9話:依頼主はローガンという方です。
依頼場所にマオとヒスイと一緒に行きました。依頼主は恐らくこの中に居るのでしょう。トントントンと扉をノックすると、すぐにがちゃりと扉が開きました。ジロジロとこっちを見るおじいさん。この人が依頼主でしょうか。
「冒険者ギルドから来ました。書類整理の依頼をされたローガンでしょうか?」
「……きみ、誰に対しても呼び捨てなのね……」
おじいさんは僕らを見て少し眉を顰めました。何か気になることがあったのでしょうか。
「まぁ、良い。入れ」
「お邪魔します」
招かれたので部屋へ入りました。そして驚きました。整理整頓が苦手なのでしょう、とても散らかっています。この中の書類を集めて整理するのは大変そうですね。
「依頼内容はこの分類に書類を集めることじゃ。一枚でも足りなかったら報酬は出さん!」
杖を使っているので足が悪いのでしょう。その杖をかんと響かせて、ローガンは椅子に座りました。立っているのがつらいのだと思います。
「わしはここで座ってお前らを見ている。くれぐれも、書類を紛失したり汚したりしたりしたらただじゃ済まさんからな!」
とりあえず、僕らはローガンに渡された紙を眺めます。そして、近くの書類を手に取って見比べます。どうやら左上のマークで分類が分かれているようですね。それに……埃も溜まっているようなので、ローガンの健康が心配です。
「マオ。ここは僕がやりますので、ローガンに回復魔法を掛けてみてください」
「え? 書類ってかなりの量よ? 大丈夫なの?」
「はい、多分大丈夫です。――みんな、手伝って」
精霊を呼んで紙を見せ、それぞれが覚えたマークを集めるという方法で分類してみました。マオは「……あー、なるほど」と呟いて、ローガンに回復魔法をかけています。彼女の回復魔法は大抵のことを解決してくれる夢のような魔法なので、足が痛いローガンにも効果があると思います。
「ええと、それじゃあ僕は掃除でもしようかな」
と言っても簡単に、ですが。埃まみれの部屋で暮らすのは大変でしょう。窓を開けて風の精霊を呼び一気に埃を外へと追いやり、水の精霊に床と壁を綺麗にしてもらい、火と風の精霊で乾かします。頑張ってくれた精霊にご褒美として僕の血を僅かに与えました。精霊たちにとって、僕の血はご馳走なのです。
後は、出来れば食事を摂ってもらいたいですね。ローガンの顔色、あまり良くなかったので。優しい食べ物が良いですね……ミルク粥なんてどうでしょうか。……パンもミルクも探しましたがありませんでした。なぜか調味料だけはありました。
「ローガン、ミルク粥はお好きですか?」
「は、ぁ、た、食べたことがないぞ」
「そうですか。とっても美味しいので作りますね。人にとって食事は大切なものでしょう? どうか長生きしてくださいね」
「わしを年寄り扱いするか!」
「人間の命なんて、精霊に比べたら短命でしょう? 買い物行ってきます」
にこりと微笑んでそう言うと、僕はローガンの家から出て買い物に行きました。甘いのが良いでしょうか、それともしょっぱいの? 両方作ってみましょう。市場に向かおうとしたら、マオが「私も行く!」と言いましたが、ローガンの相手をしてもらうために首を横に振りました。
精霊たちに書類整理を頼んで、僕とヒスイは市場へ向かいました。
市場はとても賑やかです。人間たちがこんなに居るところを初めて見ました。……精霊界に人間はお母様を除いて居ないので、当たり前と言えば当たり前なのですが……。あ、僕も半分人間ですね。ただ、ずっと精霊界で過ごしていたので僕の身体はどちらかと言うと精霊に近いようです。
「美味しそうなものがたくさんありますね。ヒスイは何か食べたいものがありますか?」
僕がヒスイに尋ねると、ヒスイは「ミニトマト」と答えました。ヒスイの好物はミニトマトなのでしょうか。僕はミニトマトを買うことを決めて、色々と買いました。玉ねぎやベーコン、ミニトマトにレタス、あ、アスパラも美味しそうですね。これも買いましょう。もちろん、大事なミルクも。どういうものが良いでしょうか。
「あらあら、可愛い子ね。何かお探し?」
ふっくらとした女性が話しかけてきました。僕はにこりと微笑んで、「ミルクを探しています」と答えると、それじゃあこれを飲んでごらん、とミルクを小皿で渡されました。味見用なのでしょう。ありがたく受け取って、飲んでみました。
「わ、濃いですね!」
「うちのミルクは濃厚さが売りさ! 買うかい?」
「是非お願いします。ええと、じゃあ……十本ほど」
瓶詰のミルクを十本買い上げて、鞄に入れました。お母様の鞄のおかげで重くありません。女性に頭を下げて、今度はパンを求めて歩きます。パン屋からふんわりと良い香りが漂ってきました。美味しそうなパンがずらりと並んでいるパン屋です。ここに決めましょう。
「いらっしゃいませー! 焼き立てですよー!」
食パンを一斤買いました。ホカホカとしていて美味しそうです。お金を支払って鞄に入れ、ローガンの屋敷に戻りました。ローガンは信じられないものを見るような目で僕を見ました。
「買い物に行っていたのではないのか!?」
「行ってきましたよ? キッチンお借りしますね」
どうやら精霊たちはキッチンも綺麗にしてくれたようですね。鞄から三角巾とエプロンを取り出して身につけ、手を綺麗に洗います。
まな板と包丁を取り出して、買って来た食材を取り出して玉ねぎから切りました。まな板も包丁も綺麗にしてくれた精霊には感謝です。
玉ねぎの皮を剥いて薄くスライス……うう、玉ねぎが目にしみます。ですが、お母様と一緒に料理してきたのです。頑張って作りましょう。何とかスライスして、今度はアスパラを切りました。下のほうはちょっと削ります。鍋に入るように短く切って、次はベーコンを切ります。厚切りベーコンなので一口サイズにコロコロと。……。もぐ、とひとつ食べて見ました。うまみが凝縮していて美味しいです!
鍋を用意して水の精霊に水を入れてもらい、火の精霊に沸騰をお願いしました。その中にひとつまみの塩を入れ、アスパラを茎のほうから入れ、少し待ってから穂のほうを入れます。ぐつぐつと沸いている鍋を見るのは好きです。……そう言えば人間はどうやってあんなに美味しい料理を作るのでしょうか?
ゆで上がったアスパラはお湯を捨ててざるで冷まします。綺麗な緑色です。美味しそう。
「食べますか?」
「熱そうだから後で良い」
ヒスイは熱いのが苦手なのかもしれませんね。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです♪