4話:興味深いお話を聞きました。
ロージアンの街までは行ったことがあると言うので、ヒスイに道案内をしてもらいながら三日くらいかけて行きました。徒歩で移動するのって大変ですね。あ、でも三日で着くのなら割と近いのでしょうか。精霊界では一瞬で移動するのでそこら辺もよくわかりません。
「……ハイペースにもほどがある……!」
「本来ならどのくらい掛かるものなんですか?」
「一週間は掛かるわよ! それをショートカットしまくって三日って……! って言うかなんでこの服汚れてないの!?」
「精霊が頑張ってくれたからです」
納得できないと顔に書いてありましたが、そこはちょっと置いておきましょう。今は初めての人間の街にドキドキとワクワクが混ざった高揚感を感じます。どのような出会いが待っているのでしょうか。
「……随分と人が待っていますね」
「そろそろ夕方だからね、その前に入りたいのよ。夜には閉じるから」
人間の世界では街の門を閉じるんですね……。精霊界にはそもそもそう言うものはありませんでしたから……いえ、精霊界も広いので、僕が知る限りになるのですが。前の人たちが身分証? を取り出しているのが見えました。じぃっと見ていると、前の人が僕の視線に気付いたのか、「どうかしたかい?」と声を掛けてきました。確か、冒険者はあんな風なカードを身分証として使えると読んだことがあります。
「あ、ええと。お兄さんたちは冒険者なのですか?」
「ん? いや、俺らは商人。これは商人ギルドのカードなんだ」
「商人! 自ら仕入れて売るという……?」
僕が興奮したように聞くと、お兄さんは目を瞬かせて「そ、そうだけど……」と言ってちょっとだけ身体を引きました。精霊界では物々交換が主でしたので、商人は居なかったのです。興味津々な瞳に負けたのか、お兄さんは並んでいる間暇だからと言って話に付き合ってくれました。僕が質問して、お兄さんが答える。お兄さんは段々と意気消沈としてきたので、「どうしたのですか?」と尋ねました。
「ここから南のほうに小さな町があるんだが、そこに良い職人が居てね。腕は良いんだけどちょっと……変わっている人で、中々良い返事をもらえないんだ」
「……変わっている人……」
「あの、職人に何を作ってもらおうと……?」
「ローブをね。魔法使いのローブって薄いだろ? 安いものだとすぐに破れる品もあるらしくてさ。そう言うのをうちは売りたくないわけ。でも自分が納得できる布を提供出来ないのならこの話はなかったことに……っと、そろそろ順番だ。悪いね、愚痴に付き合ってもらって」
「いいえ、とても興味深かったです」
しかし一体どういう布ならば良いのでしょうか……。ちょっと興味が湧きました。僕はお兄さんの服を掴んで、
「その職人の名前を教えてもらえませんか?」
と聞きました。お兄さんは「ノアって言うよ」と教えてくれました。ノア。それが職人さんの名前なんですね。覚えておきましょう。
お兄さんは門番に商人ギルドのカードを見せて通りました。次は僕たちの番です。僕は身分証がないのでお金を支払いました。マオも。小銀貨十枚でした。
「ヒスイはどういう扱いになるのでしょうか?」
「へ? あー、頭の? トカゲ?」
「……トカゲってこんな感じなのですか?」
「んなワケあるか! これは我の分だ、受け取れ人間!」
ぽーいと小金貨を放り投げました。門番は「トカゲが喋った!?」と驚いていましたが、竜だとバレたらさらに大変なことになりそうなのでもう喋るトカゲで良いような気がしました。びたん! と後頭部を尻尾で叩かれました。僕の考えがわかったんでしょうか。
ともかく、無事に街に入れました。お金はやっぱり大切ですね。
「あ、ちょっと、小金貨は多すぎ……!」
「チップだ!」
……ヒスイって結構人間のことが好きなんでしょうか?
それにしても、街に入るたびにお金が必要になるのでしたら、早急に冒険者になって身分証を手に入れたほうが良さそうですね……。僕がそう提案すると、マオも同意してくれました。この街には割と大きな冒険者ギルトがあるので、そこで冒険者登録をしようと言うことになりました。ですが、今は――……。
「とりあえず、宿屋に入ってみたいです」
「そうね、もう遅い時間だし……。ゆっくり休みたいわ。お風呂がある宿屋だと良いんだけど……」
「お風呂?」
首を傾げるとぎょっとされました。あ、いえ。きちんと知識として知っています。浴槽にお湯を入れて、裸で入るんですよね。
「きみ、一体どうやってそのサラサラヘアーを維持しているの……?」
「えっと、精霊が……」
ああ~と納得されました。実は生まれてから一度もお風呂に入ったことがありません。水の精霊と風の精霊、それから火の精霊が綺麗にしてくれていたので……。
「お風呂を知らないなんてもったいない! すっごく気持ち良いのよ!」
「うむ。あれはあれで格別な気持ち良さだ」
「ヒスイもお風呂に入っていたのですか?」
「いや、温泉だ」
温泉……。露天風呂、でしたっけ? 僕が困惑していると、「マジか」と呟かれました。ともかく、宿屋に向かって一休みすることに決めました。流石に三日歩いていたので、そろそろ普通に休みたいです。どういう宿屋が良いのでしょうか、よくわかりませんが……。とりあえず、近い場所に向かおうとしたら、マオが僕の腕を掴みふるふると首を横に振りました。
「もっと街の中心のほうが良いわ。ついでに冒険者ギルドの場所も探しましょ」
「はい」
マオにそう言われて僕らは街の中心に向かいました。僕らが街を歩いていると、物珍しそうな顔をして見てくる人たちがちらほら。そんなに珍しい格好ではないと思うのですが……。あ、きっとマオが美人だから視線を集めているのですね!
「……あ、ここが冒険者ギルドのようですね」
「文字は読めるのね」
「読めますし、書けます。ええと、冒険者ギルドには明日行くことにして、宿屋を探しましょうか」
「……む、あっちから良い匂いがするぞ」
僕の頭の上でヒスイがそう言いました。どうやら食堂兼宿屋のようです。確かに美味しそうな匂いが漂っています……。マオが「あそこに行ってみようか」と言ったので、僕はこくりとうなずきました。
その場所に向かい、扉を開けると、元気よく「いらっしゃいませー!」と言う言葉が飛んできました。
「いらっしゃい、食事かい? 泊まりかい?」
「ええと、ここにはお風呂ってありますか?」
「あるよ、ここら辺じゃうちが一番良い宿屋だと自負している!」
自信満々にそう言うので、他のお客さんに視線を向けてみました。すると、冒険者っぽい格好をした男性たちがうんうんとうなずいているのを見て、マオに視線を向けます。マオも僕のことを見て、小さくうなずきました。
「食事と泊りって一緒でも良いんでしょうか?」
「もちろんさ。泊まる期間はどのくらいにする?」
「それじゃあ……これで泊まれるくらい、お願いします。部屋は二部屋。空いていますか?」
鞄から財布を取り出し、財布の中から小金貨を取り出すとぎょっとした顔をされました。
「お前さん、んな高価なもんをここで出しちゃいけないよ」
「え? でもここでお支払いするんですよね……?」
「……何と言うか、世間知らずの子だねぇ……」
呆れたように言われました。小金貨って出しちゃいけなかったんでしょうか。きょろりと辺りを見渡すと、皆さんこっちをじっと見ています。
「なんであんな子どもが、小金貨を……?」
「ええと、この小金貨一枚で、どのくらい泊まれますか?」
「ふたりと一匹なら一ヶ月まるまる泊まれるよ」
僕はマオに顔を向けました。マオは「はぁ~」とため息を吐いていましたが、すぐに「借りる?」と聞いてきました。僕はこくりとうなずき、マオが、
「じゃあ、一ヶ月。……言っておくけど、この子に手出ししたら……怖いわよ?」
と、周りを牽制するように言いました。僕はくるりと食堂の皆さんに振り返ってから、
「冒険者志望のアイリスと申します。皆さん、よろしくお願いしますね」
そう言ってぺこりと頭を下げました。あれほど騒がしかった食堂がしーんと水を打ったように静かになりました。なぜでしょう?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです♪