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妖異変超  作者: 青赤黄
神楽と言う女
13/39

異編5話 10月25日『命大事に生きましょう』

「うん、来たよ、畏怖ちゃん」

 神火神楽は、こんな夜にもタンクトップとショートパンツのみの格好で、手を振りながら、ついさっき、目の前で5人の命を殺した存在に、血溜まりの中に躊躇いなく入り、歩み寄っていく

「やっほ、畏怖ちゃんこんな夜中に何してるの?」

 コンビニに行っていたらしく、手に下げている有料の、しかも大きめのレジ袋を持ち上げ「私はちょっとお買い物してたの、今日ね、ここで作戦やるって聞いてたから、なにか差し入れしよーと思ってね」と、友達と会った時のような気楽さで畏怖に話しかける。

「はいこれ、畏怖ちゃんの分だよ、炭酸系だったらなんでもいいって前に言ってたよね?」

 神楽はレジ袋の中からペットボトルのサイダーを取り出して畏怖に渡し、少し周りを見渡し俺を見つけて、「己龍これ持っていってみんなに配ってぇ!」と緊張感のかけらもなく言う。

「わかった」

 そう言った声は沈んでいて、思わず自分でため息をついてしまう。

 家の屋根から降りる時に、ぼたゆきさんが急に真横に現れ、「神楽ちゃんによろしく言っといて」と小さな声で告げて去ってゆく。

 神楽に近づいて、「ぼたゆきさんがよろしくってよ」と伝言を告げ、神楽が「わかった」と言いながらレジ袋を渡してくる。

 中には沢山の炭酸、お茶が入っていたが7本程度しかなく、全然足りなかった。そのレジ袋を鳳凰さんに渡し、近くにきて「アイツは今から何をするんだ?」と訊いてきた細霧さんに「説得ですよ」と端的に答える。

「説得?失敗するんじゃないのか?」

「成功しますよ、無関係の人相手に通用する説得なんですから、知ってる相手、それも性格を理解しているほど近い人にはそれはもう効きます」

「通用する説得、と言うことはパターン化されてる説得方だってことか?」

「そうです、多分神楽以外にあの説得の仕方を出来る人は少ないでしょうね」

 アレを説得と呼べるなら。

 俺のその言葉に怪訝な顔をして、「どう言うことだ」と訊いてくる。

「あー、アレはほんと正直、説得と言えない気がするんですよね、本人は説得って言ってるんで、説得扱いにしてますけど」

「お前から見たら、その説得はどう言うものに見えるんだ?」

「脅しですね、まぁ、見といてくださいよ」

 そろそろ、説得おどしが始まる。


「ねえねぇ、ここに倒れている人たちはなんで殺したのかな?」

「殺そうとしてきたから」

「あー、それは仕方ないね、でもなんでこの人たちは殺そうとしてきたのかな?」

「それはこの人たちが私のやってることを悪だって言ってくるから、私がやってることは正しいことなのに、この間だって私は傷つけられてる子供を助けたし、それ以外でも色々やってるのに、あの人たちは私が悪いって言ってくるのよ」

 神楽が質問して、それに畏怖は即答してゆく。

 二番目の質問に答える時に、いつものように少し口調が幼い子供のようになるが、きっと姉に甘える妹とはこんな感じなのではないのだろうか。

 そしてその話し方ひとつで、畏怖が神楽を大事に思っていることが分かり、できることなら今すぐ神楽を止めたくなる。

「あのね、畏怖ちゃん」

「何?神楽」

「私はね、人を殺すのはどんな理由があってもダメだと思うの。でも畏怖ちゃんが男の人を殺したくなる気持ちもよくわかるの」

 ああ、始まってしまった。

「私はね、人を殺そうとしている人がいたらね、止めないとって思ってるの。でも、畏怖ちゃんの意思は固いだろうからね、辞めさせられるとは思ってないの」

「確かに、私の意志は硬いから、何を言われても止める気はないよ」

 うん、知ってるよ。

 神楽はズボンのポケットからカッターを取り出し、チキチキと音を立てながら刃を出す。

「何?もしかしてそれで私を脅すの?」

「違うよ、そんなことしないよ」

 神楽がいって、カッターを持っていない方の手で畏怖の手を取り、その手をカッターを握らせ、畏怖の腕を持ち上げてカッターの刃を自分の首筋に当てる。

「ちょっ・・・・・・・・・ちょっと何してるの?」

「何って、私はね、人を殺すのを止めたいの、でも、覚悟がある人を止めることはできないと思うからね、なら、まずは私を先に殺しておいてもらおうと思ってるの」

「な、何言ってるの?」

「だって、私が止められたかもしれないのに止めなかったって言われるのヤだからさ、私は止めましたよって言うためにやってるんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ねぇ、私を殺せたら殺し続けてもいいと思うよ、でも・・・・・・私1人殺せない人が他の人を殺すのは辞めてほしいの」

「えっ・・・・・・・・・・・・い、嫌だ」

「ダメだよ?差別はダメで、平等が1番いいんだよ。だからね、私を殺さないと次の人を殺させない」

 絶対に。

 その声は軽いもので、自分の命なんてなんとも思ってないことがわかる。

 だからこそ、こんな説得(おどし)をやることができるんだ。

「ねぇ、簡単なことでしょう?ここに倒れてる5人みたいに、前に殺した他の人たちみたいに、むしろその人たちよりも私を殺しやすいと思うんだけど、だって、今握ってるカッターを引けばそれだけで死ぬんだよ?できないの?」

「えっ、いや、でも、だって」

 困惑。

 目が泳ぎ、畏怖が少しも動かない。

 これは、どうやっても殺せるはずがない。

 自分の姉のために人を殺しているようなもので、それなのに姉によく似た神楽を殺すのはかなり厳しい。

 自分で姉を殺すようなものだから。

「ね、別にカッターで殺さなくてもいいんだよ?畏怖ちゃんの大太刀でお腹貫いたりさ、首絞めるやり方でもいいんだよ?」

 自分から苦しい死に方を提案する神楽を、他の異形狩りのメンバーをおかしいものを見る目で見ている。

「そうだ!なんなら全身の骨を折って殺すってどうかな?あとは肉を削いでいったり、脳みそを吸い出したりとか、あっこれはこの間見た映画であった殺し方なんだ」

 いっそ楽しそうに、自分の殺し方を提案する。

 腕を少しでも動かしたらカッターの刃が神楽の薄い皮を切れてしまう、それを恐れて身じろぎひとつ出来ない畏怖は、正面からその言葉を聞き、顔を見てしまい、子供のようにいやいやと首を振る。

「えー、ダメだよ。友達も殺すことができない程度の覚悟で人を殺して欲しくないもん」

 私だけ殺せないって言うのは無しだよ?

 そう言って、自分から動き、首の皮が切れて赤い液体が一筋流れる。

「ほら、これだけで血が流れるの、もっと深く切れば大動脈が切れてもっと血が出てそれで私は死ぬ。一旦カッターを離して首の真ん中に突き刺せば、気道に穴が空いてうまく呼吸ができなくなって死ぬ」


 簡単でしょう?


「いやだ、いやだ、殺したくない」

「ダメだって、もー。そんな選択肢はありません。私を殺してみんな殺すか、私を殺さないで誰も殺さない。この二つしかないよ?私を殺さないで他の人を殺すのは無し」

 ゆるりと、普段の元気さを感じる笑顔とは全く似ても似つかない、一種妖艶さを感じる笑みだが、今の状況でするその笑顔は、見とれるようなものではなく、恐怖を感じるものだ。

「い、いやだ」

「ダメだよ、どっちか決めて」

「いや、いやだ」

「何がいやなの?」

「お姉ぇちゃんに約束したから、そっちも守りたいし、神楽ちゃんを傷つけたくないよ」

「そっかそっか、畏怖ちゃんは優しいね」

 そう言って神楽は畏怖の髪をゆっくりと、とても優しく、慈しむように撫でる。

 その行為に、畏怖は今の状況を忘れたかのように、トロンと緩みきった顔をする。

「でもね、そんな優しさいらないんだよ?そんな優しさを持ってたら目的は果たせない。やりたいことをやるためなら、友達を殺してでもやり切る覚悟がないとダメなんだよ」

 緩んでいた顔が、一気に凍る。

 その目にはもう困惑はなく、あるのは恐怖のみ。

 少しでも手を動かせば殺すことのできる人間に、畏怖は恐怖を覚え、恐怖の対象として見る。

「ねぇ、できないの?それじゃダメなんだよ?覚悟を持たないでやったことはほとんどうまくいかない。絶対に近いくらいの確率で上手くいかないんだよ?だから私を殺してでも目的は遂げなきゃ」

「い、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだ」

 畏怖が涙を流し始め、小さく首を振りながら大きな声で神楽を拒絶する声を聞いて、もうそろそろで終わるなと思う。

 初対面の飛び降り自殺をしようとした中年男性も、初対面のリストカットしようとした少女も、全員が最後には泣いて拒絶する。

 なぜか全員、同じ道を辿って最後には恐怖に屈する。

「だぁめ、どっちかを選ぶの、私を殺すか、お姉さんを裏切るか、どっちかしかないんだよ?」

 ひどく優しい声で恐怖は囁く。

 こうなると、もう神楽が今笑っていることだけじゃなく、目の前にいることにすら恐怖を抱く。

 それが今までの傾向で、全員がそれでも身動きひとつしなかったのも共通している。

「もう一回言うよ、私は殺されても恨まないし憎まない。だから安心して殺していいんだよ?友達を殺してでもお姉ちゃんとの約束を守りたいって言うんならね」

「いやだぁ、いや、いや・・・・・・いやぁ」

「ダメ、だぁめ、殺せ、こぉろぉせ、こっろっせ、殺せ、殺せ、こぉろせ、さぁんはい、ころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせころせ」

 ひどく楽しそうにニコニコと神楽は笑い続けている。

 対照的に、畏怖は震えている。

 歯も足も腕も、体全身が震え、とても数分前に5人を殺した人物と同じ人だとは思えない。

 流した涙は服を濡らし、鼻水を拭うことすらできずにただただ震えている。

 神楽は畏怖の腕が震えて、肉を切られ、その痛みに少し顔を顰めながらも笑い続けて、流れる血はタンクトップを染めてゆき、それに気づいて一言だけ、

「ほら、あともう少しで、私は死ぬよ?」

 淡々と事実だけを述べる。

「やだぁ、やだぁ、もう止めるぅ、もう誰も殺さないからぁ」

 いつも通りの結末だ。

 神楽の説得は、必ず相手の方を折れさせる。

 だからこれから起こることも予想できるし、この予想は外れることがないものだろう。

 神楽はにっこりと笑って、畏怖の手から自分の手を離し、それで支えを失ったように、畏怖の体が崩れ落ちる。

 血溜まりに膝をつき、その畏怖を見て一言神楽が言って手を差し伸べる。

「結局、できなかったね。ほら立てる?」

 畏怖は未だに流れ続けている涙を流したままにして、右手を、利き手を、カッターを握っている手を神楽へと伸ばし。

「ぅああぁぁ‼︎あっ、あぁぁぁアアア‼︎ぁああぁあ‼︎いやっ‼︎いやっ、やぁぁぁ‼︎ああっ‼︎あああぁぁあ‼︎」

 叫び、カッターを投げ捨てて、怯えて、体を丸め神楽を支えにするように、足を力強く掴む。

「どうしたの?大丈夫?」

 神楽が優しく話しかけてしゃがみ、力強く抱き締める。

「大丈夫だよ、大丈夫。落ち着いてぇ、深呼吸ぅ」

 神楽がいって、畏怖が実行する。

 その間に隣にいた細霧さんが「なんなんだあいつは」とこっちが訊きたいと思っていることを訊いてくる。

「確かなことは言えませんが、あいつが説得をすると最後には必ずこうなります。飛び降り自殺をしようとした人は高所恐怖症になりましたし、リストカットしようとした人は刃物恐怖症になりました」

「それも気になるんだが、どうしてあの脅しがあそこまで効く?確かに見ているこっちからしても怖いやら気持ち悪いやらで、目を逸らしたくはなったが」

「自分に向けられた言葉って結構心に入りやすいものなんですよ、少なくとも俺はそうで、まして自分の敬愛している人にこんな短時間の間に殺してと笑いながら言われたら、それはとても恐ろしいと思いますよ」

「だが初対面のものにも通じるのだろう?それはなぜだ」

「それはもう知りませんよ、話術か何かじゃないですか?それに、自分の見ず知らずの人を自分が死ぬために殺すのって難しいと思いますよ」

 俺がそう言った時に、下から神楽が呼びかけてくる。返事して下を見ると、神楽が畏怖をお姫様抱っこしていて、「畏怖ちゃんなんかすごく怖がってるみたいだから今日は私の家に泊めるね」と決定事項を告げるように言う。

 ここで異形狩りの隊員の誰かから反論が出るかもと思ったが、誰も何も言えず、鳳凰さんが「ちゃんと落ち着かせろよ」といって神楽に回復の妖術をかけ、神楽が完治してから元気よく返事をして歩いてゆく。

 その足取りはいつもと同じで、人1人を抱き抱えているとは思えないものだったが、それもすぐに終わり、「己龍、手伝ってぇ」と救援要請を出す。

「すぐ行く」と告げてから、最後にひとつ神楽のことでいっておかなくてはいけないことがあるので、それを細霧さんに言う。

「神楽は、昔から負の感情、怖い、嫌い、憎い、嫉妬、そう言う感情を持っていません。だからあんな説得ができるんですよ」

 それだけ言って、屋根の上から飛び降り、神楽の元へと行き、畏怖を背中におぶって、歩き出した。

 この後強制的に3人で風呂に入ることとなり、神楽の弟で俺の上司の桜雅(おうが)に2時間近く説教をされた。

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