超編3話 11月4日『幸福理論〜純白は染まらない〜』
大きなゲートを8人でくぐり、遊園地に来るのが初めてだと言っていた樹ちゃんが「いやっふうぅ!遊園地だぁ!」と叫び、「うるさいぞ、樹」と爆永君にこずかれる。
「あいた!ちょぉい爆永!なんで叩くんだよ!」
爆永君が近くにいるので樹ちゃんの男口調は継続中。
背があまり高くないから頑張れば少年のように見えないこともないから、ちょっと背伸びしている子供みたいな感じでかわいい。
「はーい、2人ともとりあえずまずは全員でジェットコースター乗るんでしょ、行くよー」
ぽかぽかと叩かれている爆永君と、叩いている樹ちゃんに言って連れて行く。
「ほら怠惰、もう少し足に力を入れてください」
今日は珍しく怠惰ちゃんが假偽君におぶわれておらず、その代わりに肩に腕をかけてズルズルと引き摺られている。
来ないと言っていたのに、私たちもめんどくさがってこないんだろうなと思っていたから、きたことがまず意外だった。
「めんどー、歩きたくない」
「わー、すごい長く喋った」
「愛、失礼だぞ」
ポツリと呟いた愛ちゃんに大輝君が同じくポツリと言う。
でも私には聞こえちゃっていて、私は愛ちゃんの隣に行き、「私も初めて聞いたよ、あんなに長く喋ったの」と愛ちゃんが聞こえるくらいの大きさで呟く。
「そ、そうなんですか」
「そうなんですそうなんです」
「2人は何を話しているのぉ?」
頷きあっている私たちの元に嬉々さんが話しかけてきた。今日の服装は割とまともな物で、元々は長袖だったと思われる、袖が引きちぎられたような跡がある半袖を、ダメージ加工の多すぎるダメージジーンズを身につけている。
服はもうどうしようもなかったので、樹ちゃんと愛ちゃんと私の3人がかりで化粧を施し、髪も整えた。
髪の痛み方がひどく、結構頑張ったのだが、そんなに綺麗とは言い難いできになった。
本人はそれで変なやつと周りの人に思われてその時の視線を浴びたいと言っていた。
愛ちゃんの教育に悪い。
愛ちゃんは特段気にした様子はなく、こんな人もいるんだなぁくらいに思ってくれているのが幸いだ。
そんな愛ちゃんが「えっとですね、怠惰さんがあんなに喋ったところ初めて見たなぁって話です」と嬉々さんに教える。
愛ちゃんの言葉に嬉々さんは頬に手を当てて、「そんなことないけれど?」と話の全体を吹き飛ばすことを言う。
「マジですか?いつ?どこで?あれよりも長文を話たと」
「わ、私も気になります」
私と愛ちゃんが興味津々に身を乗り出して訊くと、嬉々さんはうふふと笑って、口を耳に寄せてきて、
「私を嬲ってくれたら教えてあげる」
「子供の教育に悪いのでお帰りください」
「んんっ、その容赦のなさ大好きよぉ〜」
どうしよう、この人に言葉での口撃が一切効かないのだが、これで愛ちゃんの性癖が歪んでしまったらどうするんだ、大輝君が酷い目にあってしまうではないか。
「まぁ、意地悪しないで教えてあげるわ、誰と話してたかは知らないけれど、誰かと電話をしていて、そこでかなり長い間話していたわ。大輝君も知っているんじゃないかしら、あの喫茶店で話してたから、まぁ、シート席で寝っ転がりながらだけれど」
「へー、そんなことあったんだー」
「ですねぇ」
「うおぉ!でっけぇ!すげぇ!」
そんな話をしている間に、目的のジェットコースターに着き、ジェットコースターのレールを見て樹ちゃんが叫ぶ。
目がキラキラと輝いて、興奮しているのか顔が少し火照って赤くなっている。
「なあなあなあ!早くなろうぜ。俺今から楽しみすぎる!」
うわーすごいはしゃいでる。
すげぇ可愛い。
爆永君もそう思っているのか、ニヤニヤと笑っていて、
「じゃあ並ぶか」
と言って樹ちゃんの頭をわしゃわしゃとかき回す。
それは爆永君にもやる予定がない物だったのか、爆永君の耳が少し赤くなっている。
樹ちゃんはそれに気づいていないようで、ギャーギャーと叫んで頭をかき回されたことへの怒りをぶつけている。
爆永君も何か言って応戦して、樹ちゃんがプイッとそっぽを向いて、爆英君がため息をつく。
そして樹ちゃんが爆永君からは見えない位置で頭を触ってにまぁとにやける。
「はー、眼福眼福」
「樹さん可愛いですね」
「そうねぇ、私も癒されるわぁ」
私たち3人はそんな樹ちゃんを見てニヤニヤしており、それを不思議に思っているのか、複雑な表情をしながら大輝君が歩み寄ってきて、「愛、乗るか?」と愛ちゃんに訊く。
「あっ、うん、乗る」
「私もー」
「私も乗るわ」
「あんたらには聞いてないんだが、それに聞かなくても乗るだろ?」
うんうんと私たちは頷いて愛ちゃんの手を引いて、爆永君たちの後ろに並ぶ。その後ろに假偽君たちと大輝君が並ぶ。
「へー、怠惰ってこういうのに乗るんだ」
「乗るよー、動かな」
「ん?あれ、どしたー、おーい」
急に沈黙した怠惰の肩を揺すりながら話しかけると、假偽君が言いにくそうに「あー」と切り出して、
「話すのが面倒くさくなったんだと思います」
と言ってきた。
なんだ、私とは話したくないのかと、初対面の人なら思うだろうが、私たちはもう慣れたから、気を悪くすることもない。
それは假偽君もわかっているのだろうが、それでも気を悪くしたらと気を使える假偽君は偉いと思う。
思ったから頭を撫でてあげた。
「ちょっ、何するんですか?」
「いやーねぇ、可愛いなぁと」
「あはぁ、そうですか」
少し呆れたように假偽君に言われてしまった。
ちょーと心にダメージが。
少し心に傷を負った私の脇腹をちょんっと怠惰がつつく。
その行動にあり得ないほど肩が跳ねて、ひっと喉がなる。
「どうかしましたか?」
愛ちゃんが私のことを心配そうに見てくる。
「あーうん、大丈夫だよ」
大丈夫じゃない気がする。
怖い。理由がわかってない恐怖が本当に怖い。
「ねぇ怠惰、何したの?」
「脇、つつく、こいつ、ベット、渡さない」
「なんでそんな途切れ途切れに」
それにベットって、假偽君が少し、いやものすごくかわいそうなのだが。
「何、どうしたの?脇腹でも切られた記憶でもあるの?」
「えーなんでそんな物騒なことを言うのさ」
いや、あった?あったような、なかったような。なんだこの夢から覚めて起きた直後みたいなこの記憶のつぎはぎ具合は、一体なんだって言うんだ。
そんな思考は「緑さん、乗りますよ」とコードネームで假偽君に呼びかけられてとりあえず傍に置いておき、
そしてレールを見て知っていたが三回転するジェットコースターで完全に消し飛んだ。
「おうぇ、爆永、吐きそう」
「それはわかったからしゃべるな、ほら、ビニール袋持っておけ」
初ジェットコースターに乗って、乗り物酔いを起こした樹ちゃんは、近くのフードコートの椅子に座って、爆永君に介抱されていた。
虚な目をしてジェットコースターから降りて、爆永君におぶられて、爆永君の肩に吐きそうになってたのは笑えたなぁ。
私も吐きそうなほどではないが、乗り物酔いはしているから笑えなかったのだが。
うえ、気持ち悪い。
あー、楽しかったのは最初だけだったなぁ、ぐるぐる回りやがって、あーマジでやばい。
「爆君、わたしにも、袋」
「ちょっ!待ってくださいよ、吐かないで!」
爆永君が袋を持って駆け寄ってきて、私に渡してきてすぐに樹ちゃんの元に戻る。
「ふ、ふふ、愛の力だ、うぉえ」
やべー、吐きそう。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
假偽君が心配して聞いてきてくれる。
優しいなあ假偽君。
私のとこに来てくれないかなぁ、フリーターだから時給3千円なんて無理だけど。
「あー、すみませんけど、ちょっとみんなで移動しませんか?」
「はぁ?むりだろこれ」
「いやあっちの方で日陰のベンチがあるので、さっきよりも多少は楽になってますよね?」
んー?なんか假偽くん急いでない?日陰ベンチとられるかもって思ってるのかなぁ?
ふぅ、私の方は少しは大丈夫になってきたかな。
「うし、それじゃ、頑張りますかな」
少しキレ気味だった樹ちゃんが立ち上がって、少し青い顔をしたままゆっくりと歩き出す。
「おい、大丈夫か?無理してるんじゃないのか?」
「いやぁ?だいじょーぶだよ、そんな心配しなさんな」
そうか、ならいいが、と樹ちゃんを心配していて可愛くなった爆永君を見ていると、奥の方に知ってる人を見つけた。
知っていると言ってもこっちが一方的に知っているだけなのだが。
レーカさんは誰か知らない人と一緒にいて、仲良く話しながらソフトクリームを食べていた。
ああゆうのが好きなのかなぁと自分の中で情報を集めて、大事に保管しておく。
假偽君に連れて行かれた先は、ベンチなんてありそうもない広場で、明らかに樹ちゃんが不機嫌そうな顔を浮かべている。
そして、文句を言おうとしたのか、口を開いて、假偽君が怠惰ちゃんを背負い直した時に、「あっいた」と愛ちゃんが知らない人を1人連れ、大輝君を伴わないで現れた。
「愛ちゃん、そっちの人は誰かな?大輝君はどこに?」
大輝君がいない時の愛ちゃんの保護者を自称している私からしてみれば、これは由々しき問題である。
よって、もしやばい人だったら能力の行使も辞さない構えで愛ちゃんに訊く。
「あっ、えっと大輝さんは少しお手洗いに、この人は佐藤幸恵さん、佐藤さんは1人だけの宗教を開いている人で、私たちも話を聞いて、大輝さんが認めた人です」
ほう、大輝君が認めたのか、ならば能力は使わないでおこう。
「それで、あなたはいったいなんのようで私たちのところに来たんですか?」
「はい、それはですね」
幸恵と名乗る女は私の質問にすぐに答える。
少しでも嘘臭く感じたら能力の使用は辞さない。
だが、彼女の言葉に嘘っぽさはなく、もし嘘だったとしても、短すぎて判断できない返答が返ってきた。
「話を聞きたいんです」
彼女が言ったのはそれだけだった。
遊園地、トイレの中。
「なぁ、あんた、ここは男子トイレだぞ、女子トイレは隣だ」
手を洗い終えた大輝の目の前に現れたのは1人の女。
肌と影だけがそこに何かがあることを意識させるものになるほど、そこに空白でもあると錯覚してしまうほど白い女が目の前にいた。
女は右手を横に振るって、大輝の腹が裂ける。
皮膚、肉を裂いたそれは内臓にも多少達して、その痛みに、大輝はトイレの床に呻いてへたり込む。
「へぇ、声を上げないんだ。すごい忍耐力だね」
女は心底感心したように言って、パチパチと拍手する。
大輝はなぜ、と考えていた。
なぜこいつはいきなり攻撃を仕掛けてきた。
なぜこいつは余裕そうにしているのか。
なぜこいつは俺を殺そうとしているのか。
それがわからないうちに、大輝の能力によって傷は治る。
大輝の能力は、結果を2倍にすると言うもので、切られた直後から、治った細胞の数を2倍にしてゆき、多少歪ではあるものの、傷を再生した。
そして、胸ポケットからいつも持ち歩いている、砂がきっちり50グラム入っている砂袋を取り出して、女に投げつける。
投げつけた砂袋は一つ、と言う結果を7回2倍にして、砂袋の数は126個になる。
女はふぅ、と息を吐き、それだけで砂を全て吹き飛ばす。
その間に、大輝は地面を蹴り、走り出し、地面を蹴った衝撃が体に伝わり走り出す、と言う結果を10倍にして、普通ではあり得ない速度を出して、女の脇を通り抜け出そうとして、女が生やした土の槍に自分から突っ込んで行って、体が破裂した。
「へぇ、これはいい能力ね」
殺して奪った能力の効果を知覚して、女が言う。
そして、何事もなかったかのように男子トイレから外に出た。