1話:アイリス、15歳。冒険に出ます。
「お誕生日おめでとう、アイリス。私の愛しい子」
「……もう十五歳か。おめでとう、アイリス」
「ありがとうございます。お父様、お母様」
僕――アイリスは今日十五歳の誕生日を迎えました。お父様とお母様は僕の誕生日を嬉しそうに、そしてちょっとだけ寂しそうに祝ってくれました。
「……本当に行ってしまうの?」
「はい。お母様の故郷を、この目で見たいのです!」
「寂しくなるなぁ……。いつでも帰ってきてくれ、アイリス。月に一度は必ず連絡するんだよ。迷子になったら精霊たちに……」
「わかってますって……」
何度も何度もお父様に言われたので耳タコです。この綺麗な精霊界から人の住んでいる世界へ。人だけではなく色々な種族がいるらしいので、会うのがとても楽しみです。
「これは私からアイリスへ誕生日プレゼントよ」
「わぁ、可愛い鞄ですね」
「可愛いだけじゃないのよ~。これね、色んな収納が出来る鞄なの。大きいのも小さいのも生ものも腐らないし、熱いのも冷たいのもそのまま収納出来てね、取り出しても熱々だったりヒヤヒヤだったりするのよ!」
僕のお母様はこういう道具を作るのが趣味です。人の世界に住んでいた時は歌姫として有名と聞いていますが……。確かにお母様の歌は人を……いえ、精霊たちをも魅了する歌声なので、たまにお父様と一緒に舞台に立って楽しませてくれていました。
それがもう見られないのは少し……いえ、かなり寂しくはありますが……。
「ありがとうございます、お母様。大事に使いますね」
「うん……」
さっきまでのテンションが嘘のようにお母様のテンションが下がりました。可愛い鞄と言っても十五歳の僕が持っていても違和感のない色合いですし、リボンがあるのは……まぁ、小さいし、目立つわけではないのでオッケーです。リボンよりもボタン代わりに使われている赤い魔石のほうが気になりますが……。
お母様、これ一体……どれくらいのお金を掛けて作ったのでしょうか……。……いえ、知らないほうが良いこともこの世にはたくさんあるとお父様が言っていました。気にしないことにしましょう。
「オレからはこれを。人の世界で使うお金だ。大事に使いなさい」
「ありがとうございます。……ところでお父様……多くありませんか……?」
「うん? 人の世界で百年ばかり遊んで暮らせる金額だが……」
「多いです……」
「あら、不測の事態に備えておくことは大事よ? お父様のお心なのだから、持っていきなさいな。ね?」
……僕は自分の財布を取り出して、お父様から頂いたお金を数枚引き取ってお母様に頂いた鞄にしまいました。そして、お父様にお金を返します。
「お父様、このお金はお父様が預かっていてください。もしも足りなくなったらお父様に会いに行きますので……」
僕と精霊界を繋ぐ門は開いてくれているし……。ダメでしょうか、とお父様を見つめると、お父様はなぜか泣いていました。お母様が優しく背中を撫でています。
正直、引き取ったお金でさえ多いような気がするのですが……。まだあちらの世界の常識をあまり知らないので、なんとも言えません。一応、あちらのマナーのようなものはお母様から聞いていたので多分大丈夫だとは思うのですが……。
もしもダメだったら精霊に頼りましょう。
「いつでも来なさい、アイリス……。うう、寂しい……」
「はい、お父様」
「気を付けてね。あちらは色んな種族が住んでいるから、危険だと思ったらちゃんと逃げるのよ」
「はい、お母様。――それでは、行ってきます!」
――時間です。門が開いていくのを見て、僕はふたりに頭を下げてから門へ向かいました。
「アイリス!」
「はい?」
「よき旅を!」
「――ありがとうございます!」
こうして僕は両親に見送られながら旅に出ました。
これは僕があちらの世界を楽しむための旅。もちろん、第一目標はお母様の故郷をこの目で見ることですが――さて、門を抜けると、どこに出るのでしょうか。
ワクワクしながら門を抜けて――……。
「うーん、これは予想外でした……」
門を出てから思わず呟いた言葉。
「ここ、どこでしょうか……」
てっきり村とか街とかの近くに繋がっていると思っていましたが、残念ながら全く違うようです。見渡す限りの木々。ああ、でもここは精霊界と似ていて落ち着きます……。っと、落ち着いてる場合ではありませんでした。
「ええと、確か荷物は……あ。お母様の鞄に入れたのってどれでしたっけ」
まさか一分もしないうちに精霊界に戻るのもなんだか恥ずかしいので、ちょっと鞄の中身を整理しましょう。
まずは財布。お父様から頂いたお金と、僕がこの日のためにコツコツ貯めていたお金が入っています。精霊界では基本的にお金を使わないので、集めるのが大変でした……。僕がお父様の子だと言うのも関係しているのかもしれませんね。
「財布、テント、寝袋、ちょっとした食料、鍋、地図……」
ああ、ランタンを忘れてしまいました……! テントの中でランタンを灯すのが夢だったのに! そりゃあ精霊に頼めば灯りを照らしてくれますが、それじゃあ旅っぽくないので……。水がないのはやっぱり精霊に頼めば水はいくらでもくれるので……。
「コートに短剣……あとタオルが数枚、服やパジャマ……くらいでしょうか」
このくらいあれば多少は大丈夫でしょう! きっと!
ええと、確認も終わったので早速旅に――……。
「キャァァアアアアッ!!!!!!」
……出られないようです。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです♪