閑話 クロナとデート
昨日、急遽クロナとのデートが決まったレインは集合時間の十五分前にはすでに集合場所でそわそわしていた。
当たり前ではあるが今レインは非常に緊張している。
何といっても今日レインとデートするのはあのクロナである。十人の男がいたとしてクロナの容姿を見たならば確実に十人が可愛いというであろう容姿をしており、かつ水色ではなく綺麗な薄い青色の髪と目を持つ女の子なのだ。
いやでもクロナが外に出れば男どもが放っておくはずがなく普段レインが一緒にいることが多いからナンパなどはないが一人でその辺でぼーっとしていたら確実に声をかけてくる男はいるだろう。
まぁ、見た目に反して実力の方はレインですら全く歯が立たないくらい強いのでナンパに襲われる心配などレインは全くしていないのだが、それでも普段のクロナの様子を見ていると少しだけ心配になってくる。
「はぁ、緊張するなぁ……」
今日だけで何回同じことを言ったかレインですら覚えていないほど「緊張する」と口にしているが、時間とは残酷でどんどんとクロナとの待ち合わせの時間が迫ってくる。
この世界では時計は貴族でも持っているかどうかというもので大半の市民は街に一つはついている時計台で時間を確認するのだが、レインはメニュー画面にこの世界での時間と日付欄があるので問題なく、クロナとシーナもそれぞれ自分の時計を持っているので三人ともそれぞれ時間を把握する手段を各々持っている。
レインは一人で「二人は大貴族かもしくはそれに準ずる地位の人間なのでは?」と邪推をしたこともあったのだが、二人からの返答は意味深な笑みのみで答えが返ってくることはなかった。
「でも、貴族だったら冒険者になる必要もないはずだしなー。まぁ、いいか」
「何がいいの?」
「ん? いや、クロナとシーナの正体は……って、うわぁ! びっくりしたぁ」
「ふふっ、おはよう。レイン」
「お、おはよう。クロナ」
クロナはいたずらが成功したのが嬉しかったのか小さな笑みを浮かべながらレインに挨拶をする。
レインは驚きながらもクロナの方を向いて挨拶を返したのだが、クロナの格好を見た瞬間レインは思わず言葉を失ってしまった。
「ん? 何か変かな?」
「い、いや。その、似合ってるよ。クロナの私服なんて初めて見たし、ちょっと驚いただけだよ」
「そう? ありがとう」
クロナはレインに褒められたのが嬉しいのか頰を赤くしながら嬉しそうに笑った。
今日のクロナはいつもの魔術師が着るようなローブではなく、ひらひらの女の子が着るような綺麗な水色で半袖のワンピースだった。
手首には魔力が篭った水色の宝石がはまっているブレスレットをつけており、失礼な話ではあるが最初レインがクロナの姿を見たときに別人のように思えてしまった。
あまりファッションに興味ないと思っていたので、レインはこんなにクロナがおしゃれをしてくるとは思っていなかったので一気に頭が真っ白になってレインは話を切り出すことができなかった。
「レイン?」
「ご、ごめん。クロナがこんなにおしゃれをしてくるとは思ってなかったから少し戸惑っちゃって……」
「むぅ、私だってデートの時くらいおしゃれをする。それに、レインだってその私服似合ってる」
「そ、そうだよね。そういえばデートだったね。……どこに行こうかな」
クロナに自分の服装を褒められたレインは顔を真っ赤にしながら思いっきり話をそらした。
別にレインはクロナに対して恋愛感情を抱いているというわけではないのだが、それでも美少女に自分の服装を褒められて堂々と『デート』と言われればレインでなくとも照れて顔を真っ赤にしてしまうだろう。
「最初は本屋なんてどう? レインも魔法を使うし、いい魔道書があるかもしれないよ?」
「おー、魔道書か。どんなのがあるんだろ?」
魔道書とはGMOでの話になってしまうが使用するだけで魔法を覚えることができるという、魔法を使う者にとってはかなりありがたいアイテムとなっていた。
魔道書はガチャやイベント、あとはボスドロップとして出現することが多く無課金プレイヤーでも強力な魔法を覚えることができた。
まぁ、そんなことをしなくてもレインはレベルを上げて勝手に魔法を覚えていったし、それ以上にレインだけのオリジナル魔法なども運営から送られてきたりもしていたため手に入れた魔道書は初心者にプレゼントとして渡すかアイテムボックスで死蔵しているかのどちらかであった。
ちなみに、現在魔道書も例に則って取り出し不可となっているため魔道書を手に入れる手段があるというのは非常に喜ばしいことであった。
「市販されているのは日常で使えるものとか攻撃性のないものだよ。でも、今日の目的は別。行ってからのお楽しみ」
「お、そう言われると楽しみになってくるな。じゃあ、行こうか」
「うん。こっちだよ」
クロナと一緒に魔道書が販売されているという店に向かう。
道中、レインとクロナが目立っているせいかいろんな人の視線がレインたちに飛んできていたが、本人たちは二人の世界で楽しんでいたので大して気にした様子はなかった。
二人で魔法について話をしていたら一瞬で魔道書が売っているという店まで着き、クロナはレインの手を引いて遠慮なく店の中へと入っていく。
「お、クロナ嬢じゃないか。久しぶりだね」
中に入ると、60代くらいのおばちゃんが店番をしており、クロナたちの姿を見て嬉しそうに目を細めていた。
店の中は意外と狭かったが、レインがちらっと店の奥を見てみると魔道書がびっしり置かれていたので、レインはクロナの言っていたことは間違いなかったんだなと魔道書をみる前からワクワクしている。
「久しぶり。魔道書はある?」
「あぁ、うちはほとんど魔道書専門店みたいなもんだからね。隣のはクロナのボーイフレンドかい?」
「うん。今日は私の彼氏」
おばちゃんはレインの姿を見るとクロナにそんなことを言い出し、クロナも嬉しそうに微笑みながらそれに乗ってしまったのでレインだけが否定するわけにもいかずクロナの返事を聞いて頷くわけにはいかなかったが、否定することもなく苦笑いを浮かべることにした。
実際、今日はクロナとデートをする約束だったので彼氏(仮)で間違いないので問題ないのである。
「それはいいことだ。今日はどんな魔道書をご所望だい?」
「レインが喜びそうなもの。色々見てみたい」
「わかったよ。面白そうなものから実用的なものまで色々持ってくるよ」
おばちゃんはクロナの話を聞いて頷くと魔道書が置いてある奥の部屋へと戻っていき、数分かけて合計五冊の魔道書をレインたちの前に持ってきた。
「よいしょっと。この辺ならボーイフレンドくんでも買えると思うよ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
クロナとレインはおばちゃんにお礼を言うと魔道書の前に置いてある説明書を一つずつ読んでいく。
魔道書は一度開けてしまうとその人以外開けることはできなくなるので、一般的にはこうして説明書を読んで購入するかどうかを決めるようだ。ちなみに、一度魔法を覚えると魔道書は消滅してしまうので完全な使いきりになってしまう。
GMOの時ならアイテムの説明欄にどんな魔法を覚えることができるのか書かれていたのだが、この世界では鑑定スキルを持っているもの以外どんな内容のものなのかわからないのでこうして説明書が置かれているのだ。
「レイン、これ面白そう」
「なになに、『温風を発生させる魔法』か。意外と便利そうだな」
「うん。髪の毛を乾かすのに良さそう」
「そうだね。これは便利だ」
実のところすでにレインは風属性魔法と火属性魔法のレベルが15を超えているのでその魔道書に書いてあることをやろうと思えばできるのだが、それを今言うのは無粋というやつである。
しかも、できると言っても絶対にこの魔道書を使って覚えたほうが魔力効率がいいので普通の人ならこの魔道書は非常に便利なものなのだろう。
それ以前に2属性の魔法を同時に発動するのは非常に困難なのと、魔法を応用するのは発想とそれ相応の魔力が必要なためあまり実用的ではない。
ちなみに、魔術師たちの魔法を覚える手段としては魔法を使える者の元で魔法を習うかこうして魔道書を買って覚えるかの2パターンとなっている。そのため、魔術師育成機関なんかもこの世界にはあったりするのだが、今のレインには全く関係ないことなので、その話は一旦置いておこう。
「おばちゃん、この魔道書っていくらですか?」
「それは金貨10枚だよ。でもまぁ、もし買ってくれるのならクロナに免じて金貨9枚でいいよ」
「いえ、金貨10枚で買います」
レインはクロナと「便利だね」と話していた『温風を発生させる魔法』が書かれている魔道書を手に取りおばちゃんに値段を聞く。
すると、おばちゃんは金貨10枚のところ9枚でいいと言ってくれたのだが、レインは金貨を10枚きっちり渡しておばちゃんから魔道書を受け取った。
「あんた、男だね」
レインの意図に気づいたおばちゃんはニヤリと笑いながらレインのことを褒めている。
レインは「ありがとうございます」とだけ言って少し緊張した面持ちでクロナの方を向く。
「どうしたの?」
「そ、その。今日はデートだからさ、何かプレゼントしたいなって思って……クロナとの思い出に貰ってくれないかな?」
「⁉︎ いいの? それ、レインが金貨10枚も払って買った魔道書なのに……」
「僕はクロナに貰って欲しいな。ここに連れてきてくれたお礼として、最初に僕に声をかけてくれたお礼として……」
「わかった。ありがとう。とっても嬉しい」
命を助けてもらったお礼に日本円で約10万円では全く足りない気もしないでもないが、クロナがものすごい可愛い笑顔でレインから魔道書を受け取ってそれを大事そうに腕の中に抱えていたのでレインも心の中で良かったと安堵の息を吐いた。
レインもプレゼントがうまくいって肩の荷が下りたのかその後のクロナとのデートは順調にエスコートすることができ、夕方まで色々と街を見て回ってとうとう帰ろうかという話になった。
現在二人は最初に集合した噴水の前まで戻ってきており、夕焼けの効果もあってかどこか生ぬるい空気が辺りに広がっていた。
「今日は楽しかったね」
「うん。こんなに一日が楽しく思えたのは久しぶりだよ。これも、クロナのおかげだ」
「私も、今日はすごく楽しかった。……レイン、さっきは魔道書とかアクセサリーありがとう。一生大事にするね」
「うん。僕も喜んでもらえてすごく嬉しいよ」
クロナはそういってマジックバックから魔道書を取り出して、あとは右耳についている水色の小さいクリスタルがついているイヤリングを愛おしそうに触りながらレインにお礼を言った。
実は、買い物の最中でレインがクロナに似合いそうだなと思いこっそり買って先ほどクロナにプレゼントしたのだ。
一日に二つもプレゼントを渡すっていうのも何かお金でデートをしているとも勘違いされてしまうかもしれないが、それでもレインはクロナにどうしてもプレゼントしたかったので思い切って渡してみたのだ。
「私も、レインにプレゼントがある。今日買ったものじゃなくて、私がオーダーメイドで頼んで作ってもらったものだけど……もし良かったら受け取って欲しい。」
クロナはそう言いながらマジックバックから赤色のクリスタルがはめ込まれたネックレスを取り出した。
レインが見ても高級そうで何かの魔法がかけられているそれは、レインがプレゼントした二つよりも絶対に価値が高く下手をすれば国宝級指定を受けてもおかしくないくらいのものだったのだが、今のレインは鑑定スキルが低いため詳しくは分からなかった。
「いいの? それ、絶対に高いよね?」
「うん。今日のデートのお礼。すごく幸せだったから。それと、レインにはお金には変えられないほど楽しい時間を一緒に過ごしてくれたから」
「そ、そっか。ならありがたく受け取らせてもらうよ。本当にありがとう。僕も一生大事にするね」
「うん。そうしてくれると嬉しい」
ここで受け取るのを拒むほどレインも愚かではない。
クロナは純粋にレインに何かプレゼントしたかったのだし、それがどんな気持ちなのかレインも先ほどまでに2回も体験していたため、受け取ってもらえなかった時の悲しみも想像することができる。
そのため、レインはクロナにお礼を言ってネックレスを受け取るとそのまま自分の首にそのネックレスをつける。
「どうかな?」
「すごくかっこいい。レインの白い髪によく似合ってる」
「ありがとう。クロナにそう言ってもらえると嬉しいな」
実際、レインにすごく似合っておりそれはレイン自身も感じていたのでもう一度クロナに感謝の気持ちを伝えた。
「今日はありがとう。また今度僕とデートしてくれると嬉しいな」
「私も、レインとならいつでもデートしたい。また一緒にデートしよ」
「うん。じゃ、今日はもったいないけどこの辺で」
「そうだね。バイバイ」
「うん。バイバイ」
二人はお互いにプレゼントしてもらったものを身につけてそのまま手を振りながら自分の宿へと帰っていく。
予想以上にクロナとのデートが楽しかったレインはその後宿に戻ってもしばらくの間今日一日の思い出に浸ることになるのであった。




