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囚われのベラドンナ  作者: 紫乃莉
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2.誘拐犯との対面

「アイザック様、王太子として先程のような行動は…」

 夢を見た。今となっては悪夢のひとつだが、あの時は正しいと思って行ったことだった。婚約者だったアイザック王子に対して、諌めるようなことを言った。

「ディアナ、あまりそうは言ってくれるな。リルノ…彼女はまだここへ来たばかりで、わからないことだらけなんだ」

 困ったように笑うアイザックだが、現にその域を若干超えており、皆リルノには困っていた。彼女の行動は度が過ぎていると。そして止めようとしないアイザックにも。だからこうしてディアナが婚約者として声をかけたのだが、取り尽くしまもない。

「ですが…」

「そう強く言わないでやってくれ」

 そう言われると、ディアナは口を噤むしかなかった。だがこれが良くなかったのか、徐々に学園は傾いてしまった。

「リルノ様は本当はとてもお優しい方」

「生徒会にはリルノがいてくれて助かったよ」

「リルノさんは、まるで聖女のような…」

 ディアナだけが置いていかれた世界で、皆が彼女を崇めた。そんな時に起こった事故。幸い被害者は出なかったが、加害者として挙げられた名前は、事故を起こした自覚がないディアナ。

「ディアナ様が、魔力の暴走を…」

 周りを見渡しても、そこにディアナの味方は、誰もいなかった。それからまた少し経って、ついに最後の砦も失った。

「では、ここに…我が息子アイザックと、ディアナ嬢の婚約破棄を認める」

 数時間前のことが遠い昔のように夢で流れる。こうして、彼女は立場さえも失った。



 目を覚ましたディアナは、自らの身体の軽さに驚いた。最近は気の重い日々を送っていたためか、あまり眠れていなかったというのはあるが、それにしても得体の知れない場所で気が済むまで寝てしまうのは如何なものか。自分に呆れながらも、その理由は明らかだった。装飾の豪華な部屋と当然質のいいベッド。意識を失う直前は、誘拐を覚悟しており実際別の場所に勝手に連れていかれた、という事実に違いはないだろうが、これはあまりにも手厚い対応だ。

「…誰が……こんなこと…」

 枷などもつけられていない。衣服もラフなものに変えられてはいるが高級品なのは明らか。もはやただのおもてなしである。だがそのせいで、逆に状況が読めない。

「…けど、」

 だからといって、居心地がいいのでここに居座りますという話でもない。

「帰らないと、ダメよね…」

 全く知らないこの場所より、明らかに居心地が悪いであろう実家のことを思ってディアナはため息をついた。それでも帰らなくては、と扉の取っ手を握る。

「……」

 開かない。一応、閉じ込められてはいるらしい。鍵がかかっているのを確認して、ディアナは仕方がないと目を瞑る。あまり使いたいわけではないが、この状況ではそうも言っていられない。集中して、魔力を右手に集める。

「開かない…?」

 鍵を開けるくらいの魔法は、何年前に習ったかわからないほど初期の魔法だ。それにディアナは魔力がとても強い方で、先日もそれでちょっとした事件に巻き込まれたばかりだった。開かないというのは、ディアナよりも強い魔力をもつ者が、ここに魔法をかけたということだろう。ディアナは試しに窓の方にも手を向ける。同じく、何かしらの強い力でディアナの魔法は弾かれた。

「そんな…」

 丁寧な待遇に油断をしていたが、やはりここはディアナを確実に閉じ込めていたようだ。おもてなしなんて間違っても思うべきではなかったなと、ディアナは反省した。


「!」

 扉の方からノックの音が響く。ディアナは気を引き締めて背筋を伸ばした。こんな状況に追い込まれて今更かもしれないが、今更であってもこの矜恃を捨てるわけにはいかない。

「お目覚めでしょうか」

 扉が開いた隙でも狙おうかと思っていたディアナだったが、やはり向こうも警戒しているようだ。全く扉は開けずに声だけが届く。むしろその警戒が、ディアナを閉じ込めているという何よりの証拠だ。

「誰なの?」

 冷たい声でディアナが聞いた。

「……私からお話することはできません」

 向こうの声はディアナとは同世代の女性のように思えた。おそらく使用人だ。話にならない。

「話ができる者を呼んで」

 ディアナが言うと、すぐに、という返答と共に足音が遠くへ消えていく。


 しばらくして2度目のノックが響いた。

「どうぞ」

 ディアナは立ったまま、いつでも出られるよう右手に魔力を集める。しかし、それが使われることはなかった。

「!」

 自分を誘拐し、こんなところに閉じ込めた相手。一体何者だろう、何者であったとしても弱みなど晒してなるものか。そう思っていたディアナの表情か揺らぐ。それほど驚いてしまった。

「…ルイス、殿下」

 何故彼が、という思いはあるが、しかしこれだけの立派な建物から考えられる人物としては納得がいく。ディアナは魔法の準備も虚勢を張ることも頭を下げることも忘れ、ただ呆然と立ち尽くした。

「……ディアナ嬢、だな」

 それと比べて目の前にいるルイスには全く動揺が見られない。わかっていて誘拐したのだから当然と言えば当然。明らかにこの場はディアナの方が分が悪い。ルイスはいつも学園で共にしている従者とを連れ、部屋に入ってくる。

「えぇ…」

 口の中が乾く。ディアナはそれだけ返事をするのが精一杯だった。ルイスは隣国セルトリトの王子。現在は留学という名目で、ディアナの暮らすこの国、メレリアに来ている。一時滞在のための屋敷でさえ最上級のものを使わせてもらえる立場の、王子。

「手荒な真似をしたことはすまなかった」

 少しもすまないという感情が伝わってこないが、それだけ言ってルイスがソファに座る。声もだが、表情も揺らがない。学校で見ていたルイスのままだ。何を考えているのかわからない無表情。そして冷静沈着で全く動じない性格。立場や見た目もあって学園に通い始めた当時は多くの令嬢の人気をかっさらっていたが、今ではその人気がないどころか若干疎まれてすらいる。あれだけの人気をここまでなかったことにできるのはある意味才能だろう。とはいえ、周りから疎まれていた、という意味ではディアナは人をどうこう言える立場ではない。

「座ってくれ。どちらにせよ君はここから出られない。よからぬ事を考えたところで、双方メリットはない」

 自分だけが動揺させられているこの状況に苛立ってはいたディアナだが、やがて諦めてゆっくりとルイスの正面に座った。ルイスの言った通り、今無理に逃げるのは頭のいい選択ではなさそうだ。それに、何故こんなことをしたのか、その理由くらいは聞かねば気が済まない。

「どうしてこのようなことを?」

 ルイスから切り出される前にディアナが聞いた。姿勢を正して正面のルイスを睨む。ルイスは瞬きを2回して首を傾げた。

「自覚がないのか?」

 ない、とは言いきれない。ディアナには心当たりはもちろんあった。だがそれと同時に、その心当たりが的中してしまうことを恐れていた。

「……ありませんわ。はっきりと仰ってください」

 ディアナが返すと、ルイスは少し黙った後、端的に答える。

「未来の、王太子妃」

 やっぱり、とディアナは思った。心当たりの通りだった。恐れていた通りだった。

「……」

「どうした」

 今はもう、その立場ではないのに。突然のことで薄れていた悲しみが再び滲み出す。ディアナの瞳が揺れた。

「申し訳ないですが、私をわざわざ拐かした意味はなさそうです」

 なんとか強気な声でそう言うと、ルイスの眉が動く。

「どういう意味だ」

「…」

「はっきり言われないと、わからない」

 先程の仕返しのように言われ、ディアナは大きく息を吸った。それから意を決して、はっきりと言う。

「…まさに私が誘拐されたあの日、私は王宮で婚約破棄を言い渡されました」

 今まで鉄壁だったルイスの表情が、初めて変化を見せた。本当に何も知らなかったようだ。

「そんなわけ…」

「ない、とは言いきれないだけの証拠なら、見ているはずでは?」

 同じ学園に通い、いくつか同じクラスも受けている。そうでなくてももうこの話は学園中に広まっている話だ。ディアナの立場を追いやったリルノのことを、ルイスが知らないわけはあるまい。

「……だがまともな考えなら、そんなことはしない」

 ディアナは思わず笑いそうになった。自分を誘拐しているような男の方が、かつての婚約者よりも随分と冷静でまともな判断ができている事実に。そう、まともではなくなってしまった。

「……」

「本当に、したのか」

 まだ疑っているという顔だ。当然だ。普通ならありえないことだ。公爵令嬢との婚約を破棄して、爵位の低い家の養女となった、元平民の女を選ぶなど。そのあまりの現実味のなさなら、同じ王子という立場のルイスならディアナよりもわかるくらいだ。

「されましたわ、本当です」

 先程と変わって、ディアナの方が若干心に余裕が出てきた。そんな場合ではないというのはわかっているが、どこか吹っ切れたような思いもある。

「…………」

「もちろん、信じなくても構いませんわ。ですがこれは事実。今の私を利用したところで、得られるものはありませんわ。恥をかくだけですわよ」

 トドメを刺すかのようにディアナが言うと、ルイスの表情がわかりやすく歪んだ。

「……随分、冷静だな」

 それだけ言ったルイスに、ディアナも冷たい声で返す。

「あなたには言われたくありませんわ」

 驚くと言っても最小限に抑えているのはわかる。王子としての態度としてあまりにまともだ。アイザック様にも見習って欲しい、とディアナはかつての婚約者を思い出した。

「…確かに、その事実は可能性がある。だが嘘の可能性も同じだけある。お前が賢いことは知ってる」

「まぁ、光栄ですわ」

「全てがわかるまで、帰すつもりはない」

 例え何にも利用できなくても、王太子の婚約者でなくなったにせよ、公爵令嬢を誘拐した事実など決して外に知られたくはないだろう。ルイスが言ったことはディアナの想定の範囲内だった。

「…最低限の生活を保証していただけるのであれば、少しの間くらいは構いませんわ」

「!」

 ルイスの表情がまた変化を見せる。今度はあからさまに驚いている顔だ。ルイスにとっては想定外だったのだろう。

「私は王太子から婚約破棄されたのですから、どこへ行ったところで居心地が悪い事実は変わらないですわ」

 実際のところ、出られる兆しがないという本音もあった。先程試しただけでもわかるほど、この屋敷を覆っている魔法は強いもので、ディアナでさえ突破できそうになかった。

「……そうか」

 ルイスが立ち上がる。ディアナは何も言わなかった。

「世話はここにいるアリアに任せる。何かあったら彼女に言え」

 始めにこの部屋に声をかけた女性のことだろう。ルイスの声と共に部屋に入り、頭を下げた。

「アリアです。どうぞよろしくお願いします」

「えぇ」

 ルイスは従者を連れ、その間に部屋を出る。出てすぐに部屋の鍵がかかる音がした。



「怖くはないの?私が」

 アリアと2人きりになった室内で、ディアナは思わずそう言った。ここを任されるということはルイスから信頼されているメイドなのはわかる。そして最近のディアナについてのことはルイスから聞かされているはずだ。

「魔力がとてもお強いということに関しては私も聞かされております」

 アリアは表情を変えないまま淡々と話す。

「……」

「先日の魔力暴走のことについても、事実だけは」

 思えばあれが、ディアナが学園で孤立する1番の原因だったかもしれない。リルノがアイザックに擦り寄り、ディアナの立場が徐々になくなる中でトドメのような出来事だった。

「ですが、」

 だがディアナは未だに、その時のことは自覚がない。自分が本当にやったという確信が全くないのだ。だからこそ何もわからないまま、孤立していく苦しみにだけ苛まれる日々を送っていた。誰に言っても信じては貰えないだろうが。だから、その事実を聞いているアリアにも、てっきりもっと恐れられているものかと身構えていた。

「ルイス様は、そのことに疑念をお持ちでした」

「!」

 ディアナが目を見開く。アリアの態度は変わらないまま。

「本当に魔力暴走ということが起こるのかはわからないと。恐れるに足る情報はないと」

「……そう」

 そう思っている人がいるなんて、知りもしなかった。皆がディアナのことを遠巻きにしているものだと思い込んでいた。最初からほとんど関わりのなかったルイスが何を思っているかなど知る方法もなかった。

「もちろん、魔力の強さが本物なのは知っていますので、警戒はしておりますが」

 アリアはそれから扉の方をちらりと見た。

「もし逃げるおつもりでしたら、私が止められるとは思えません」

 ディアナがここから逃げるだけの魔力を持ち合わせているかどうかは、さすがのルイスにもアリアにもわからないのだろう。言葉では多少居座るくらい構わない、と言ったディアナの本心をアリアは探っている。

「それはどうかしら。今言ったことだって、私を懐柔するための嘘の可能性だってあるでしょう?これ以上は言えないわ」

 ルイスが魔力暴走に関して疑っているというのは、本人から聞いたわけではない。

「……出過ぎた真似を失礼いたしました」

「いいえ、構わないわ。私も教えて欲しいもの。どうしてルイス殿下が王太子妃を誘拐したかったのか」

「これ以上は…お教えできません」

 アリアが丁寧に頭を下げる。彼女がディアナの見張りにたった1人残された理由はよくわかった。

「優秀な侍女ね」

「恐れ入ります」

「…ここにいる間は、あなたが世話をしてくれるのよね」

「そのように命じられております。お食事でも、お着替えでも風呂の支度でも、マッサージや髪のお手入れなどでも。なんなりと」

 ディアナは深く息を吐いた。本当に、誘拐して閉じ込めている割には待遇が手厚い。今最もディアナを大事にしているのはここではないかと思ってしまうほどに。

「なら…しばらく休ませて」

 警戒しなくてはならないのに居心地の良さが思考の邪魔をする。一先ずはもう一度休もうと、ディアナはベッドの方へ向かった。

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