黄昏の果てに
散文に近いものかもしれません。どうぞゆっくりとお読みください。
赤い。全てが赤い。全てが赤に包まれている。
その時間、世界は一方のみから光を浴び、どの色も赤に侵食され、美しく、果敢無く、世界を彩っていく。生きとし生ける者の全てをその世界は包み込み、まるで音楽の様に、彼らの体の芯へと沁み込んでいく。善き人も、悪しき人も、世界は包み込んでいく。それは、快楽の感受の様に、或いは、死の訪れの様に、何処までも平等。
赤い。全てが赤い。全てが赤に包まれている。
その赤を見つめる者が一人。二人。三人。それぞれ違う場所で、同じ物を見ている。違う時を生き、違う世界を生き、違う経験を生きてきた彼ら。
だが、世界にとって、彼らは同じ物だった。
例外などない。世界にとって、全ては同じ物なのだ。
赤い。全てが赤い。全てが赤いに包まれている。
その赤の中で、一人きりの若者が、同じように包まれていた。赤い世界により真紅に染まった双眸は、世界の赤の根源をただ見つめている。その目、その口、その耳、その肌より、赤色が沁み込んでいったとしても、若者は抵抗しない。
赤い世界は若者を包み込み、だが、若者に気付いてはいなかった。
若者はその赤を受け止め、静かに、静かに、その奥を見やった。静かに、静かに。その世界の終わりを見守った。
幾度となく繰り返される営み。
幾度となく繰り返される行い。
今、赤い世界は死ぬ。全ての赤は消え去り、生きとし生ける者から抜け出していく。そして、彼らは生まれ変わるのだ。未来に。未来の果てに。
赤い。全てが赤い。全てが赤に包まれている。だが、この赤ももう消える。
若者は消え行く赤を見つめ、その色を目に映し続けた。
赤を生み出していた母親が、次第に大地へと飲まれていく。若者はその偉大な存在を見つめ続ける。消え行くその存在を、見つめ続ける。
そして、若者は音を産んだ。口元から、溢すように、音を産んだ。瞼からは雫が漏れ、赤い世界で流れていく。赤を生み出した母親が、消えるまで、雫を漏らしながら、若者は世界を見守った。
その脳裏を駆け抜けていく。
もう戻らない過去。輝かしい過去。手に入らない過去。
全てを失った若者も、全てを有していた若者も、世界にとっては同じ物だった。
若者は赤い風に髪を靡かせ、目を伝う滴をその風に渡した。風は若者の雫を貰うと、小さく歌う様に、去っていった。
その風を見送り、若者は再び世界を見つめた。
赤い。全てが赤い。全てが赤に包まれている。しかし、その赤も、もう消えた。