顔を上げて
十年振りの帰郷。もう両親がいないから、普段は帰らない。照井さんと相談して、初めて帰ってみる気になった。十年間でいつの間にか、僕は照井さんの身長を追い越していた。照井さんの容姿は十年前と変わらない。私はそういう体なのよ、と照井さんは笑っていた。
列車から降りると、東京より冷たい風が吹いていた。釜石までは『はやぶさ』を使っても半日かかる。何もかも、みな懐かしい。帰省客であれば誰もが抱くであろうその感想を、僕は持てない。懐かしいと思えたはずのその街並みは、十年前に海の底へ消えていった。もう、幻影の中にしか、僕の故郷は存在しない。
「どう、久しぶりの故郷は?」
僕の一歩後ろから、真っ黒の上着を着た照井さんが歩いてくる。雪が積もった景色の中で、その服装は照井さんの美しさを殊更に強調しているようにも見えた。
「どうってこともないよ。ただ、小学生の頃に好きだったラーメンもマンガも、もう二度と戻ってこないんだなって……」
全く面影のない街に、僕の悲嘆が消えていく。
「でも、ここを選んだのはあなたよ、鉄郎」
避難先の東京で高校を卒業し、就職して、まとまった額の貯金ができた今年、僕は被災者支援団体の照井さんに相談した。釜石で独立したい。東京で生活するうちに、僕の中で芽生えた将来の夢だった。
「東京なら釜石よりよっぽど不自由のない生活を送れるわ。それこそ、鉄郎が十年前に言っていたような、何でもある生活よ。それなのに、どうして釜石に戻りたいの?」
照井さんから問いかけられた。もしかすると、僕をテストしていたのかもしれない。
「故郷だから」
「それだけ?」
「それだけさ。それだけで充分だよ」
「仕事は何をするつもりなの?」
「ラーメン屋。まずはどこかの店のバイトから」
「本当、ラーメンが好きね。……最後にもう一度だけ意思確認させて。一人で生きていける?」
「無謀でも、僕は故郷で戦いたい」
僕を見上げる照井さんが、そっと瞳を閉じた。僕の意見を肯定するようだった。その目から、一筋の涙が零れた。『はやぶさ』が帰還したときのような、火の鳥のように美しい涙だった。
「……強くなったね、鉄郎!」
目をこする照井さんの声は震えていた。
「何かあったら連絡してね。助けられることなら何でもするから。遠くで応援してるよ」
季節通りの雪が降るホームで照井さんを見送った。最後まで、照井さんは僕の味方でいてくれた。十年間いた東京から、釜石に帰ってきた。釜石では、僕は苗字で呼ばれるようになった。名前で呼んでくれたのは照井さんが最後だった。なんだか、僕の青春が終わったような気がした。




