながらディアナはベッドに突っ伏し、そのまま深い眠りに落ちていった。



「一緒に逃げようよ」

「え?」

 ディアナはまた夢を見た。今度は最近のではなく、もっと遠く、もっと昔、幼少期の夢。上手く思い出せず、誰がディアナに言ったのかはわからない。ディアナは目を凝らして相手のことを見ようとする。かつてディアナにそう言ったのは、一体誰だったのだろう。




「よく眠れたのであればよかったです」

 翌朝そう言ってアリアはお淑やかに笑った。ディアナはその優しさに甘え、頼んでいた本に手を伸ばす。

「全部あなたが選んでくれたの?」

「……ほとんどは、そうです」

 恋愛小説、歴史書、星の図鑑……。本当に様々なジャンルの本が並べられていた。ディアナは仲睦まじい男女の描かれた表紙に触れる。

「恋愛小説、たまにはいいかもしれないわ。ちょうど、私のは終わったばかりだから」

「…………」

「昨日話してて、やっぱり思ったの。私、アイザック殿下のことが好きだったのよ」

 未来の国王として正しい賢さがあるとは言えないが、誰にでも平等に優しいアイザックのことが、ディアナは確かに好きだった。

「これは私の独り言だけれどね、」

 そう言いながらディアナは目を瞑る。

「誰にでも優しい彼の、唯一になりたいって思ってたの。私だけはそれになれる。だって、婚約者だったのよ」

 だが今思い出してみればわかる。アイザックのディアナは見つめる目は、他の人たちに向ける視線となんら変わっていなかったこと。そして、唯一、の視線を与えられたのはリルノだったこと。思い出せば思い出すほどに、苦しみと悲しみが沸き上がる。

「私は彼の特別になることを、生きがいにしていたのかも。生まれてから王妃教育ばかりで辛かった私にとっては、彼の唯一になることだけが心の支えだった」

 それを果たして、愛や恋と呼んでいいのかはディアナにもわからない。だがそれでも、好きという気持ちに違いはなかった。

「こんな下心のある気持ちに、答えてもらえるわけがないわね」

 純粋なリルノの方がよっぽどアイザックにはお似合いかもしれない。そう冷静に考えられるほどには、婚約破棄をされた悲しみが徐々に溶けていく。

「私も、未来の王妃の器ではなかったようだわ」

 諦めたように笑ってみて、ディアナは思ったよりも軽くなった自分の心に驚いた。まだ笑えるのなら、よかった。それからディアナはアリアの方をちらりと窺う。

「独り言だって言ったじゃない」

 ディアナよりも辛く悲しそうな表情をするアリアに言うと、アリアは目をギュッと瞑って淡々とした声で返す。

「こちらも、1人で勝手にしていることです」

 ならそういうことにしておくわ、とディアナはまた笑った。

「元からだったかもしれないけど、今はもう、アイザック様にそこまでの気持ちはないのよ。未来の王妃という役目から逃れられて、よかったくらい」

 それに気づけたのも、ここで自分の本心と向き合ったおかげだ。婚約破棄されてから、そして誘拐された場所で気づくなんておかしな話だが、常に何かに追われているような圧迫感のある日常では決して気づけなかったはず。

「これからはもっと、自分の本当の気持ちを大事にしないとね」

 言いながらディアナは恋愛小説の表紙を開く。実はこのような本を読むことは滅多にない。勉強に役立つもの以外を読む時間はほとんどなかったからだ。ディアナが本を読み始めると、その様子をアリアが不安げに見守っていた。



「今日は来なかったのね」

 小説を読み終わる頃にはもう日が落ちていて、ディアナは夕食を食べ終えてそう言った。そのようですね、とアリアが答える。

「ルイス様のことが、気になられますか?」

「…気になるのは、学園の様子の方」

 ディアナが咎めるように言った。はっきりと違うとは言いきれなかった。

「失礼いたしました」

 自分の心に素直に、ということに気づけたのはいいが、とにもかくにもこの状況のままではどうしようもない。少しでも進展があればいいのだけど、とディアナは窓の外を見る。

「星が綺麗ね」

 手を伸ばせば届きそうなほど輝いている星空だが、届くのはおろか、ディアナはこの建物から出ることすら叶わない。ふと、部屋に届いた本の中に星の図鑑があることに気がついた。

「こちらですか?」

 ディアナの目線を感じ取ってアリアがすぐに図鑑を手渡した。

「…えぇ、ありがとう」

 図鑑はとても丁寧な装飾に彩られ、1ページ1ページが美しい絵画のようだった。ディアナは天体図と空を見比べ星の名前を読む。しばらく夜空を眺めて、そんな穏やかな時間を過ごした。


 次の日、ルイスは従者と共にディアナの部屋を訪れた。今日はやはり無表情だった。

「一昨日はお見苦しいところをお見せしてしまい…」

 来て早々に頭を下げようとするディアナをルイスがすぐに止める。

「気にすることではない。ほとんど見ていなかった」

 わかりやすく優しい嘘をつくルイスだが、表情が変わらないためか本当なのではないかと思わせる力があった。

「お心遣い感謝致します」

「心遣いではない。事実だ」

 それからルイスは足を組み直して話を続ける。

「それに、君の話を聞いて改めて見てみたがやはり…婚約破棄の話は本当のようにしか思えない」

「!」

「アイザック王子のリルノ嬢への扱いが変わっている。これ以上は言う必要がないが…俺の目から見ても明らかだった」

 先日のディアナの涙を覚えているからだろう。上手く言葉を濁すルイスはやはり優しかった。ディアナが頷くと、ルイスは話を再開させる。

「だがやはり問題はリルノ嬢だ。彼女は未だに少しも元気なように見えない。前までの周りに甘えたような酷い態度さえ、最近はしていない」

 不愉快でないのはいいことだが、とルイスは冷たく言い放つ。

「これに関しては本当に心当たりがないのだな?」

「ありませんわ」

「…そうか」

「……何が目的かはわからないですが、王太子妃が目的というのなら、今度はリルノさんを誘拐するのです?」

 ディアナが真っ直ぐにルイスを見ると、ルイスは少し悩んだが首を縦には振らなかった。

「それはしないだろう。今の彼女に手を出して、学園中の生徒を敵に回したくはない。…今はこれ以上事態を大きくしたいと思えない」

「賢明なご判断ですわね」

 今回はディアナだったからこそ、風邪と嘘をついて内密に探されていることに誰も疑問を抱かないが、リルノの場合は大捜索にまで発展してもおかしくない。2人の差はそれくらいあった。ディアナは今言ったルイスの言葉を反芻する。これ以上事態を大きくしたくない、の思いが今のルイスにとっては大事らしい。となると、あまり壮大な計画というわけではなさそうだ。

「賢明でないとならないからな」

「…!でしたら、教えてくださいませ。あなたの本当の目的を」

 ディアナが挑戦的に笑う。今ルイスは色々と選択を迫られている。ディアナを信用して、目的を話し、協力してもらうこと。ディアナを信用せず、いつ魔法を突破して逃げ出すかわからない状態のままここへ閉じ込めておくこと。何か行動を起こさなくては、事態は大きくはならずとも収まるわけでもない。ルイスは無表情のままディアナの目を見つめ返す。

「私は平穏な生活を求めております。そのためでしたら、多少あなたのために嘘をついてもよいと考えていますわ。ですがそれも、ルイス様の目的次第」

「…………」

「昨日は一晩中窓の外の星を眺めておりました。そのような生活を、ただ安心して送りたいだけなのです」

 ディアナがそう言うと、ルイスの視線が机の上の星の図鑑に落とされた。

「……そうか、一晩中」

 なんとも変わった返答に、ディアナは怪訝そうな表情になった。

「大事なのはその部分ではございませんわ」

「気に入ったか、この図鑑が」

「…?」

 だから、今の話で大事なのはそれではない。そう言いかけるも、ディアナの口から零れたのはそんな言葉ではなかった。

「…え、えぇ…とても気に入りましたわ。よいものをお持ちですのね」

 今はそんな話をしているはずではないのに。明らかに話を逸らされているのに。わかっていながらも一向に話を戻す気になれなかった。ディアナが答えると、目の前のルイスが今まで見たことがないほどの笑顔で、ディアナを見つめ返していた。

「……えっと…?」

「そうなんだ、いいものだろう?この図鑑」

 それから急に声の圧もなくなって、楽しげに話す。

「…?」

 突然変貌したルイスに、ディアナはついていけなかった。驚いた顔のままなんとか2、3度頷く。

「おい、ルイス!」

「ルイス!!」

 それと同時に、アリアと、そしていつもルイスと共に行動をしていた従者が一切の敬語もなしに彼の名前を呼んだ。ディアナはそれにも驚いた。

「あ、」

 そしてようやく事態の重さに気がついたルイスが、気の抜けた声を洩らす。ディアナはまだ驚きながら愛想笑いのようなものを浮かべた。

「わ、悪ぃ……ああ、すまない、」

 何度か咳払いをしながら、ルイスが表情をゆっくりと元に戻し、声に落ち着きを取り戻した。ディアナもまだ呆然としながら答える。

「随分と、砕けたお話し方をなされるのですね…?」

 思わず言うと、ルイスが立ち上がりかける。

「……少し席を、」

 そんなルイスの手を取って引き止めたのは、他でもないディアナだった。ディアナは真剣な顔でルイスと向き合う。

「外さないでくださいませ。私だけ恥ずかしいところを見せて、あなただけ逃げるなんて卑怯ではありませんこと?」

 ディアナの本心を晒すような泣いているところまで、見られている。ディアナがそのことを言うと、ルイスはしばらく逃げる方法を考えていたようだが、最終的に諦めて席に座り直した。


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