第90話 八人と一人
セルス・アルトシュロス
「ミナギくん、イグナーツくん。わたしはもうあんな光景見たくないんです。言わなきゃわからないんですか?」
セルシオル・アルトシュロス
「姉様を傷付ける存在は許さん。処分する」
エフィリス・オリバー・ウィリアムズ
「うーん、でも理由の一つや二つくらい聞く時間の余裕はあるだろう?ミントティーを淹れたからどうぞ」
リアナ・バイ・シャーレイ
「ミナギ、奥歯抜いて責任取れ」
ミナギ
「劣勢だなあ」
イグナーツ・クロム・バレット
「……」
ハルカ・ジーナ・アスカイ
「イグナーツ。あんたが何も言わなきゃ歩み寄れないよ?」
アンソニー・フォンテーヌ
「お、おれ。わるいやつ、わかる。こいつわるいやつ」
テーブルを囲んでいる八人が真剣な顔で......いやパパは真剣じゃなさそうだけど、とにかく私の処遇について話し合っているらしい。パパの膝の上に座ってるけどものすごく居心地が悪い。
それぞれの名前はパパが話の最初に紹介してくれたけど、それですら何人かには嫌な顔をされた。
「ミルフィアリス、ここがどういう場所かわかるよな?」
急にパパが私に話を振って来た。
「病院でしょ」
ここにいるみんな、30歳よりは若く見える。特にハルカなんか20歳にもなってないくらいなんじゃないかって。でもそれじゃおかしい。きっとほんとはずっと年上なんだろう。
30年くらい前、すごく危険な病気が流行ったことは知ってる。すぐ死んじゃう上に伝染する病気で、世界の総人口が1%以下になったとか。しかも体内ですぐに変性するからワクチンも作りにくくて、耐性のある遺伝子を持つ人だけがクローンで子供を増やすことができた。
それが普通の人間。
だから20代以下の女の人は全員私と同じ顔のはずだ。
同じように、男の人はみんなパパと同じ顔をしている。
もちろん怪我をしたり髪を染めたり髭を伸ばしたりといった要因で見た目がそれぞれ少し違うことはあるけれど、ここにいる人達はそういうのじゃない。
30代以上でもこんなに色々な顔の人が七人もいることは珍しい。染めていないとすればこんなに色々な髪の色が本当にあることも知らなかった。というか私、パパの顔してない男の人見るのはおとうさんが初めて。私の顔してない女の人見るのもリアナが初めて。だからここはウイルスの届かない専門の病院なんだなって思った。
だけどそれを言ったら、セルスは青ざめてセルシオルはわなわな震え、エフィリスはカップを落としそうになって、リアナはパパをものすごく睨んでてハルカは大きくため息をつきながら立ち上がろうとするアンソニーを手で制止している。
何がなんだかわからないけど、言っちゃいけないことを言ったことだけはわかった。
「ミナギ!この子どこからどうやって連れて来たんですか!?」
「敵側の思想を俺達にひけらかしてだから何だと言うんだ!」
「参ったな、今の子供達に世界はこんな風に見えているんだ」
「どうせそのうちアタイに世話を押し付けるんだ男ってのはそういうもんだブッ殺す」
「俺が誰か知ってるのにそういう反応されると傷つくんだけど」
「おい、ミルフィアリス」
「安全の話をしてるんだよ。あんた達の思想芸に付き合ってちゃ体がいくらあっても足りない」
「う、ううう、おれ、おれは」
「わたしは敵対したかったわけじゃないんです!それをこんなに戦わせておいて今更この子を引き取れなんて横暴すぎます!」
「あの女が姉様に何をしたか忘れたのか!」
「なあに、昔から人生は血染めの舞台で踊っているようなものに過ぎないさ。とはいえ割り切れるものでもあるまい」
「アタイの鍛錬についてこれるわけでもない貧弱なガキなんか匿う意味ねえだろうが!」
「じゃあこのままただの殺人者になるか?正義がここにあると思うなら示さないと時間をかけて擦り潰されて全て終わる」
「ミルフィアリス、私達は病人ではない。犯罪者だ」
「探知されるとか考えないの?持ち物とかちゃんと調べた!?」
「おれが、おかしいのか、びょうきなのか、おれが」
「もうわたしは歌いたくないんです!あなたが勝手にやってください!」
「俺達は死に場所を探して逃亡しているんだ!死地に赴くのと一緒にするな!」
「その点についてはセルシオルに賛成かな。海に小石を投げ込んだとしても瞬く間に凪いでいくものさ」
「だいたいなんだその服は!体温調節もできやしない!いい加減にしろ責任取ってお前が全裸になれミナギ!」
「これが世界を変える最後のチャンスなんだ。このまま黙って殺されることを肯定していいのか?」
「犯罪者とは政府の敵ということだ。具体的に言うと、奴等が排除しきれなかった人間だ」
「……まあセルスやエフィリスはそうだよね。でも確かに私達このままでいいのかな」
「ハルカ、おれどうすればいい。ハルカ」
何について話してるのかほとんどわからない。それでも向けられる感情くらいはわかる。
金銭欲とか殺意とか侮蔑とかの次は警戒とか敵意とか。最悪だ。
パパはパパで微笑んだまま、また難しい話をしている。
私に向かって話しかけてるのはおとうさんだけだ。
だから私が返事できるのもおとうさんにだけだ。
「お前の知っている歴史は嘘だ、ミルフィアリス」
「どういうことなの」
「30年前に終結した『大戦』のことは知っているか」
「そんなのないわ。戦争なんて何百年も前にしかないはずよ」
「世界の土壌は致死毒によって汚染され生存者は一億人を切った」
「待って、その話」
「残された人間が唯一人が住める土地――メガロティック・メトロポリティカに集まったがそれぞれの立場から禍根は根強く残り各地で暴動が絶えなかった」
「病気にならなかった人がメガリカにたまたま多かったって……話じゃ……」
「人類全員が協力しないと滅亡に向かうしかない状況ですら争い続けていたんだ」
「……それで」
「荒れた世界に指導者が二人現れた。一人は文化を、豊かな精神的財産を共有し創造し続けることで希望を持つよう呼び掛けた。もう一人は人類の同一化を図り、政治も経済も保安も全て一つの意志のもと行われるよう遺伝子レベルからの統制管理システムを打ち出した」
「待って、それって」
「後者は自分のクローンを大量に製造して部隊を編成し、前者側の人間を掃討した。抵抗虚しくその絶大な勢力によってメガリカは支配され、同じ遺伝子なら行動によって正当な評価が可能という思想のもと階級管理社会となった」
「……!クローンって、まさか」
「前者はセルス。人口が百億人だった時代から世界最高の歌手だ。後者は」
「おかあさん……」
「お前のオリジナルだ」
「じゃあ、じゃあ私は!」
「クローン技術で生まれた人間が身近でない者にとっては同じ顔の人間は同じ人間に見える。つまり」
周りは騒がしい。水の中にいるみたいに耳が遠くなってる中でおとうさんの声だけがはっきり聞こえる。
「セルス側に付いた者は『お前』を殺してきた。『お前』に仲間を殺されてきた。そう思っているんだ」
「SAITはエリートよ。私と同じ顔だからってみんなそうってわけじゃないわ」
「そう、お前はお前だ」
おとうさんは私からずっと視線を逸らさない。
瞳の金色、一昨日初めて見たはずなのに、珍しいはずなのに。そこにあって当たり前、そんな気がした。
「もう一度言う。お前は人間だ。一人の人間だ。そうでない扱いをするすべてと戦う覚悟はあるか、ミルフィアリス」