5話:美味しい食事とふかふかベッドは至福ですよね!
「それじゃあ、先に部屋を案内しようか? それともご飯?」
ぐぅ、と僕のお腹の虫が鳴きました。僕とマオは顔を見合わせて、「食事で!」と同時に言いました。冒険者と相席させてもらい、食事が来るのをワクワクしながら待ちました。三日間、木の実とかきのことかだったので、人間界でちゃんとした食事は初めてかもしれません。
「えっと、お勧めとサラダでお願いします」
「じゃ、私もお勧めで」
「はいよ!」
相席の冒険者がじっと僕らを見ています。「どうしましたか?」と聞くと、すぐに視線が逸らされました。
すぐに本日のお勧めメニューが出てきました。温かいホワイトシチューのようです。それとサラダとパン。僕はヒスイをテーブルに移動させました。
「お皿から取り出しますか?」
「平気だ」
「トカゲが喋った!」
……ここでもヒスイはトカゲに間違えられるようです。もう何も反応しませんが、ちょっとショックを受けているように見えたので、僕はサラダからレタスを手に取ってヒスイの口に運びました。シャリシャリ食べるヒスイの姿は可愛いです。
「ヒスイはトカゲではありませんよ」
「ええ、トカゲに見えるし……」
「トカゲに羽が生えているんですか?」
びろんとヒスイの翼を伸ばしてみるとヒスイがビタン! と尻尾をテーブルに叩きつけました。翼を弄られるのはイヤなようです。珍しい生き物を見たような顔をした冒険者は「世の中色んな生き物がいるなぁ」と呟きました。
さて、早速ホワイトシチューを頂きましょう。スプーンで救って一口。温かくて美味しいです。ミルクとバターの風味が口の中に広がって塩コショウで味が引き締まっている気がします。ホクホクのジャガイモに甘い人参、ぷりぷりの鶏肉。どうすればこんなに美味しく作れるのでしょうか……。
「ん~、美味しい!」
「はい、美味しいです!」
パンを手に取って一口サイズにちぎって口に運ぶと、これまた美味しくてびっくりしました……! もぐもぐと食べ進めて、すべて平らげてお腹いっぱいになると、ちょっと眠くなってきました……。
「おやおや、眠そうだねぇ。部屋に案内するよ」
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「はは、ありがとうよ。それじゃあ、ついて来て」
僕たちは相席の冒険者に「お邪魔しました」と頭を下げてから部屋まで案内してもらいました。どうやら隣同士の部屋にしてくれたようです。
「一応内側から鍵は掛かるけど、気をつけなね」
「はい、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると宿屋の主人は肩をすくめて「仕事だからね」と言って階段を降りていきました。僕はとにかく眠くて眠くて……、部屋に入って鞄を置き、ベッドに横になりました。ふかふかのベッドです。あ、鍵を掛けないといけませんね。
「そう言えばヒスイは僕と一緒の部屋で良かったのですか?」
「そうだな。お前の周りには精霊が居てとても心地が良い」
「……ヒスイには見えるんですね、精霊の姿が」
パタパタと飛んでナイトテーブルの上に移動するヒスイは、ネコのように丸くなって僕を見ました。精霊は人間の目には見えないらしいです。ですが、竜であるヒスイには精霊の姿が見えるようですね。それを肯定するようにうなずくと、じっと僕を見ました。
「……十七年前、エラが駆け落ちしたという噂が流れた。エラは元気なのだな?」
「ああ、やっぱりお母様のことを知っているのですね。とても元気でいますよ」
ベッドから起き上がって部屋の鍵を掛けて、鞄からパジャマを取り出し、精霊に頼んで身体を綺麗にしてもらってから着替えました。再びベッドに横になると、ヒスイは「まぁな」と言葉を続けてくれました。
「ヒスイの知っている……お母様は……どのような、人でしたか……?」
「それはまた今度だ。今にも眠りそうじゃないか」
「……そう、ですね……。おやすみなさい……。あ、マオのところにも……精霊……」
マオは完璧にひとりなので、念のために精霊を護衛に……。そう考えていましたが、眠気に抗えずすやすやと眠りにつきました……。
そして翌日、吊るされている人が三人。顔色が悪いです。
「どうやら本当に入って来たみたいですねぇ」
「我が追い返そうかとしたんだが、精霊のほうが早かった」
「ふふ。ありがとうございます、精霊たち。――さて、この場合、どうすれば良いのでしょうか?」
とりあえず逆さづりになっている人たちを下ろしてもらいました。くらくらしているのか具合が悪そうです。ですが、人が寝ている時に入って来たのはこの人たちなので同情はしません。精霊のおかげで何もなく過ごせていますが……。
「ちょっと、どういうことよこれー!?」
「女性の部屋にも入ったんですか? 信じられません……」
とりあえず着替えて僕はこの人たちを放置してマオの部屋に向かいました。僕の部屋にいる人たちへの見張りを精霊に頼んでから。ヒスイは僕の頭に乗ってきました。隣の部屋の扉をノックすると勢いよくガチャっと扉が開きました。僕に抱き着いて、
「部屋っ! 部屋の中に変な人たちが吊るされているんだけど!」
「僕の部屋にも居ましたよ。そんな変な人たち。とりあえず、宿屋の主人にどうするか聞いてみましょう」
ちょっとワクワクしている僕がいます。だって、こういうのって『定番中の定番』ではないですか!
パジャマのままのマオは部屋に残して、僕は宿屋の主人に会いに行きました。宿屋の主人は「おはよう、よく眠れたかい?」と尋ねてきましたので、僕は不審者が僕らの部屋に入り込んだことを伝えました。すると、宿屋の主人はカっと顔を赤らめて「懲らしめてやる!」と腕まくりをしました。正直ちょっと見て見たかったのですが、それよりもいつまでも部屋に居られるのは困るので、どこかに引き取ってもらえないかと相談しました。
「とりあえず、現状を見てください」
僕が宿屋の主人にそう言って部屋までついて来てもらいました。部屋の中に入って、宿屋の主人は驚いたように目を丸くしました。襲撃者が全員床に転がっているので、仕方ないと言えば仕方ないかもしれません。
「……こいつら、冒険者だよ。かなり低いレベルの冒険者だから、お前さんの金を奪いに来たんだろうねぇ……」
「ううう……」
意識を取り戻したのか、彼らは僕らが見ていることに気付くと「ひっ」と声を出しました。
「おはようございます。お目覚めはいかがですか?」
「……さいあくだ……」
宿屋の主人を見てさぁーっとさらに顔色を悪くさせました。冒険者たちは身動きが取れずに蛇に睨まれた蛙のように怯えています。
「ちょっとー、いつまで待てばいいのー?」
「あー、あっちのお嬢ちゃんのところにも行ったのか。覚悟は良いだろうね、お前たち……」
心底お怒りのようです。ええと……。そう言えば宿屋の主人の名前を知りませんでした。
「すみません、お名前を聞いても宜しいですか?」
「は? 今? ハロルドだ」
「では、ハロルド。この人たちの処遇を、僕が決めても良いですか?」
ハロルドはびっくりしたように目を丸くして、それから呆れたような、面白いものを見たような、複雑な感情が混ざった眼差しを僕に向け、小さくうなずきました。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです♪