超編4話 11月4日『純白の殺害予告〜そんな世界あるといいな〜』
愛ちゃんが連れてきて、わたしたちに話を聞きたいと言ってきた幸恵ちゃんに対して、それぞれの言葉でオーケーを出した。
「ありがとうございます!」
と、彼女は嬉しそうに言って、背負っていたリュックサックから一冊のノートを取り出す。
「ねぇ、そのノートは何?いったい何に使うの?」
この中で(役に立つ)最年長であると言う自覚を持っている私は、幸恵ちゃんにそう聞いた。
私の質問を聞いて、はっとしたような顔をして、幸恵ちゃんは「そうですよね、まず私の個人宗教の目的などから話した方がいいですよね」と私が予想していた答えからは全く別方向に私の言葉を捉え、自分の宗教のことを話し出した。
私としてはそのノートに何が書いてあるのかだけが知りたかったのだが、まぁどうせ後で聞く気だったしいいか。
「えーと、私の個人宗教の目的は、あった人みんなに『もしなんの苦痛もなく、ひたすら幸せだけがある世界に行けるとしたら、行きたいですか?』って聞くこと、それで行きたいって言った人も、言わなかった人も、死んだらそんな世界に行けるように祈る。それだけの自己満足宗教です。ノートには今まで聞いてきた人の数を書いてます。正の字で。ほら」
そう言って見せられたノートには、所狭しと、とても綺麗な字でとても見やすく正の字が書き込まれていた。
「それと、これでノートは241冊目なんですよ」
そう言って嬉しそうにノートの表紙を見せてくる。そこにはNo.241と太い文字で書かれていた。
だいぶ長いこと個人宗教をやっているらしい。
「このノート一冊で、大体10万人の人を書くことができるんですよ、だから今2400万人もの人に話を聞くことができているのです。いやっほーですよ」
随分とテンションが高くなってるな。自慢してて上がっていったのだろうか。
「それで、皆さんはどうですか?一切の苦痛のないひたすらに幸せな世界があるのなら、いってみたいですか?」
「そりゃいってみたいっすよ、俺は。そんな世界ならひたすらゲームしてー、ジュース飲んでー、友達と遊んでー、毎日ぐーたらするんすよ」
「わー、いいですね、それ、私日雇いのフリーターなのでそんな豪勢な生活はできませんねー」
おー、この人もフリーターなのか、少し親近感が湧くな。
それにしても樹ちゃんの言っていることがニートの手本みたいな生活なんだが、ちゃんと学校に行っているんだろうか、爆永君がいるから大丈夫かな?
「俺は毎日そんな生活だと飽きそうだからな、土日みたいに休みの日に行ければそれでいいな」
おー、さすが爆永君。甘いだけの世界には浸りたくないと、かっけぇ。
「僕は黄色さんと同じですね、ニートみたいな生活しそう」
「ちょーい、もう俺酔いは治ってきてんだからな、ケンカなら買うぞー」
「ちょっ!本当にニートみたいだったからニートみたいなって言っただけなのに!」
「私は別に行かなくてもいいかなぁ」
假偽君が樹ちゃんと小競り合いにもならないことをしているその背中で、怠惰ちゃんは目を閉じたまま顔を上げて言う。
「あっ、起きてたんだ」
「んー、起きてたよー恵ぃ」
「あの、なんで行かなくてもいいと思うんですか?」
幸せな楽園に行かなくてもいいと言う怠惰ちゃんに、幸恵ちゃんは怠惰ちゃんにその理由を聞こうとするが、私たちはなんとなく理由がわかる。
「・・・・・・・・・・・・・」
「いやー、今がやりたいことしかやってない、嫌なことが何にもない世界だからでしょ、違う?怠惰ちゃん」
「せーかい」
いつまでも喋らない怠惰ちゃんの代わりに私が言うと、怠惰ちゃんが肯定した。
「えっと、怠惰?さんはお金持ちなんですか?」
「多分そうだね、時給3千円ですごい有能な男の子雇ってる人だからね」
そう言って私は假偽君に指を向ける。
「ほえー!すごいですね!あの、1日だけでも私を雇ってくれませんか!8時間でいいので」
「あっずるい!それがありなら私も雇って!」
時給3千円で8時間、それだけで2万4000円。なんていいバイトか!
「だめー、一人で足りてる」
「「くそー!」」
私と幸恵ちゃんは二人で叫んで、肩を落とす。
そして先に復活した幸恵ちゃんが、「あなたはどうですか?」と私に水を向けてくる。
「私?私もニート生活かなぁ、樹ちゃんと一緒にPVPやりたいね!」
「ふむふむ、つまり行きたいと」
そうであると私は頷き、「嬉々さんはどうなんですか?」と私の方から嬉々さんに訊く。
「私?私はもしいったら浴びるほどお酒を飲んで、一度四肢切断の痛みを味わってみたいわぁ、きっととっっっても気持ちいいと思うのぉ」
「子供の教育に悪いですよぉ〜」
「ああん、もっと強く首を締めてくれないかしらぁ」
黙らせようと胸ぐらを掴むと、また喜ばせてしまったみたいで、すぐに離す。
「あらぁ?もうやめちゃうのぉ?」
「そりゃそうでしょうが、たくっ、この大人は、これだから保護者役をまかせられん」
そう言って、私は幸恵ちゃんに「こういう願い事というか幸せの場合はどうなの?」と訊く。
「はい、そういう場合でも大丈夫ですよ。私が言っているのは全ての人の幸せです。どんな人のどんな欲でも他人に迷惑をかけることなく叶えてくれる世界です。なのでドMでもドSでも幸せになれる世界を私は想像しているんです。だから大丈夫です」
はー、徹底してらっしゃる。
「本当にそんな世界があったらどれだけいいんだろうねぇ」
私がそう言うと、怠惰ちゃんがゆっくりと顔を上げ、
「なら私はー」
と言ってきた。
なにが私は?なのかわからなかった私たち二人は首を傾げると、怠惰ちゃんは「保護者」と呟く。
「怠惰もだめに決まってるでしょーが!つーかあんたが1番だめだよ!このめんどくさがり屋!」
私がそう言うと、ふへー、そのとーり、と怠惰が笑って假偽君の髪の中に顔を埋める。
「ねー、二人ってどう言う関係なの?」
「あっそれ私も気になります。前からお二人はお付き合いされているのかなと思ってまして」
「あらあら、それは私も気になるわぁ」
「あのー、それって部外者の私も聞いていいですか?」
「いいっすよいいっすよ、是非聞いていってください」
「おい、詮索しすぎるのは良くないと思うぞ」
爆永君だけが否定意見を出すが、無言の圧力により黙り、全員の瞳が假偽君に向く。
「いやー、僕たちの関係なんて、バイトと雇い主ですよ、それ以上の関係ではありませんよ。強いて言えば、手のかかる妹って感じですよ。大変なんですからね」
「へー、本当にそれだけっいだだだだ!ちょい!なにすんじゃい!」
「流石にしつこいぞ、假偽もそう言ってるんだから、そう言う関係なんだよ」
假偽君の言葉を聞いても依然として、茶化すようにニヤニヤと笑って訊いていた樹ちゃんの頭に、爆永君はアイアンクローを決める。
あはは、と假偽君は苦笑しながら、私の後ろの方へと歩いてゆく。
「あれ?どしたの?」
「いえー、なんでもありませんよ」
ニコニコと胡散臭い笑顔をしながら假偽君が言う。
なんだと思いながら周りの人の位置関係を見ておく。
私の前には假偽君と背負われてる怠惰ちゃん、右前には爆永君と樹ちゃん。
左には幸恵ちゃんと愛ちゃん。
そして右には嬉々さん。
假偽君はさっきまで嬉々さんよりも奥にいた。
嬉々さんのそばにいると、妹のように思っている怠惰ちゃんに悪影響があると思ったのかな?
それなら納得だ。
嬉々さんがドMだからこそ、そんな理由で避けていったなどと思ったとしても、言ってしまったら喜ばせてしまうだけだから言わなかったのだろう。
なるほどと勝手に納得した私を見て、わかってくれましたかというような目を假偽君はする。
「お互い大変だねえ」
「本当に、その通りです」
假偽君と二人で頷き合っていると、その奥にかわいい男の子を連れた家族がいて、「あっ、すみませーん!」と幸恵ちゃんがその家族に話しかけにいった。
そのコミュ力、すごいと思います。
私が少し尊敬の念を抱き、嬉々さんへと向き直って、「あなたはもう少しドMを直した方がいいと思いますよ」と一応言う。
「あらあら、もちろんいやよ、というか無理。私のこれは心の奥底からのもの、私のマゾヒズムはどう頑張っても無くなることはないのよ」
いっそ誇らしげに嬉々さんは言って、私もそこまで思っているのであればいいかぁと思うことにした。
そして、嬉々さんの半袖の臍のあたりの部分が綺麗にすっぱりと切れているのが見えた。
「嬉々さん、これどうしたの?」
そう言って服の破けたところに指を突っ込んで、お腹を突っついてやろうとして、ぬるっとしたものに触れる。
なんだろう、そう思って指を抜き、指の先についた赤黒い液体をみる。
最近、これと同じものをみたような気がする。
どこでだっけ?
「あの、嬉々さん、誰とすれ違いましたか?それとも、誰かに触れられたり」
あれ?なんで私は誰かがやったことを前提に話しているのだろうか。
一体なんで。
そうだ、大輝君の帰りが遅い。流石に遅すぎるんじゃないか?
「あっああぁぁあ」
嬉々さんが人前にも関わらず、子供には聞かせられないような甘い声を出す。
なんで?嬉々さんはドMだから、こういう声を出す時って人は痛みを感じている時で。
嬉々さんのダメージジーンズのダメージ部分から、赤黒い液体がさらに流れていって、
ジーンズの色が濃くなっていって、
訳がわからないうちに嬉々さんの半袖を引きちぎる。
「ちょっ!なにしてんです!」
樹ちゃんが大木を地面から生やし、嬉々さんの半裸になった体を物理的に隠す。
大木の大きさが大きすぎるとか、幸恵ちゃんと幸恵ちゃんと話をしていた家族が大木の中にいるとか、そういうことには気づかない。
息が荒れて、うまく息を吸えない。
嬉々さんの臍にできていた刃物で切り裂いたような傷を見て息を整えることができない。
「あ・・・あっ、ああ」
口から出るのは嗚咽に似た声で、愛が叫ぶ声も耳に届かない。
傷は、未だに深く、深く、裂けていって、その様子はまるで傷の大きさが2倍になっているようで。
「えっ、なんで?」
それに気づいたのは目の前で見ていた恵ではなく、少し離れたところから見ていた。ほぼ毎日、その傷のつき方を見ていた愛で、
傷は体のほぼ半分までを切り裂き、
「ああぁ、これぇ、とっても気持ちいいわぁ」
頬に手を当ててうっとりとした表情で言った嬉々の体を、二つに分けた。
どちゃ、
内臓が飛び散り中身が溢れ出す。
下半身は少しの間立っていたが、倒れ、上半身と同じようになる。
「なんでなんで」愛はその光景の意味すら事実を理解したくもないのに理解する。
その理解が間違えたものだとは思わない。
爆永と樹は、目の前で起こったことに対して少しも理解できておらず、「どっ、どうしたんですか」と樹は呟く。
遠くの家族は余計にその光景を理解できず、恵は過呼吸になり、まともに息を吸うことすらできずに地面に崩れ落ち、愛とは違う結末を頭に思い浮かべていた。
怠惰は未だに顔を上げず、假偽はまるでゲームの中で人が死んだだけというような、この後の展開も知っているような、とても冷めた目でそれを見ていた。
個人宗教を持っている幸恵は、地面に膝をついて、両手を組み合わせて祈りを捧げていた。
個人個人で自分の世界に入り、心を守っていた人たちの心に、「こんにちは」と土足で上がり込むのは白い人。
「あっ、うぁぁ」
笠原恵は、怯えたような声を出す。
たとえ食われ、記憶は無くなっていようが、体が覚えている。
無意識のうちに嗚咽を上げ、絶望感にとらわれる。
「さて、まず先に言っとかなくちゃ」
白色は言う。
「とりあえず、全員殺させてもらうから、《虹》の皆さん」
そう言われてもまだ、誰一人それが本当のことだとは思わず、樹は苦笑し、爆永は首を力なく振る。
所詮、大学生や高校生のお遊びで、ヒーローごっこの延長線でしかないのだ。
彼女たちもまた、自分達は何事もなく安全に、明日の朝日を拝めると、この段階でも思っているのだ。
その認識はただしく、ここではこれ以上、人が死ぬことはない。




