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第94話 愛を誓って、たったふたりで

【Dreaming World 誕生史】


混沌という母の胎を切り裂いたのは時のうねりである。

うねりはやがて大きな蛇となり、乳白色の虚無を丸呑みした。

虚無はぐねぐねと広がり、やがて過ぎ去り物質が誕生したが、膨張しきった蛇の腹はなおも過去に未来に無限に伸び続けている。

これが宇宙の誕生である。



蛇の卵から生まれた神々は混沌の残滓を集め、物質の中で母の加護を見失わないよう周囲に光を散りばめた。それらが星である。星は熱を帯び波を起こし、互いの持つ力と力で遠ざけ合い引き寄せ合い、衝突しては壊れて森を産み、遥か彼方に飛んでは弾けて海を産み出した。それらが一定の規則によってなされることで天体の運行図が描かれ、さらに細かい律動に基づいて生命が生まれることとなった。



森の知恵、海の泡沫、神の雷、星の起こす波。これらはすべて「動き」である。時のうねりもまた「動いている」以上、宇宙に存在しているものはすべて「動いている」のである。これらの「動き」のすべては律動、旋律、和声を基礎とし膨大な数を積み上げることで存在を知らしめることができる。

例えば生命のあり方でさえも宇宙がもたらす音楽に運命付けられているのである。




尾を持つもの。

羽根を持つもの。

長い耳を持つもの。

手が6本脚が3本あるもの。

山岳よりも巨大な牙を持つもの。

色とりどりの髪や肌や瞳を持つもの。


言語を取得するに至った数々の生命体はそれぞれが観測した音楽と星図のままに生き、星の回転周期に対する割合で生きる時間を決め、自らが持つ情報に忠実に崩壊していく。


だからこそ、音楽を生命が自分の意思で奏でることは夢であり途方もない希望だった。

そんな奇跡を可能にする技術「魔法」を精霊はある種族に授けた。

それこそが「人間」。魔法使いになることができる種族である。










「突拍子もない始まりね」

「ファンタジーなんですよ。わたしの子供の頃からの空想を弟が大人になって得た技術で再現してみた、二人だけの手遊びみたいなものです」

「空想ねえ。でもさっきのゲームは街とか結構栄えてたし社会もそれなりに発展してたみたいだけど?魔法とか精霊とかなくなかった?」


裏設定の書き留めてある紙を、眠い目を擦りながら必死で読んで流石にショボショボしてきた。

でもセルスは気にせず喋り続ける。ちょっとは気にしてほしい。



「ファンタジーの質感を高めるために作り込めば作り込むほど作中の時間の流れはいつの間にか加速しています。中のキャラクターが勝手に行動し、国境が引かれ、種族間で支配構造ができ、帝国が興り、民衆に滅ぼされ、どこかの種族が滅び、文化が花開き、時代の流れでそれが潰え、他のどこかで戦争が起こり、経済が変化し、また別の文化が生まれました。その歴史と文明で出現するはずもないような要素ーー思想であったり、技術や道具であったりーーでテコ入れしても、じわじわとそれが普通のことみたいに広まって大きな流れに組み込まれていきます。私の作った幸せな幻想は勝手にどんどん現実に近付いていくんです。現実に寄ってしまえばこんな結果が待っているのに、です」

「セルスは今の世界が嫌いなの?」



はぁ、とわざとらしくため息をついてセルスは続ける。



「現実は本当にしょうもないですよ。しょうもないなりに頑張りましたけどね。大戦の後、人口も土地も大幅に失ったわたし達はそれでも生き残るすべを探していました。その中でわたしと『彼女』は意見が正反対に分かれて、関係すらも修復できなくなりました」


彼女が窓の外に目を向けながら淡々と話し進める。私と関わりが深い話だとすぐわかったので、また強めに目を擦る。

ねむい。


「はじめはメガリカを運営するための公正な税負担のため物資の正確な把握が推し進められていたんです。でも何もかもを数値や文字で測ろうとして、捉えられないものを無理矢理枠にはめこんで、はみ出たものを排除していった先にあるのは、すべてが統制された管理社会。わたしにはどうしてもそれが無理だったんです。だから彼女の前で、彼女のすぐそばで、あえて極端な立場を取りました」

「極端な立場?」

「人間の可能性を信じるべきだと、何年かかってでも失われた世界を取り返してメガリカを出るべきだと」

「……」

「愚かだと思いました?」

「無理でしょ」

「無理なんですよ。何十年かかっても外は人が住める土地ではないんですよ。それに向こうは立案する人もいましたし、権限も保証されていました。でもわたしで十分でした。抑圧された人、抑圧に怯えている人を煽動して、戦後の世界を更に二分するには」

「抑圧って、エフィリスみたいな?」

「エフィは自由を愛していますし、リアナは秩序に縛られては生きていけませんから」



たくさんの矛盾。

ふんわりとした諦め。

彼女の言葉の曖昧さの中から見える意志の輪郭に私は手を伸ばす。



「セルス、あなたは戦争を起こそうとしたの?」

「いいえ」

私の顔を見て彼女がふっと目を細める。

「彼女に死んでほしかっただけです」



私は自分の顔が誰と同じものか知っているから、それを聞いて冷水をかけられたような気分になった。



「あなたのことは憎くないですよ、彼女のことも憎かったわけじゃない」

「……」

「ただわたし、もともと結構目立つ職業でして。たまたま生き残ったから彼女達の広告塔に抜擢されたようなものなんです。政策の正当性を広めるために彼女達とたくさん仕事をしてきました。でも」


すっと息を吸い込む音が聞こえる。



「わたしは思ってもいないことをうたい続けられる歌手ではなかった、それだけです」

「何を歌いたくなかったの」

「すべての人への平等な愛です」

「愛?」



意味がわからない。それがあやふやな概念だということだけは知っている。

「よくわからないけど平等なのは良いことでしょ」

「それが政策や制度の話ならわたしだって反論はありませんでした。問題は、わたしの心の中を勝手に決めつけて、いえ。わたしの心などないというように彼女達の世界の聖女に祀り上げられそうになったこと。すべての命に愛を注ぎ世界を見守り人生すべてを幸せへの祈りにかえる象徴にさせられそうになったこと」

「それは嫌なことなの?良いことをしているんじゃないの?」

「まったくよくないです」



きっぱりと言い切るセルスの顔に横から朝の光が差し込んでくる。


「わたしには特別な人がいます。わたしだけの心の中の世界を昔からただそのまま受け入れ続けて、形にするすべをくれた人が。その人と笑い合ったり喧嘩したり、思い付きで色々なことを試したり、一緒にどこかに出かけたり、隣で眠ったり。そういうことが、メガリカすべての命が平和な環境下で幸せになることより、誰もかもが満ち足りた生活をして笑顔が絶えない社会になることより、ずっとずっと大事なんです。みんなのわたしになんかなりたくないです」



天蓋つきのベッドの中には光は直接差し込まない。


「この子だけがわたしの愛なんです」


降り注ぐのは、きっと彼女を通したものだけだ。



「わたし達は家族だから死ぬまで一緒です。この子への、この子と作った世界への愛を守り抜きます」


セルスはもう覚悟を決めているんだ。

大切な人と一緒にいて、死ぬ覚悟を。


それでも私は。

「愛って、わからない」


そう口にすると、セルスは目をまんまるに開いてからゆっくりと細めた。

「そうですね、あなたにはもっと身近な例で話した方がよかったですね、ミウ」

「どういうこと?」

「わたしが言ったってこと、あの人達には秘密ですよ」

「あの人達……?」

「イグナーツ、わたし達の味方を全滅手前まで追い込んだんですよ」

「えっ」



話の急な展開にびっくりして一気に目が覚めた。



「彼は敵でした。友を、恩人を、殺し尽くした悪魔のような……いいえ、悪夢みたいな人でした」

「おとうさんはそんな……」

「そんな人だったんですよ。正直一刻も早く死んでほしかったですね。彼一人生きてるだけでわたし達には絶滅が見えていました。わたし達の心臓が今にも握り潰されそうな大きい掌の上にあるような感じですね。毎日怖くて怖くて物音ひとつに怯えていました。あなたも知ってるでしょう?彼の強さ」

「……うん」

「彼は特殊部隊を率いて、それどころか時には一人だけで、何の感情もないような目で『彼女』の命令のままに完膚なきまでの殺戮を繰り返してきました」

「……っ」



どうしてあなたが。

SAITがおとうさんに向かって吐いた言葉が甦る。

あれは、かつての上官の裏切りに対しての言葉だったんだ。


どうして。



そう、じゃあどうして。




「でも彼はある時急に姿を消して、ぴたりと攻撃が止んだんです」

「それで、どうなったの?」

「安心してばかりもいられませんからね。リアナに先導してもらって森とか人があまりいない場所を捜索してみたんです」





密やかにセルスが語る過去に耳を傾けていると、俄に扉がドンドンと乱暴なくらい大きな音を立てた。



「はーい、どうしたんですか」

「ミルフィアリスがいなくなった。知らないか、セルス」

「あっ」




扉の向こうから聞こえるおとうさんの声。

すっかり明るくなってしまった窓の外。



寝室を抜け出して徹夜で遊んで過ごしていたなんて、知られたらまずい。

やっちゃった。セルスの顔にもそう書いてある。

セルスと顔を見合わせて、ベッドの下のスペースに潜り込もうとしたところで扉が開けられ、無情にも足首を掴まれ引きずられて部屋を後にした。



おとうさんは何も言わないけど雰囲気でものすごく怒ってることが伝わってくる。肩の上に担がれながら、どう言い訳しようか考えてた。

おとうさんの部屋に向かう途中、ふとセルスの話の最後が頭をよぎる。


きっとこれはずっと秘密の話。





ーー彼がいたのは、今にも海に落ちそうな断崖の上でした。血まみれのミナギを両腕で抱き締めながら、地面に擦り付けるほどに頭を深く下げて乞われました。

何でもするから、自分はどうなってもいいから、今殺しても拷問しても捨て駒にしてもいいから、と。




「こいつだけは助けてくれ」

と。


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