ハレの日に浮かぶ雲
縁神社。
小さい神社だけれどもその名の通り縁結びの神様を祀っていて、そのご利益がいいとかで参拝に来る人も多いし、そこで結婚式を挙げる人も多い。
今日はここで一組の結婚式があげられている。
夏目杏は新郎の友人として参列していたのだが、非常に気分は浮かなかった。別に新郎とは特別な関係ではない。彼とはただの中学高校での同級生であり、たまたま同じ会社に就職しただけという関係だった。
自分から参加したいと言ったのにもかかわらず、このハレの日を迎えてしまうのが嫌で、そしてこの席から早く逃げだしたかった。
「花嫁さん、綺麗だったわね」
「本当ね。やっぱり光喜くんと麻紀さん、お似合いだったわね」
自分の目の前では着物姿のおばさまたちがそう新郎新婦を褒めている。
たしかに二人は似合っていた。二人が微笑みあう姿はまさに眼福ものだった。だけれど、なぜか自分の中に大きなしこりとなって残っている。
「はぁ、私ってなにを考えているんだろう」
彼の隣に立つなんて今まで一切、考えたことはなかった。それなのにもかかわらず、しこりとなって残っているということは。
そこまで考えた私はううんと首を振る。
彼の晴れ着姿は目について離れない。それくらい自分は……――――
昔から彼は自分と仲が良かったと断言できる。
『その服、めっちゃ似合っているよ』
中学の文化祭のとき、じゃんけんに負けてメイドさんの格好をさせられた自分にこっそり声をかけてきたのが最初だった。別にお高くとまっていたわけではないけれど、あることが原因で孤立していた私にまさか声をかけてくるなんて思ってもいなかったのだ。
『今度、一緒にお昼ご飯に行かない?』
『その映画、面白かったよな。今週末、もしよかったらこの映画見にいかない?』
その日以来、彼はしょっちゅう私に構うようになり、高校に進級してからも休日に勉強会と称してお昼ご飯を食べに行ったりとか映画を観にいったりするようになった。しかし、それらはただの友人というだけで、特別な関係になることはなかった。
そんな彼とは別々の大学に進んだ。なりたいものが同じだったから、同じ大学に進むだろうとか考えていたけれど、蓋を開けたら全然違っていた。彼は一流大学で私は二流大学。それからは一切、彼とは連絡を取ることもなく、大学で出来た友人と一緒に遊ぶようになった。
それから四年後、入社式で彼と再会した。
まさか、彼と会うことはないと思っていた自分だったので、少し運命だと感じてしまっていた。
「舞いあがっていたんだろうなぁ」
フラフラと公園に行き、せっかくの晴れ着が汚れるのも気にせずに芝生に腰を下ろした。
空を見上げると、太陽がまぶしかった。
二か月前、いつものようにお昼ご飯を一緒に食べていると、いきなり彼が切りだした。
『今度、結婚することになったんだ』
『へぇ』
その言葉に私は驚かなかった。もう私も彼も二十九歳。結婚してもおかしくない年齢ではある。それに彼は優しい。だから、彼に助けられたら、どんな子だって恋に落ちるだろう。
『驚かないんだ』
私が驚かなかったことに彼が驚いていた。
『うん。光喜君って優しいからさ。ちなみにどんな子なの?』
『あはは。杏ちゃんがそう言ってくれるとは嬉しいな。小学校のときの幼馴染だよ。っていっても、こっちはずっと忘れていて、向こうから俺んちにいきなり来たんだよ。要は押しかけ女房ってやつ?』
私が素直に言うと、照れる光喜君。
しかし、そんな押しかけ女房って現代でもあるんだとちょっと感心してしまった。というか、その子って結構な行動力だな。
羨ましいな。
『ふーん』
そう言いつつも、イフのことを考えてしまった。
もし、それが私でも同じことをしてくれたのかな? ってね。
『ねぇ、光喜君の結婚式呼んでよ?』
そのときの彼の顔は忘れられない。まさに鳩に豆鉄砲を食らわせた顔っていうやつかな。自分でもなんでそんなことを言ったのか理解できなかったから、彼の表情は仕方ないと思う。
『え? いいけど、なんでまた?』
『なんかさぁ、光喜君のハレの日の格好なんて想像つかないからさ』
そんな馬鹿な。彼が、彼のハレの日の格好なんて後からいくらでも、写真でも見れるじゃないか!!
自分でも馬鹿らしい理由だった。
『なんだ、そんな理由でか』
『え、じゃあどういう理由だと思ったの』
でも、彼は違う意味にとらえてくれたようだった。なぜだか苦笑いしている。
『結婚式ぶち壊すとか、ね。かつてクラスで大暴れした『破壊神』夏目杏ならやりかねない』
ああ、そんなこともあったね。
私がクラスで孤立する原因になったあの事件。
ある女の子が『最善』を行使しようとしたのに、その『最善』を受けいれたくない人たちが彼女をフルボッコしようとしたから、見かねてその集まりに乗りこんでしまったのだ。どうやら先生たちも公認の集会だったようで、私は『破壊神』という不名誉なあだ名をつけられた挙句、だれからも相手されなくなったし、彼女も『最善』を行使できなくなった。
そのことを彼は覚えてくれてたんだ。懐かしいね。あのときに被害に遭った彼女は今、元気なのかな。
でも、そんなのは理由ではない。別に破壊しようなって思っていないからね。
『冗談やめてよ。そんな罰当たりなことはしないよ。ちゃんと祝うから』
『本当かなぁ?』
最後まで彼は私を信じていてくれたようだ。
でもね、光喜君が言ってた通りになっちゃったよ。ちょっとだけ二人の結婚式を破壊したいなんて思っちゃったからさ。
「はあ、なんでこんな日に限って晴れてるの……――?」
結婚式は破壊しなかったけれど、私の気分は最悪なものだった。こんなことなら体調不良とでも言って欠席し、ご祝儀だけあとから渡せばよかったかな。
「雨でも降ってくれればよかったのに……」
ちょっとだけもこの気分に蓋をしたい。こんな燦燦と晴れているから、ふさぎたくてもふさげないよ。
「いまだけ、すこしの間でいいからお日様を隠して。私が気持ちに蓋をするまで……」
どれくらいここで日向ぼっこしていたんだろう。気づいたら、少し日が陰ってきていた。
不意に背後から楽しそうな声が聞こえ、そちらを見ると、いかにも新婚さんという様子の二人が歩いている。しかし、遠くにいる自分には気づいていないようだ。
「ねぇ、今日の夕ご飯なにが食べにいく?」
「そうだな。でも、せっかくだしあのレストランにいこっか」
「うん」
だんだんと遠ざかっていく二人の声に日常の生活が戻ってくる……ううん、今日もいつもと同じなんだ。私は自分にそう言い聞かせて彼らに声をかける。それは決して届くことはないもの。
ようやく私は自分が泣いていることに気づいた。
自分が彼のことを好きだったことにも気づいた。
「じゃあね」