第十五話 初めての勝利 2
「クロナ、シーナ、2人ともちょっと威圧を抑えてくれないかな? 僕もそうだけどナウナーさんたちが怯えて話が進まないよ」
「むぅ……了解」
「ごめんなさい。つい……」
レインに注意されてクロナとシーナは渋々といった様子ではあったが、すぐに不機嫌そうな雰囲気を取り払い『表面上』は普通の状態へと戻った。
ただ、やはりナウナーたちのことが気に入らないのか威圧はしていないし、特に脅したりもしていないのだが、ナウナーたちのことを汚物のような目で見ている。さすがにレインと決闘するまではレインもナウナーたちを庇う気は毛頭なかったが、今の意気消沈具合を見てしまうと、どうしても可哀想だなと思ってしまう。
「それで、決闘の報酬の件なのだが、ナウナーたちの財産は全てレインに譲渡される。と、いってもお金は全て魔剣に注ぎ込んだのと、その魔剣は騎士団の方に渡さないといけないから、実質的な報酬としてはナウナーたちの人権をどうするかだけだな。まぁ、奴隷にして売り払うのにも、しばらくは詰所で反省してもらわないといけないので、奴隷の件もだいぶ後になると思うが……」
「あの、その事についてなんですけど、別に絶対に奴隷として売らないといけないってことはないんですよね?」
「もちろんだ。非人道的なのは私もオススメはしないが、ある程度なら何をしたって文句は言われないぞ」
エアドは言外に喧嘩を売ってきた腹いせに少々なら殴ったり蹴ったりの暴行も許されるといっているのだ。
エアドがレインに向かってそういった瞬間、ナウナーたちの顔色が更に悪くなってしまうが、エアドは全く気にした様子はなかった。
「わかりました……では、今後一切クロナとシーナにナンパをしない代わりに今までと同じように冒険者として活動してもらって構いません」
「「「……⁉︎」」」
レインがナウナーたちに向かってそう言うとナウナーたちは最初、何を言われたのか理解できず戸惑ったような様子だったが、だんだんレインの話した内容を理解し始めて今度は驚愕へと変わった。
それもそうだろう。言わば一種の権利を破棄しようとしているのだから。
これにはクロナとシーナも驚いているようで、2人してレインの首らへんをトンと叩いて本当にいいのか? といった意思を伝えてくるが、レインは構わないといってそのままナウナーたちの方を向いた。
「本当にいいのか? D ランクとはいえ、3人を奴隷にすれば駆け出しには十分すぎるほどのお金が手に入るぞ? それこそ、好きな女一人くらいは抱けるほどのお金だ」
「い、いえ。僕には必要ありません」
エアドは男の冒険者にはとても分かりやすい例えでどれだけのお金が手に入るのかを教えてくれたのだが、エアドがそう発した瞬間に女性陣の視線の温度が絶対零度にまで下がってしまったため、レインは誤魔化すように大きく咳払いをして必要ないと言い切った。
「そもそも、僕のいた国には奴隷制度なんてものなかったんですよ。僕自身体験したことなんてないので奴隷がどんなものなのかは分かりませんが、絶対に気持ちのいいものではないでしょう? それがわかっていながら、奴隷にさせるほど僕は曲がっていないつもりです」
「うん。レインがそう言うなら私もいいよ」
「私も異論はありません。レインさんの優しい一面を知れて私としても嬉しいですし、今回の件は水に流すとしましょう」
「ありがとう、2人とも」
少し反対されるかなとも思ったレインであったが、クロナもシーナもレインの意見に快く賛成してくれ、無事ナウナーたちを奴隷にすることはなくなったのであった。
「い、いいのか?」
ナウナーは恐る恐ると言った様子ではあったがレインに向かってそう聞いてきた。
ナウナーたちにしてみれば、これで人生が詰んだと思っていた矢先に突如レインからほぼ条件なしで解放すると言われたのだ。混乱するのも当然だろう。
現に普通ならこんなことはまず無く、決闘に負けて人権までチップに賭けてしまえば奴隷落ちするのが当たり前である。ナウナーたちもレインに決闘で負けた時から覚悟はしていたし、文句を言うつもりなど毛頭なかった。
「はい。その代わり、今度からは節度を守ってナンパをしてくださいね?」
「「「あ、ありがとうございます! 魔剣という姑息な手段を使ってしまい、申し訳ございませんでした! もう二度としません! 恩人様!」」」
「お、恩人様⁉︎」
レインは3人で土下座をしながら号泣しているナウナーたちに若干引きながらも、恩人様などという全く予想していなかった呼び方で呼ばれていることに戸惑いを隠せず、どうしようかと焦った様子でナウナーたちのことを眺めていた。
実際にレインはナウナーたちの人生を救ったとも言えるのだから、ナウナーたちが『恩人様』と呼ぶのもわからなくはないのだが、レインにしてみればただ日本に奴隷制度がなく自分が奴隷にさせるのは胸糞悪かったというだけなので、そこまで崇め讃えられるほどのことをしたという自覚は全くなかった。
それ故にどうにかして呼び方を変えてもらおうと色々と頑張ったのだが、結局ナウナーたちがレインのことを『恩人様』と呼ぶことになってしまい、レインは思わずため息をついてしまうのであった。
「しょうがない。あの人たちにしてみれば、レインは救世主そのもの」
「ですね。人生を救ってもらったといっても過言ではないのですから、彼らの反応は当然のものですよ?」
「なんだかなぁ……」
レインは2人の話を聞いてどこか釈然としない気持ちになる。
現在レインたち3人は冒険者ギルドの個室を出て昼食を食べにきているのだが、そこで先ほどのナウナーたちの話で盛り上っていた。
というのも、あの後もナウナーたちはずっとレインのことを神すらも真っ青になってしまうほど崇拝してしまい、完全に狂信者のソレになってしまっていた。
エアドの話ではこれからしばらくは、何度も言っていたように魔剣を使用したため牢屋で過ごさなくてはいけないのだが、それも一週間もすれば解放されるだろうという話であり、その話を聞いたナウナーたちは「しっかりと罪を償って恩人様に誇れるような生き方をします!」などと言いながらこの街の兵士の人に連れて行かれていた。
正直レインとしては疲れたというのが本音だった。
「でも、少しだけ誇らしかったよ」
「ですね。レインさんがしたことは決して間違っていないと思いますよ」
「そっか。そうだよね。まぁ彼らも一週間もすれば落ち着くだろうし、僕たちは僕たちで頑張っていこうよ」
レインにとって唯一嬉しかったことといえば、必死に頑張って助けた2人がレインのやったことは間違いではないし、すごいことだと褒めてくれたことだろう。
レイン自身どうしてかはわからないが、2人に褒められるだけで心が温かくなるのを感じていた。
そんな感じでレインたちは昼食を楽しんでいたのだが、しばらくするとシーナの様子が少しだけ緊張しているような感じになっていた。
「シーナ、どうかしたの?」
「えっと……そのですね。私もまた冒険者として頑張りたいなーって思ってるんですけど、もし冒険者に戻ったらレインさんのパーティーに私も混ぜていただけますか?」
シーナは緊張したように目を瞑りながら、レインにそんなことを聞いてきた。
かなり緊張しているようで、シーナは若干体を震わせながらレインの答えを待っている。
レインとしてはすでに答えは出ていたので、すぐにシーナに返事をしようとしたが、レインはその前にもう一人の仲間であるクロナの方に視線をやって確認を取る。すると、クロナも異論はないようでレインと視線が合うとにっこり笑いながら頷いてシーナのパーティー加入を了承しているようだった。
「シーナ。こちらこそ、よろしくね。僕はまだまだ弱っちぃけど一緒に頑張っていこう」
「は、はい! レインさん、クロナさん、ありがとうございます!」
レインに一緒にやろうと返事をもらったシーナは溢れんばかりの笑顔をその美しい顔に浮かべて、心の底から喜んでいるのが見ているレインたちもよく分かった。
レインもそんなシーナを見て嬉しい気持ちになるのだが、3人とも非常に顔が整っているため他のお客さんからは非常に目立ち男女ともにレインたちに釘付けになってしまっていた。
「ふ、2人ともそろそろいこうか」
「そうですね。ギルドに戻ったら色々と手続きをしなきゃですね」
「だね。それが終わったらレインの勝利記念とシーナのパーティー加入記念を踏まえてみんなでパーティーをしよう」
「いいですね! レインさん、行きましょう!」
「は、はい!」
どんどん勝手に話が広がっていくことにレインは思わず苦笑いになるが、嫌なわけではなかったので2人の提案に頷きながら一度ギルドの方へと戻っていくのであった。
ちなみに、昼食はレインがしっかりと払っておいた。そこは男として譲れないものがあったので2人が興奮している隙にしっかりと済ませてあるのであった。