変編3話 10月31日『祭日』
「ねぇ、みんなでハロウィンパーティーしようよ!」
唐突な神楽からの提案を聞いたのは私を含めて3人。
私と、鬼月己龍、朝金畏怖だ。(初めて聞いた時から思っていたが、畏怖って何だ畏怖って。我が子につける名前じゃねぇ。姉も奇異だし)
私は即答で「いいね、やろう!」と言って、
己龍は「いいけど、仮装とかすんのか?」と訊いて、
畏怖は「あ、わ、わたしは、その、あんまり行かない方がいい気がするし」と声を震わせる。
その理由はわからないが、来ないならラッキーくらいに思っていると、
「えっ・・・・・・・・・・・・・・・来てくれないの?」
「えっ⁈いや行く!行くから、泣かないで姉さ・・・・・・いや違くて神楽」
どちらかと言うと畏怖が泣きそうな声で言って、寂しそうな顔をしていた神楽がバンザイをして喜びをあらわにする。
そしてハロウィンの前日。
私は神楽が言っていた通り、神楽に渡す(あの男とかにも渡さなくてはいけない)お菓子と、仮装用の服を買いに来て、商品を見ていた。
最初は真面目に自分の着る用の服を探していたのだが、途中からは、コレ神楽似合いそうだなぁ、コレは可愛くて、コッチは髪を纏めてみたりしたらカッコ良くなりそう、あっ、コレはちょっと布面積が少ないかもな、でも神楽って肌出したがってるしこういう方がいいのかもしれないなぁ、ならコレこそどうだろうか、圧倒的布面積の狭さ、コレはもう下着と言っても過言ではないのではないのか、これならきっと神楽も喜んでくれるはず、それで着終わったら私が回収して残り香を楽しむ!何て最高な作戦!おっと、妄想に浸り過ぎてヨダレが。
と目的が脇道に逸れまくってなんなら向かうべき場所とは別方向に向かい始めたりもしたのだが、それでもなんとかコスプレ衣装は買うことができて、そして当日にはちゃんと買った人狼の服を着て、神楽の家を訪れた。
「縁連ちゃんいらっしゃい!己龍と畏怖ちゃんはもう来てるよー」
「うそっ!私最後なのかぁ」
天使よりも天使な笑顔を見せられて、一瞬犯してやろうかと思ったが脳内で万言を尽くして自分を罵り、準備に時間をかけ過ぎたかと後悔する。
くそっ、やっぱり機械類は用意するべきじゃなかった。それか持ってくる決断を早くしていれば、まあいいさ、とりあえず持ってきたのだからそれを帰るまでに設置しようじゃないか。
決意をみなぎらせて、家に上がる。
出迎えてくれた神楽はまだパジャマで、その姿をずっとみていたいと思い名残り惜しく思いつつも、そのことを指摘すると、見るものを絶対に魅了してしまうウインクをし、細く美しい人差し指をふっくらと柔らかさ、そして形の良さを追求したような美しい赤色の唇に当てて、シーとジェスチャーをして、
「実はさっきまで寝ててね、準備できてないんだ」
その一言の何たる至高な響き。美しい声で語られる少し抜けてる人間性を恥じることなく他人に言うことができると言う素晴らしさ、そして清廉さ。ああ、その心の美しさに何度でも惚れ直してしまう。
もっと声を聞いていたいし、精一杯甘やかし、尽くしてあげたい。
彼女の望むことであればたとえどんなことであろうと叶えてあげたい。
そこまで考え、玄関の下駄箱の上に置いてある敷物の下に盗聴器を滑り込ませたところで、自分の異常さに気づく。
確かに私は神楽のことを世界一愛している、だがコレは流石におかしい。
理由は想像がついているが、確認のためにスマホを取り出して今日の月の形を確認する。
「やっぱり満月か」
今日が日曜日で学校が休みでよかった。何が起こっていたかわかったものじゃない。
もしかしたら神楽に話しかけた人を片っ端から塵芥と同じ大きさにしていたかもしれない。
この症状は、神楽と初めて出会った日から始まり、満月の日に神楽を見ると、必ずこのような盲目状態になってしまうのだ。
神楽のことしか見えない、とても危険な状態に。
神楽を見ていない間は起こらないのがせめてもの救いというものだろう。
「何調べてるの?」
「ううん何でもないよ」
言っていながらも、至高の存在である神楽に対して私ごときが嘘をつくなどどういう了見だ、この罪は重すぎる、私1人の死では贖えない。ならばここにもう100、200は命を差し出すべきではないのか。
そう思考してしまい、神楽から目を逸らす。
本当に、満月の日に神楽と会うのは危なすぎる。なまじ力があるから周囲から生命体を消し去ることなど容易なことでしかなく、いつ実行してもおかしくはない。
つーか、舌が痛い。
もう少しで噛みちぎってしまうところだった。
嘘をついたこの舌はいらないものと判断していた。
本当に危ない。
「じゃあ私着替えてくるから、2人と話してて待ってて、それと、あと20人くらいくる予定になってるからもしきたら入れてね」
20人、あと20人もくるって言うのか、確かにこの家はそこいらの家よりも広いが24、5人は流石にきついんじゃないのか。
「えっと、ご両親は?」
「今日は帰ってこないよー、2人で泊まってくるんだって、もしかしたら弟か妹ができちゃったり」
いやそれはない、それは私が能力で確認しており、確信が持てる。
言うつもりはないが神楽様が知りたいと言うのであれば教えるし、もし本当に弟や妹が欲しいのであれば強制的に営みをさせることもできる。当然本人たちには自分の内から湧いてきた欲望と自然に思うようにだ。
まずいな、長時間声を聞き過ぎた、ここは少し距離をおいて冷静にならなくては。
そう考えているうちに神楽は階段をリズムよく登り、視界には入らない位置にいた。
リビングに入ると、吸血鬼コスの畏怖と本当に背中から翼を生やしている己龍の2人が何も喋らず、座っていた。
「うわぁ、何この重い空気、意思疎通のできる人が2人いて、しかも友達同士なのに何も話してないとか、それともあなた達は場の空気を重くする仕事にでもついてるの?はいはい、空気を軽くする、そろそろ神楽ちゃんが来るんだから」
多少の皮肉と嫌味をバカでもわかるように出して、場の空気をなんとか明るくできないものかと画策する。
「私、は別に、とも、友達とか・・・・・・・・そういうのとは、ちがう・・・・・・・・・・・・・・・気がする」
「俺は別に友達でもなんでもいいんだけどさ、正直、一週間も経ってないのに殺し合いしそうになったやつと仲良くするってのはなぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何があったのさ、あんたらは」
いや、知ってはいるんだ、知っては。
今の畏怖は昔からじゃ考えられないわ。短い回想をするとしたら、転校初日の畏怖はクラスの男子全員に鈍感なものでも顔を青くするほどの殺意を向け、それを気遣った気のあまり強くない女子が巻き添えで睨まれ、失禁するなんて状況を作り上げており、まさしく名の通り畏怖の対象となった。
それが翌日には神楽に懐き、神楽からの安全認定で畏怖の対象ではなくなり、彼女の神楽とのみ話し合う日々が始まったのだ。
そして、彼女が転校してくる前から起こっていた、胴体を真っ二つにされている男性の死体が出てくる事件の犯人であり、人でありながら異形でもあり、当然異形狩りに狙われて、畏怖と異形狩り精鋭部隊。確か四天王とか呼ばれている4人と己龍が隊長を務めてる5番隊とで、10月25日に交渉決裂の結果殺し合いになりかけて神楽が止めた。
どんな止め方だったのかは多分いつものアレで、その後遺症としてのあのオドオド具合なのだろう。
ちょっと不憫である。
さてと、今回彼女に植え付けられたトラウマはどんなものなのか。
「何があったって言われてもなぁ、特になんもなかったぜ」
うわこいつスッゲー平気で嘘つきやがる。本当、こいつは神楽のそばにいるにはふさわしくなさすぎる。
己龍への苛立ちを募らせている間に、インターフォンがなる。
多分20人のうちの誰かだろう。
まだ座ってないし、出るかと体の向きを変えるが、
「いらっしゃーい、今日はねーさんのためにありがとう」
竜王、神火桜雅が先に出る。
竜王という名前だが、5種の竜を束ねるだけの存在だから竜王と呼ばれているだけで、戦闘能力はあまり高くない。
その竜王の後ろに2人、神楽といつも仲良く話している女子がついてきて、おっすおっすと挨拶する。畏怖は何かを怖がっているように2人の体を見て、安心したように息を吐き出す。
何をそんなに怖がっているのだろうか。
「あや?ジュース無くなってるや」
竜王が飲み物を出そうとして声を上げる。
「ああ、なら私が買ってくるよ」
「あーお願いしていい?後でお金は渡すからさ」
「いいよ気を使わなくて」
私だって外に出て頭冷やした方がいいと思っていたし。ついでに用事も果たせるし。重い空気から逃げ出せる。
「それじゃ行ってくるね」早口で言って、早足にリビングから出て、家を飛び出すように出て、走ってコンビニとは別方向、人通りの少ない方へと向かってゆく。
やがて、私の行き先に2人の見知らぬ女が見えたところで足を止める。
片方は、薄い紫色の髪が腰まであり、手入れなんてまるでしていないようなボサボサ具合で、目の下にどれだけ寝ても消えそうにない隈を作っているひどく痩せている猫背の女で。
もう1人は、深緑色の髪を肩で切り揃えて、右隣の女を絶対に視界に入れないと言うようにそっぽを向いており、こちらを睨みつけているところ以外は特に見るべきところのない見覚えのある女だった。
「あっ、あっ・・・・・・あ・・・・・・・・・・・・の、わっ・・・・・・私は・・・・・・・・・羨望嫉妬と、いう名・・・・・前を付けられ・・・・・・・・・ていて、いっ、今、今・・・・・・・・・・・・から、あっなた・・・・・・・・・を、こっ、ころっ、殺すッ人・・・・・・・・・で・・・・・・・・・・・・・・す」
途切れ途切れの殺害予告。
見た目だけでなく、声からも危機感なんて感じない。警戒するだけ意味がない。
隣でそっぽ向いている女の方が危険だ。
ただ、2人とも私についてくるだけの力量はあって、ただの二人組の通り魔なんかでもなく、私が変異の王として殺害予告をしてきている。
ならば、殺すまで。
「ねぇ、あなたは殺害予告はしないの?」
そっぽを向いていた女は、はあぁ?と不機嫌そうな声を上げ、舌打ちをして、顎を上げて私を見下す。
「なんで私がそんな面倒なことをしなくちゃいけないのよ。私はこの自称私の友達のゴミが焼却される無様な様子を見にきたのよ。別にあなたがこの横のクズに殺されそうになって命乞いする様でも構わないんだけど」
「ひっ、酷いよ!わ、わた・・・・・・・し、たち、友達でしょお?」
そう言って、ぽこぽこと優しく、殴りつける。それを鬱陶しそうに見ながらも抵抗せず、むしろ嫌いな人間が足掻いている様を嘲笑するような、そんな笑みを貼り付けている。
仲がいいのか悪いのか。悪い方だと思うのだけど。
「ねぇ、なんで一昨日くらいから付け回してきたのかな?」
「あっ、えっ・・・・・・・・・・・・と、そ、そ・・・・・・・・・うゆう、命令・・・・・・・・・だった、から」
私の質問に、嫉妬と名乗った女がぽこぽこと叩く手を止めて、息切れを整えてから、あっさりと答える。 「じゃ、じゃあ・・・・・・・・・わた・・・しからも、一つ、い、いい・・・・・・・・・・・・・・・かな?」
そう訊きながら、背中に手を伸ばして、背中に隠していたであろう短刀を取り出す。
どんな隠し方をしていたのか、女の右手には、小指と薬指の間、薬指と中指の間、中指と人差し指の間に一本ずつ持って、左手も同じなので計6本の短刀が握られていた。
その短刀も刃こぼれがひどく、錆び付いているものもあり、相手を苦しませて殺すことに特化したようなもので、おおよそ殺し合いで使えるようなものではない。
両腕をダランと、まるで神経が切れたように垂らし、猫背で丸まった体をさらに丸めて、腹の辺りに頭がきたところで顔をこちらに向けて、目を見開き、首を90度以上傾け、
「あなた、友達は何人いますか?」
今聞くことではないだろうと言いたくなることを訊いてきた。