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第95話 燦燦と雨

(ねえ知ってる?)

(世界の敵の存在を)

(世界を護るわたし達を狩り尽くさんとする暴力を)

(わたし達SAITは知ることのなかった恐怖を教え込まれることとなった)

(SAITに向けられた牙はやがてわたし達の最も大切な人をも害すでしょう)

(おかあさん、おかあさん、わたし達は負けてはいけないの、仕留めなければいけないの)

(なのにどうして腕が動かないの、足が折れてるの、頭に銃弾が飛んで来るの)

(ああ、出逢ってしまった。白い装束でわたし達を屠る凶刃と出逢ってしまった)

(倒さなければならないのに恐ろしくて逃げたくて叫びたくてたまらない、これがわたし達の死)

(ああ月が澄んでいる、こんなにつめたい冬の夜に舞い降りて来るものは雪ではなくて)

――「白銀の死神!」






ミラクル・ヘヴンリー()・スカイブルー()よ」








敵だったものの欠片が飛び散って頬に付着する。汚いけど顔で良かった。血や泥の染み抜きは手間がかかるし生地も傷む。おとうさんに借りたままのコート、返す必要はないって言われてる。だから気が済むまで着てようと思う。

以前それを口にしたら

「体に合っていない服は捨てろ」

とか本人に言われたけど、エフィリスが袖と裾を詰めてくれるし、背が伸びる度に直してくれるからそこまで動きにくいものでもない。流石に首回りや胴回りはどう頑張ってもだぼつくけど、物を隠し持てるから別にいい。それも言うと

「余計なものを持つな」

って怒られるけど。うるさいな。



いけない、過去のことより今の方が大事だ。

倒した敵の装備を漁る。止血帯や携帯食料のひとつひとつが貴重な資源だ。何人殺したってもらえるものをもらっておかないとジリ貧になる。

ポーチの中に手を伸ばすと、固いものに触れる。摘まんで掌の上で転がす。窓から射す月明かりに照らされたそれは青い石だった。私の、私達の瞳の色によく似ている。

「何かしらこれ」

SAITが特に意味のないものを持つようにも思えないけど、こんなもの私は知らない。新しい装備にしても使用用途がわからない。


ふと、反射する光に不自然な方向からのものが当たっていることに気付きその場を飛び退く。

瞬間、私の立っていた場所が焼け焦げる。

「狙撃兵が残っているのね」


戦場に来るまでに地形を頭に叩き込めとおとうさんに散々言われていたから、今回もそうしている。

私達だって少しずつ拠点を移動しながら生活して、今は廃病院に居を構えている。人類の多くが死に去った後の世界は時に濃厚な「そこにあった生活」のにおいを感じて気持ち悪くなることも多いけど、実際生きて動いてこっちを狙ってる敵はやっぱりそれとは比べ物にならない。相手が持つ情報は事前に入手できるものばかりではないからこそ準備が必要なんだ。


ここは海沿いの廃工場で、だだっ広い敷地の中で同じような建物が複雑に絡み合うように接している。だから私からも敵からも位置が分かりづらいはずだ。セルシオルが事前に分析した構内図がなかったら、リアナに教えられた弾道の読み方・狙撃手の動き方を覚えていなかったら、私一人で動くことは無理だったかもしれない。

そもそもここがSAITの隠れ拠点の一つだってこと自体、エフィリスとおとうさんが地図を広げて地形がどうの気候がどうの話し合わないとわかりっこなかった。



でも今の私にはそれら全部がある。正しい道のりが、気を付けるべきポイントが浮かび上がるように見えてくる。

走る。

走る。

さっきの弾を撃てる人間がどの高さにいるか、狙撃に失敗したらどこに移動するかくらい想定できる。

そしてその通りに移動するのが罠だということも!



ミラクル・ヘヴンリー・ヘッドショット!

とでも言っておこうかしら。言う暇なかったけど。

構内を走る途中、急停止して空気の乱れを感じた箇所に2、3発撃ち込むと上から敵の身体がどさっと落ちてくる。

「梁の上に一人ギリギリ構えておけるだけのスペースがあることくらいわかるわよ、私と同じ体格なんだもの」

呆気なく事切れた敵にそんな言葉かけたって聞こえないけど、何も言わずに去るのはミラクル・ヘヴンリー・スカイブルーっぽくない。


今のが私を仕留めるための人員だったと思うと、これまで相手してきた人数と展開された戦闘の規模からして、おそらく残りは狙撃手一人。私がその場所を誰より早く見つけられたから、そのまま制圧すべきだ。

なんてね。




ひときわ高い煙突の根元で爆発が起こったのが窓から見えた。

黒煙を背におとうさんが歩いてるのも。

ここまでやったらもう大丈夫。

だってほら、あちこちで誘爆が起こって、逃げ惑う人が人じゃなくなる瞬間が見えるもの。

「やっぱり残ってる兵それなりにいたんだ」



おとうさんはよくあちこちを爆破させる。

やり過ぎだとセルスに、火薬の無駄だとリアナに言われることも多いけど、倒せる敵は倒すに越したことはないと思う。それに燃え広がる炎がおとうさんを中心に舞い踊っているようで、見ているとわくわくする。





「おつかれナッツ、ミウ!おかえりのキスしようぜ!」

さっきまで戦地だった爆破会場の真ん前に躍り出てくるパパの運転する車に乗り込む。

私達が車に乗る時、運転する人が好きな音楽をかけてもいいという暗黙の了解みたいなのがある。私が運転できるようになったらミラクル・ヘヴンリー・スカイブルーのテーマを流すのにな。


おとうさんはラジオをかけることが多い。政府の放送だけど、それを踏まえてでも拾える情報は拾った方が良いって。

リアナはそもそも無音のことが多い。外の音に耳を澄ませてる。

エフィリスはジャズとかちょっと古い歌とか、聞いたこともない遠い遠い国(だった場所)の音楽とか。

ハルカはとにかく速いやつとか、機械がぴこぴこ鳴ってるやつとか。


そしてパパは。

「今日はこれいってみよー!」

「相変わらず辛気臭いな」

「えー、そんなことないって。なっミウ!あれ、ミウ?」

「……はっ!呼んだ、パパ?」

眠くなるような音楽ばっかりかける。


「違うってこれは組曲だから第三楽章ですごい盛り上がるんだって」

とか言われることもあるけど、第一楽章を最後まで聴けたためしがない。そもそも楽章がなんなのかわからないって言うとパパはちゃんと説明してくれるけど、その説明が眠いのだからもうどうしようもない。




後部座席でドアの方にもたれかかる。掌の上では拾い上げたまま持ってきてしまった青い石が私と同じように微睡んでいた。

微睡む。

微睡む。

二人に挟まれていない状態で眠りが近くなると時折、物心ついた頃の記憶がぼんやりと思い出される。それが本当の記憶でも私の頭の中で勝手に作り上げられたものでも、そんなに楽しいものではない。

かしゃんかしゃんと何か長くて重いものが揺れる音がする。

さあさあと長い髪と布が擦れる音がする。

そんな時に目を瞑りたいのに、視界に否応なく入ってくる抜けるような青。その青で私は全身が射抜かれるように感じて……





「っ!」

珍しく焦ったようなパパの息遣いと急ブレーキで一気に目が覚める。

どうしたのパパ、そう言うより前におとうさんの目線を追うと気付く。

建物の上から煙が上がっている。

遠くて、高くて、この地帯全体を見渡せる場所から煙が上がる。それが何を表しているかなんか、二通りしかない。


ひとつは、そこで戦闘が起こっている。

でもその人はすごく強くて、戦闘に持ち込まれる前に処理できるはずだから、たぶんもうひとつの方が正解。




リアナが私達に緊急で伝えている。

自分の居場所がばれてでもすぐに伝えなきゃいけないことがある。

そんな事態、ひとつしか思い浮かばない。そしてそれが合っているという奇妙な確信もある。



――セルス達が襲撃されている。

ううん、そんな生易しいものじゃない。それで済めば、リアナだけで対処できる。そんなことではリアナは揺らがない。




だから、だから、起こってることは――!









病院の裏口側、少し離れたところに車が停められる。いつもと同じ、静かで暗くて冷たい夜。

だけど車を降りた瞬間、それとはまったく違う寒気を感じて足が竦む。

思わずぎゅっとおとうさんの服の背中側を掴む。ふと顔を上げると、右側からパパも同じようにおとうさんに掴まってることに気付く。その手は見たことないくらい震えていた。二人の表情は暗くて見えない。


「ミウ。10分だ。10分経って戻って来なかったら、ハンドルの左のスイッチを入れて運転席の下のレバーを踏め。自動運転モードに切り替わる」

「えっ、おとうさ……」

「来るな」


言うと同時におとうさんが、パパが走り出す。

なんでよ、どういうことよ。待ってよ、置いて行かないで。

そんな言葉の一文字すら届かないくらいすぐに背中が見えなくなる。

私はそんなに遅くない。全然遅くない。SAITを翻弄できるくらい速い。

それに私は強い。みんなと一緒に戦えるくらい、SAITを蹂躙できるくらい強い。

そのはずなのに。


どうして引き離されるの。





走る。

走る。

走ってるのに。

こんなに走ってるのに。

よく知ってる場所なのに。

よく知ってる建物に入るだけなのに。



どうして届かないの!?







終わらないんじゃないかってくらい遠かった病院の1階に辿り着き、物音ひとつしない廊下を歩いていると、ふと後ろから気配を感じる。

不思議と敵意は感じないし、それに遅い。

銃を構えて振り返る。


「――っ!」

「静かに、ミウ」

潜められた声の主がわかり銃を下ろす。

「セルシオル!おとうさんとパパが!」

「ああ。どこまで理解している?」

「えっと、リアナが合図を……出して……」

はっきりしない私の言葉を遮るように棒状の記憶媒体をポケットから出して見せられる。

よく見たらべっとりと血が付いている。




「これを託された。逃げるぞ」




誰に。

誰の血。

そんなこと聞かなくてもわかる。




だってそれがパソコンに刺さってるのを見たことがあるから。

誰の持ち物なのかくらい知ってる。

光るコントローラー、理不尽な死や不幸が降りしきる世界、夜更けに語られた決意、格好いい歌声。全部知ってる。


目の前の人が、立っているのが不思議なくらい傷だらけだってことも、聞いたことない涙声だってことも、それでも私の手を引いて出口の方に向かっていることも、ちゃんとわかる。






「……」

「……」

聞かなきゃいけない気はするけど、訊いちゃいけない気もする。

二人を探しに走り回りたいけど、この人の手を振り払っちゃいけないとも思う。

私の心拍数は上がっている反面、彼の心臓が止まらないか不安になってくる。



手を引かれているのか、私が彼の手を引いているのかわからないくらいの遅さで出口に辿り着いた頃には、目が慣れてセルシオルの状態もよく見えるようになっていた。

四肢が繋がっているのが不思議なくらいの深い裂傷。鼻や顎の骨も折れてるかもしれない。止血を申し出ようとするも制止される。一刻も早く離れなきゃいけない、そんな意志が伝わってくる。




一歩外に出ると、びっくりするほど空気が澄んでいるように感じられた。

数分前も外にいたはずなのに、病院の中は全身が何かに絡め取られるくらい重い空気に満ちていたような気がする。気の持ちようと言われればそれまでだけど。とにかくセルシオルを車まで運ばないと、このままじゃ。

肺を冬の空気で満たし、二歩目を踏み込もうとしたがセルシオルは動かない。

――そして私も気付く。






正面に誰かがいる。

血が凍るくらいの寒気がする。

月の銀色が蒼く見えるくらい輝いている。

その下に一人、たった一人。

顔の横で結わえた長い銀の髪、射抜かれるような青。

鞘に収まった長剣、血に染まった白い軍帽、白いコート。


微睡むような悪夢の住人?

いいえ。これは現実だと心が悲鳴を上げる。

倒さなければならないのに恐ろしくて逃げたくて叫びたくてたまらない。



その人はあまりにも優雅に微笑む。

私と同じ顔で、私とまったく違う笑顔で、私とまったく違う声の出し方で、完璧に正しい所作で一礼する。

「またお会いできましたね」







ああ。

月が澄んでいる。

こんなにつめたい冬の夜に舞い降りて来るものは雪ではない。






「おかあさん」







私達の死が来た。




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