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ゴミスキル『神経質』の使い道 〜幼馴染パーティーから追放されたけど、ハズレスキル持ちで組んだら最強パーティーになった〜

作者: いんだよう

最近執筆に行き詰まっているので、気晴らしにまた短編を書きました。


「な、なんだよ……改まってさ」


 茶髪で冴えない顔のルークは、酒場で待ち合わせをしていたパーティーリーダーである『阿修羅の豪剣』ゴランの隣に座った。


 ただ座っているだけでも尚、その圧巻の気迫にルークは無意識に縮こまる。

 逆立っている燃えるような赤毛と、同年代とは思えないほどの威圧感ある相貌(要するに老け顔)。


 同じ村で生まれ育った十八年間、ずっと共に過ごしてきた幼馴染の口から告げられる。


「お前はこのパーティーを抜けろ」


 ルークはなにも言い返さずに顔を伏せた。放課後屋上に呼び出すぐらい予想できた言葉だった。


「お前に気を遣う必要などないからはっきり言わせてもらう。『荷物持ち』と言う名の『お荷物』は不要だ」


「――っ」


 ゴランの言葉はルークの心に突き刺さり、酒の入ったグラスに添えた手を動かせない。


「お前もわかってるはずだ。昔、四年前に言ったよな。『一年後にスキルを授かったら、俺たちは世界一のパーティーを目指して、いずれはギルドを結成する』ってな」


 もちろんルークも覚えていた。だが、


「――でもさ、それには続きがあるよな。あいつが言ってたじゃないか」


 ルークが言おうとした台詞は、覆いかぶさるようにゴランが代弁した。


「『その時はこの四人で、みんなで頑張ろう』だろ?」


「そうだよ。あいつの夢は僕が欠けたら叶わないんじゃないのか?」


「違う。お前がいてもいなくても、永遠に叶うことはない」


「――っ」


「だが俺の夢はな、お前がいなければ可能性があるんだよ。そのためには、足手まといを連れてくようなパーティーじゃだめだ」


 言い返すことなどルークには到底できない。なぜなら、ゴランは正論を言っているのだから。


「俺たちが出世して、ギルドを結成して、拠点を取れたら、お前もまた仲間に入れようと思ってる。お前とあいつには申し訳ないと思ってるが、それまではどっかの店でバイトでもして無事に生きていてくれ」


 優しさなのだとわかってる。自分の身を案じてくれているからこその決断だったと理解している。


 だが、そう簡単に割り切れることじゃないて、悔しくて、情けなくて、自分のスキルを恨んで、グラスを力強く握り締めるが、ヒビの一つも入らない。


「お前じゃこの先、俺たちについてくれば必ず死ぬ。……お前を守りながら戦うのは相当な負担だ。三人だけでもこれまでより高難度の依頼を受けられるだろうが、功績を上げれば新しいメンバーを募集する予定だ」


 グラスを持ち上げ、グイッと一気に飲み干し、マスターにルークの分まで支払いをしたあと、ゴランは席から立ち上がる。


「悪いな。お前なら近場で薬草の採取か手伝いでも稼いでいけるだろう。……何年後になるかはわからんが、その時まではお別れだ」


 そう言い残し、ゴランは酒場をあとにした。


 止めることはできなかった。待って、待てよ、僕を捨てないでくれと。心の叫びは虚しくルークの中で巡るだけ。

 走馬灯のように十年以上の思い出が頭に流れ、頬を伝う水滴を誤魔化すように酒を流し込む。


「……ちくしょぉ」


 脳裏を駆ける記憶をかき消そうと、ゴランが払ってくれた分をオーバーするほど、酒に弱い癖に飲み続け、ふらつく足取りで近場の宿を取った。



◇◆◇◆◇



 パーティーを追放されてから三日が経った。


 同じ街にいると顔を合わせるのが怖いため、二日かけて偶然見つけた小さな村に来ていた。


「はぁ……」


 未だルークの傷は癒えない。生まれてから三日前までは毎日顔を見てきた三人と離れたのだ。

 そんなんじゃ意味はないとわかっているが、もう一日中ルークは酒場に入り浸っている。


「なんで僕だけ、こんなゴミスキルなんだよ」


「あ、あの……」


「あ?」


 酒のせいもあるだろうが、少し怒りっぽくなっていたルークは強めに隣を睨んでしまう。

 視線の先には、びくっと怯えるように肩を震わせ、弱々しく瞳を泳がせる透明に近い水色の髪を持つ少女がいた。


「す、すみませんでしたぁ! あだっ!」


 慌てて立ったからか、少女は木の椅子に脚のスネを音が出るほどぶつけ、床に倒れて転げ回る。


「あだだだだだだだだだだだ」


 そんな馬鹿みたいな光景を目の当たりにし、ルークの酔いはすっかり醒め、思わず失笑した。


「ったぁ。ほ、ほんとに痛いんですからね」


「あ、うん。そんなわかってるよ」


「じゃあなんで笑うんですか!」


「いや……なんか、馬鹿らしくなって」


「馬鹿!? 馬鹿っていう方が馬鹿なんですよ!」


「なら君も言ったから馬鹿ってことだね」


「あれぇ? 確かに……ん? じゃああなたも馬鹿って言ったから馬鹿じゃないですか?」


「って言ったから君も馬鹿」


「これ無限ループです!?」


 結局どっちも馬鹿なことを言い合っている内、意気投合したルークと少女は、隣り合って飲むことになった。


 ちびちびと飲みながら話していると、少女の境遇がルークと類似していると判明する。


「フィレーさんもパーティーを追放されたんですね」


「はい。私のスキルが使いものにならないばっかりに……」


 力が抜けるように、フィレーは頭をテーブルに落とす。


「あだっ!」


 やっぱり馬鹿だ、という考えは心のうちに留めることにし、ルークは恐る恐る質問する。


「……答えにくいならいいんですけど、フィレーさんはどういうスキルなんですか?」


「自分で言うのも恥ずかしいんですが、スキル名は『心優しき殺戮者』というものです」


「え? なんか強そうなんですけど……」


「『対象者を殺す』という物騒なスキル効果です」


「強っ!? それのどこが弱いんですか!?」


「それが、実は……」


 フィレーが口を開こうとすると、後ろのテーブルから二つの音が鳴った。

 一つは膝をテーブルに思い切りぶつけたような音。もう一つは複数の食器をひっくり返して床に落ちた音。


 普段ならよくあることだと聞き流せるが、どうにも嫌な予感がルークの胸をざわつかせる。

 喜ばしいことなのか、嘆くべきことなのかはわからない。ただ一つ確かなことは、ルークの嫌な予感が見事に的中したということだ。


「その話詳しく!」

「そのお話、詳しくお聞かせ願えますか?」


 無視できないためルークは仕方なく振り向く。すると、強気で横暴そうな赤毛少女と、神官服を纏った一見優しそうな少女の顔が間近に迫っていた。

 フィレーも含めたこの場にいる三人全員、歳はルークとそう離れていないだろう。


「えっと……どちら様で?」


「あたしはサフィルよ!」


「わたくしはソルナと申します」


 四人と人数が増えたことで、ルークたちはカウンターからテーブルに移動する。

 割った食器をサフィルが弁償し、ソルナはぶつけたのだろう左脚を引きずっていた。


 ルークの隣にフィレー、対面する形でサフィルとソルナも大人しく席につく。


「それじゃあ……まずは自己紹介でもする?」


「そうね、でもその前に確認したいんだけどいいかしら?」


「なに?」


「あたし以外の三人もハズレスキル持ちなの?」


「え?」


「そもそもそれらしき会話が聞こえてきたから、わざわざ声をかけてやったのよ」


 偉そうな態度でサフィルが言うが、騒がしい酒場の中で、四人の空間にだけ静寂が訪れる。


「……わかったわ。そんな言いにくいんなら、あたしが最初に教えてあげる!」


 意外に空気は読めるのか、サフィルが先陣を切って自己紹介を始めた。


「さっきも言ったけどあたしはサフィル。スキル名は『情深い辻斬』っていうわ」


「うん。強そう」


「名前が強そうだから厄介なのよ!」


 サフィルは両手でテーブルを叩く。


「効果は『対象者に傷を与える』っていうもので、視界に入れば生物、無機物問わず対象になるわ」


「普通に強くない?」


「正確には、『対象者にかすり傷を与える』だけの全く使えないクソスキルよ」


 この場にいる全員が他人事ではないのだが、いたたまれないスキル効果に静まり返る。


「……無言が一番傷つくんだけど……もういいわ。次はあんたのスキルを教えなさい」


 真横で目を閉じて座っているソルナに、話を終えたサフィルが視線を移す。


「…………」


「ん?」


「……グゥ……」


「寝てるぅ!?」


「えぇ!?」


「ちょ、起きなさいよ!」


 サフィルが何度も肩を揺らすと、ソルナの頭にかかっていた神官服が取れ、額にある十字傷が目立つ。


「えっ……」


「んぁ……? んだよてめぇらぁ……」


 まだ寝惚けているのか、半開きな目でサフィルを捉えると、ソルナの右アッパーが炸裂する。


「うわっつぉお!?」


 慌てて回避したサフィルだが、拳に掠っただけの毛先が刈り取られた。

 サフィルの奇声で意識が覚醒し、目をぱちくりさせたあと、ソルナは神官服を戻す。


「なにもありませんでした。いいですね?」


「……は、はい」


 ずっと強気な態度だったサフィルまでもが萎縮し、ルークたちは声を揃えた。


「改めまして、わたくしはソルナと申します。見ての通り教会で修行していた元シスター見習いとなります」


 見ての通りならシスターじゃない、と言ったら殺されそうなので、ルークは本音を飲み込んだ。


「スキル名は『無慈悲な聖女』となっていますが、シスターとは慈悲深いものです。どうかお気になさらず」


 スキルとは所有者の性格から決定されるはずなのだが、あえて指摘をする者はこの場にいない。


「あの……どういったスキルなんですか?」


 フィレーの問いにソルナはすぐ答えた。


「いかなる傷をも癒やします。サフィルさん同様、視界に視界に入れば誰にでも使用可能です」


「なによそれ! チートじゃない!」


「ですが、治療を終えた一秒後に二倍に悪化します。その傷を治せば一秒後に四倍、それを治せば八倍と、次は十六倍と、延々と続くデスゲーム仕様のスキルです」


「それは……サフィルさんのかすり傷より酷いね」


 スキル効果が自分より下とわかると、サフィルはソルナの肩に腕を回す。


「安心したわ。あんたもこっち側だったのね」


「ええ。ですから、ルークさんとフィレーさんの会話を小耳に挟み、思わず膝をテーブルにぶつけてしまいました。お恥ずかしい話です」


 ルークから見てみると、ソルナが右手でサフィルを殴ろうとし、慌てて左手で抑えているのが見えていた。まるで、長年の癖がうっかり出てしまいそうになったような。


 そんなことは見なかったことにし、先程聞きそびれたフィレーの話を聞こうと首を横に向けた。


「フィレーさんのスキル効果は?」


 そうルークが問うと、サフィルとソルナも食いつくように耳を傾ける。

 特にサフィルとソルナがあまりの圧で見てくるため、フィレーは縮こまりながら口を開く。


「その……まず、私はフィレーと言います。スキル名は『心優しき殺戮者』と言って、お二人と同じく視界に入った対象者を殺せます」


 それだけ聞くと単なる最強スキルだが、ルークたちは知っていた。――なにかとてつもない、致命的なデメリットがあるのだと。

 確信的な予想は、やはり当たってしまう。


「殺せるんですけど、二秒後に生き返ります」


 そんなことだろうと思ってたよ。そんな声が、ルークたちの脳裏を無音で通過する。


「す、すみません。私が優しくなければこんな使えないスキルにならなかったのに……」


「いやいや、優しいなんて素晴らしいことだよ。フィレーさんはなにも悪くない。だから、謝る必要なんてないよ」


「ルークさん……ありがとうございます!」


 フィレーは勢いよくお辞儀した。前にテーブルがある状況でそんなことをすれば、どうなるかぐらいわかるだろうに。


「あだっ!」


 案の定、テーブルに顔面を直撃させ、フィレーは鼻からものすごい量の血を垂れ流す。


「ま、まずは目と目の間ら辺の鼻を押さえて!」


「え!? 上を向くんじゃないんですか!?」


「上を向くと止まりにくくなるんだよ。あと飲み込むと吐き気がするでしょ?」


「た、確かに……」


「いいから早く押さえて。あと目と目の間のおでこを冷やすと止まりやすくなるから、サフィルさん、ソルナさん、なにかない?」


「グラスはまだ冷えてるわ」


「ならそれで」



 五分後――



「ルークさん、なにからなにまでありがとうございました」


 ルークの適切な処置の甲斐あって、フィレーの鼻血は無事止まった。


「別に大したことはしてないよ」


「あんた、なんでそんなしょうもない豆知識持ってるのよ」


「いや、なんか昔から好奇心旺盛で、村の大人からいろいろ聞いてたからね。おかげでちょっとした豆知識が増えたってわけ」


「ふ〜ん。……そういえば、まだあんたのスキルを聞いてなかったわね。一体、どんな使えないスキルなの?」


 使えないスキル前提の問いだが、事実なのでなにも言わずにルークは自分のスキル名を口にする。

 三日前までのことを思い出してしまうから、考えないようにしていたそのゴミスキルを。


「僕の名前はルーク。スキル名は……『神経質』っていうんだ」


 ルークのスキル名を聴いた三人は、ポカンと目を丸くした。だが、聴き間違えではない。


「『神経質』? それだけなの?」


「……悪い?」


「いや別にそういうわけじゃないんだけど、なんかもっとこう……なんたらのなんたら、みたいな名前が普通よね?」


「……効果はすごいかもしれないよ」


「さっき自分でゴミスキルって言ってたじゃない」


「…………」


 サフィルから発せられる何本もの図星が、ルークの胸を容赦なく貫く。


「……『対象者を神経質にする』だけ」


「大丈夫よ。あんたのスキルを笑う奴は、ふふっ、こ、この中にはいないわ。ふふっ」


「笑ってんじゃんか!!」


「き、気のせいじゃないかしら。ぷぷっ」


「君のスキルだって使えない癖に!」


「あんたよりはまだ使えるでしょ! ねぇ?」


 同意を求めてサフィルがフィレーとソルナを見ると、二人は声をハモらせた。


「どっちもどっちです」


「…………」


 冷静になったサフィルが大人しく黙ると、ソルナがルークに疑問をぶつける。


「スキル名が『神経質』ならば、ルークさんの性格は神経質なのでしょうか?」


「全然違う」


「ですが、スキルには性格が反映されると教会で習いました。わたくしは除かれますが」


「僕はただ……何事も完璧じゃないと気が済まないとか、いつもしっかりしておこうとするとか、失敗しない方法を時間かけて探るとか、鼻血もそうだけど体調管理に気を遣うとか……約束を絶対に破りたくないとか……そんなことだけ」


「それを神経質っていうのよ!!」


 サフィルからツッコミが入るが、また思い出してルークの胸がチクリと痛む。

 自分のスキルから話題をそらすため、ルークは思いつきの提案をしてみた。


「今思ったんだけどさ、この四人でパーティーを組んでみない?」


 そう、こんな何気ないルークの一言から始まったのだ。


 急成長を遂げる『阿修羅の豪剣』率いるパーティーを凌駕し、ギルドを結成することにまでなる『神経質』を筆頭とするパーティー。



 いずれ来たる世界の危機。まさかその中心で戦うことになるなんて、この時の四人には想像もできなかった。



◇◆◇◆◇



 ルーク以外の三人もそれぞれ追放されたらしく、意外にあっさりパーティーを組むことになった。


 ソルナだけはパーティーではなく、教会から追放されたらしい。理由が気になるところではあるが、不要な指摘で人生を終わらせたくはない。


「で、組んだはいいけどあたしらは一体なにをやってるのかしら」


 村の田畑で鍬を振り下ろしながら、サフィルは不満そうに目を細める。


「サフィルさん、農作業の手伝いですよ。神に献上する大切な農作物。丁寧に作業を勧めましょう」


「って言いながら座ってるだけのあんたはなんなの!?」


「わたくしは教会を追放された身。神のために作業をするわけにはいかないのです」


「寝転びながら言っても説得力ないわよ!!」


 面倒くさがって寝そべるソルナを、不満ながらも真面目に作業していたサフィルが無理やり運ぶ。

 それを遠目に眺めながら、ルークとフィレーは淡々と田畑を耕す。


「こういうのんびりした仕事もいいね」


「そうですね。報酬は少ないですけど、宿代が浮くのでなんとか食べていけますし」


 何事もなく平穏が続く。だが、それだとあの約束を果たすことはできないのだ。

 とはいえ、使えないスキルを四つ集めたところで、結局使えないのに変わりない。


 焦る気持ちを心の底に隠し、ひとまず与えられた仕事をきっちり熟そうとルークが鍬を振り被った。



 ――その時、平穏を悲鳴が斬り裂く。



 最初は空耳かとも考えたが、別々の声色がルークの鼓膜を揺らす。

 他の三人も気付いたらしい。全員の顔つきが変わり、鍬を捨てて無言で駆け出した。


「聞こえた?」


「はい、間違いないです!」


「一体なにが起こったっていうのよ!」


「わたくしたちで戦力になるでしょうか」


 ソルナの言葉は、ルークたちが考えないようにしていたものだ。

 だが、なにもできないとわかっていても尚、脚を止めて逃げ出す者はここにいない。


「悲鳴が聞こえた。……それを、聞かなかったことにするなんて僕にはできない!」


 昨日はじめましての四人だが、全員の気持ちを代弁したルークを先頭に、一直線に林の中を駆け抜けた。


「――っ」


 まず目に入ってきたのは、昨日まで日常が続いていたはずの村人たち。地面に転がる数十もの死体。胴体や首が真っ二つに斬られており、地面は血の海となっている。


 ――その犯人はすぐにわかった。


 一階建ての建物一軒分の大きさを誇る生物。赤い甲羅に十本もの太く長い脚。うち二本には巨大なハサミのような形態になっている。


「な、なんで……こんなところに……」


 巨体にそぐわぬ小さな目で睨まれ、恐怖でサフィルたち三人の脚が竦む。


「Aランク魔獣グランパグルスがいるのよ」


 ルークたちにターゲット定めたのか、逃げ惑う村人たちを無視し、グランパグルスが横向きで向かってくる。


「こんなの逃げるしかないじゃない!」


村人みなさんはもう逃げました!」


「ルークさん! 一旦引き返しましょう!」


 パニックになる三人だが、ルークはぶつぶつとなにかを呟いているだけで動かない。


「ちょっと、なにやってるの!」


「ルークさん!」


 動かないルークの身を案じ、フィレーのスキルがグランパグルスを襲う。

 『殺戮者』の能力で死んだことで、動きを停止した巨体が地面に倒れる。が、『心優しき』スキルでは三秒と殺すこともできない。グランパグルスは再起動した。


「やっぱりだめでした! ルークさん、早く逃げて! グランパグルスが来ますよ!!」


 再び迫りくるグランパグルスを冷静に眺め、ルークは三人に豆知識を伝える。


「みんな! グランパグルスは横向きでしか移動できない! まず進行方向の横に避難して! あと絶対前には立っちゃ駄目だよ!」


「わかったわ!」

「わかりました!」

「了解です!」


 なんでそんなことをルークが知っているのだろうか。そんな疑問があるだろうが、とにかく今は指示に従って横に飛んだ。


 ルークの言った通り、グランパグルスはすぐに方向転換できなかった。しばらく無駄に進んだあと、グダグダと体の向きを変える。


「思いついたことがあるんだけどいい?」


「なんでもいいから打開策出して!」


「ならまず、サフィルさんはグランパグルスにかすり傷をつけて」


「え?」


「いいから!」


「わ、わかったわ!」


 グランパグルスの甲羅は、甲羅という名の装甲と呼ばれ、並大抵の攻撃では傷一つもつけられない。それも、かすり傷ですら。


 サフィルのスキル発動と同時に、その装甲には小さなかすり傷がつく。だからなんだという些細な傷だが、


「ソルナさん! グランパグルスを回復して!」


「はい?」


「急いで!」


「……あっ! そういうことですか!」


 ルークの意図をすぐさま汲み取り、ソルナはスキルを連続で発動し続ける。すると、Aランクに認定される要因となった装甲がひび割れた。


 焦ったように動き回るグランパグルスだが、移動手段が限られているため回避は容易。

 数十秒もすれば甲羅は粉々に砕け、固い装甲に覆われていた柔らかい中身まで回復(崩壊)を始める。


「キョゥゥルルルルルゥゥゥゥ!!」


 『無慈悲な聖女』に癒やされたグランパグルスは、断末魔を上げて動きを停止した。倒れた衝撃で大地が揺れ、体制を保てずルークたちは尻もちをつく。


「や……やった……」


「あたしたちが……倒したの……?」


「教会を追放されたわたくしも、今回ばかりは神に祈ってしまいましたが……」


 揺れが収まるとすぐ立ち上がり、フィレーは小走りで放心状態のルークの元へ向かう。そして、笑顔で手を差し出す。


「やりましたね!」


 林を抜けた時だろう。フィレーの髪には尋常じゃない量の葉っぱがくっついていた。『神経質』なルークは気になったが、言い出せる空気でもない。


「そうだね。本当に……」


 今は黙認してその手を取り、幼馴染の力を借りずにAランクを退けた実感を噛み締める。


「ありがとう。みんなのおかげで勝てたよ」


「あんたはスキル使ってないわよね」


「それは言わないお約束」


「まぁでも」


 飛び上がったサフィルはルークの肩に腕を回す。


「あんたの知識すごいわね! いなかったら多分、あたしたち死んでたわ!」


「元いたパーティーはさぞ高ランクだったのでしょうね」


「あー、そうかも。グランパグルスの群れを相手にしてたからね」


 その一言で場が凍った。

 信じられないものを見る眼差しで、サフィルたちはルークの顔を凝視する。


「ま?」


「ま」




◇◆◇◆◇




 ひ弱そうな手のひらがテーブルを打ち、床を突き破って木の破片が飛び散った。


「ゴラン!! どうして!!」


「お前もわかっていたはずだ! あいつはもう俺たちについてこれん!」


 激情に駆られる金髪の少女の迫力に、思わず後ずさる『阿修羅の豪剣』は、負けじと一歩踏み出す。

 どうにかしようとしてなにもできず、「あわわわ」とくせの強いもさもさな黄緑毛の丸眼鏡少女はへたり込む。


「どうして私に一言もなしに決めた!!」


「声かけたらお前は止めるだろ!!」


「当たり前だ!!」


「だからだ!!」


 互いに頭突きを食らわせ、ゴランと金髪の少女の額からは血が、瞳からは涙が伝う。


「なんで、ゴランまで泣いてんだよ」


「俺がやりたくてやったとでも思うか?」


「そんなこと……わかってる」


 困った表情の丸眼鏡少女を横目に、金髪の少女は冷静になって椅子に腰を下ろす。


「お前にもすまないと思っている。だが、このままここにいたらあいつは死ぬ」


「――っ」


「『万能な支援者』のお前でも、あいつを戦力にできなかった。それがあいつの限界なんだ」


「私が! もっと頑張れば……強ければ……そうすれば……あいつをこのパーティーに戻すって約束しろ。できないんなら私はここを抜けてルークを追う」


「約束しよう。お前が、あいつを戦力に数えられるほどにスキルを強化できるなら、このパーティーに戻す。知らない奴より十年以上過ごした奴の方が連携も取れるしな」


「決まりだ。私はもう寝る。テーブルはゴランが弁償しとけよ」


 宿屋のゴランの部屋に集まっていたが、金髪の少女は丸眼鏡少女と目も合わせず横切る。


「ティリス……」


 丸眼鏡少女が自分の名を呼ぶが、金髪の少女――ティリスは聞こえぬふりをしてドアを閉めた。


 自分の部屋に戻ったティリスは、欠かさず入っていた風呂にも浸からず、ベッドに倒れ込んで枕を濡らす。


「なんで……なんで……あのルークがあんなスキルを与えられなきゃだめなんだよ」


 昔から他の誰よりも、もしかしたら本人よりもルークのことを見てきた。だからこそわかる。ティリスは自分のことのように胸が痛む。


「あの日……スキルを与えられるまで……ゴランより強かったのに……ルークの努力はあの瞬間に消えた」


 きっと、四人の中でルークが一番、有名なパーティーにしてギルドを結成したかっただろう。

 いずれは世界一のギルドのマスターになって、王様に命令できたら面白そうと、冗談のように言っていた。

 子供の言うことだと村人は気にも留めなかったが、ティリスだけはわかっていた。――半分冗談っぽくして、本当は本気で夢見てたことを。


「こんなことになるんなら……私の本当のスキル名だけでも、ルークに伝えておけばよかった」


 年に一度のスキル取得祭の日。成人となる十五歳の子供たちは、心の深くにスキルが刻まれる。

 大半は正直にスキル名に言い合うのだが、ティリスの場合はさすがに無理だった。だから、咄嗟に『万能なサポーター』と言って誤魔化したのだ。


「私の柄じゃないんだけど、ほんと……性格を忠実に再現してくるんだよな」


 探知や回復、強化などのサポートする超常的な力を扱えるようになるから『万能なサポーター』と偽っていた。

 だが、目を瞑って自分の奥へと潜った先にあるのは、そんなまともなものじゃない。


「本当は……『一途な乙女』だって……やっぱ、こんなのルークに言う勇気、私にはないな」


 せめて夢の中だけでも、十年以上も恋している相手と話せますように。そんな願いを涙に込めて、湿った枕にティリスは頭を乗せた。







 刻印名『ティリス』

 スキル名『一途な乙女』

 スキル効果 対象者への想いが強く、想っている期間が長ければ長いほど効果が強まる。サポート系の超能力を大半扱える。




思いつきで書いたので、キャラ名やスキル名などは書きながら考えたものですが、なんとか形にはなりました。

コメントや評価があれば連載するかもですが、需要がなければこれで終わりとなります。

読んでくださった方、ありがとうございます!




刻印名『ルーク』

スキル名『神経質』

スキル効果 対象者を神経質にする。


刻印名『フィレー』

スキル名『心優しき殺戮者』

スキル効果 対象者を殺す。ただし、二秒後に生き返る。


刻印名『サフィル』

スキル名『情深い辻斬』

スキル効果 対象者にかすり傷をつける。


刻印名『ソルナ』

スキル名『無慈悲な聖女』

スキル効果 対象者のいかなる傷をも癒やす。ただし、一秒後に倍まで悪化する。


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公のスキルって結構使えますね。 対象を神経質にして常に怒りっぽくして相手の評価を下げたり(自滅待ち)、ノイローゼに追いやったりのデバフ系、みんなのこれという目標に向けての完璧を求める、妥…
[気になる点] タイトル詐欺。主人公スキル使ってないやん
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