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第88話 intervention

私の目にもわかるくらいの脆い天井には窓と同時に穴が開いた。遠い空にパンくずみたいな大きさで黒いものが浮いているのが見える。

偵察用ドローンだ。それに、たぶんもう既にレーザーか何かで私達の居場所は完全に把握されている。加えて映像も撮られるんだなあと思った。

「犯罪者」が見つかったんだから当たり前だ。最悪なことにそれは、おとうさんとパパのことらしい。


メガリカは正しいので、そして正しい国の治安を維持することは何より正しいので、必ず勝てる。

犯罪者は悪い人なので、必ず捕まる。

捕まった後、罪のランクによって処分が決定される。


おとうさんはどのランクの犯罪者なんだろう。

パパはどのランクの犯罪者なんだろう。

犯罪者と話したから私も「処理」される。

その苦しさを思い浮かべて私は、どうすれば罰のランクを下げられるのかを必死で考えていた。



「ミルフィアリス」

おとうさんの肘で押さえつけられたことで、自然に上体を浮かせていたことに気付く。私はいつもこうだ。落ちこぼれで頭が働かないくせに動き回るなんて駄目なことだと分かってるのに。



伏せる直前、ドローンの羽根が弾け飛んだのが見えた。おとうさんかパパが撃った弾が命中したんだろう。すごいな、結構遠かったのに。しかもおとうさんだとしたら、私を押さえつけながらなのに。

優秀なのかな。ううん、優秀なら犯罪者なんかにはならない。

犯罪者は犯罪者で、人間のランクの中にはいない。



「うげ、突入してきた」

パパの声が後ろから聞こえる。

SAIT(特殊武装介入部隊)のことなんか誰でも知ってるけど、直接目にすることがある人なんかそんなにいないんじゃないかな。

でも政府を、国を、世界を敵に回すなんてできっこない。どうせこの家も囲まれてる。


後ろから、前から、横から銃弾が飛んできてる。家具の陰でうずくまってるからよく見えないけど、振動や空気の流れや音で絶対そうだってわかる。

おとうさんとパパは何も言わない。でも互いの弾が切れる時を呼吸だけで教え合ってるように、そして狙撃に備えるように、角度を変えながら、タイミングをずらしながら、単射と連射を切り替えながら、小刻みに移動しながら、武器を持ち替えながら撃ち続けている。たまにすごい音と衝撃が響いてくるから、爆弾みたいなものもあるんだと思う。冷たい空気がよりいっそうたくさん流れてきた。家の外壁が壊れたのかもしれないし、SAIT側も無傷じゃないかもしれない。


でもいずれはSAITが勝つに決まってる。

飛んで来る弾の精度も音も、彼等が接近してきたことを表している。

ふと顔を上げて見ると、ブルーグレーの壁は穴だらけだ。ぎい、と扉が軋んだ。


来る。



がんと扉が突き破られ、私の背丈ほどの盾を持った部隊が縦並びで入って来る。


嫌だ、嫌だ。

終わっちゃう。

SAITに捕まる。

箱送り処分にされる。

罰の、罰のランクを下げなくちゃ。

ふと足下に視線を向けると、拳銃が転がっていた。


私はそれを拾って、そして……

「やめておけ」


えっ、と言ったつもりだった。

でも空気が震えてびりびりと痛いほどで、声なんか出なかった。

何より、さっきの言葉をおとうさんに聞き返すより早く。

こっちに向かって飛んで来る弾より速く。

大きい銃を肩から下げているとは思えないくらい疾く。


弾道が見えているかのようにまっすぐ走りながらろくに負傷もせず先頭の隊員に肉薄し、盾を掲げていた隊員の脚に弾を撃ち込む。

よろめいた盾ごと圧し潰して、後ろにいる隊員を連射で蜂の巣にする。

世界中の音を集めたみたいにたくさんの呻き声や銃声が聞こえたのに、もう静かになった。


「うそ」


今度はちゃんと声になった。

精鋭のSAITの5、6人がたった一人の犯罪者に殺されるなんて。

こんなのおかしい。何かがおかしい。

おとうさんの背中にそろりと近付く。


「……て」


腰を撃ち抜かれてうつ伏せになった隊員が絶命の際に呟く。


「どうしてあなたが」


その言葉の意味の確かめ方なんか知らない。気にしてる余裕もない。私は拳銃をおとうさんの背中に突きつけていた。

「もうやめて……」

息が震えていたけど、ちゃんと声を出し続けられることに少しだけほっとした。

「私のこと騙してたの?」

おとうさんは振り返らない。

「ちゃんと大人にしてくれるって言ったじゃない。こんなことしたら、こんなことする人と一緒にいたら『やり直し』の箱送りになっちゃう。それどころか『生まれ直し』の箱に送られるかもしれないんだよ。送られてまた会えた子なんかいない。きっと一生大人になれないくらい重い罰を与えられるんだ。嫌、嫌、嫌!また罰を受けるのは嫌!」


私の声に反応するように、うつ伏せになっていた隊員が顔を上げる。

死んでなかったんだ。一人でも生きてたら罪のランクが下がるんじゃないか、そう考えを巡らせる。

隊員のかすかな声がいやにはっきり聞こえてくる。


「おかあさん……?」

「え?」

「……なんだ。『失敗作』か」

「あ、あ、あああああああ!!!」


失敗作。失敗作失敗作失敗作

私を見て、私に向かって、私をそう呼んだいやだいやだいやだ私は落ちこぼれだけどちゃんと努力してるちゃんと大人になれるから失敗作じゃない失敗作じゃ失敗作失敗作失敗作失敗作処分される処分される処分処分処分処分処分嫌嫌嫌嫌嫌たすけて

隊員の頭に向かって引鉄を引こうとするのに、手が震えてうまく指が動かない。たったこれだけのこともできないなんて私は本当に、何をやっても駄目で何もできなくて何も何も何も成せなくてやっぱり生まれてきたこと自体失敗で嫌だ怖い怖い怖い誰か誰もいない助けてくれる人なんか怖い嫌だ



「物扱いするのをやめろと言ったはずだ」

隊員の頭がぐしゃっと弾けた。

「あ、あ、あ……」

手の力が緩んで拳銃を取り落とす。私が撃てなかった人を撃ち殺した人が手を差し伸べてくる。


「私は犯罪者だ。人を殺す。世界を敵に回している」

「……」

「でも私は人間だ。そしてお前は人間だ。……そうでない扱いをするすべてと戦う気はあるか」



何を言っているのかわからない。

戦えない。

世界はいつだって大きくて正しいから敵に回すなんてできない。

SAITに一回勝てたからって、たぶんこれっきりだ。次は絶対ない。

こんな怖い人と一緒にいられない。


こんな、怖い、意味がわからない、強い、


人間。


人間と、また言った。


こどもなのに、おちこぼれなのに。

はんざいしゃなのに、ひとごろしなのに。

どうして私がその言葉を欲しがっていたこと、私より先に知ってるんだろう。


気付いたら、私はその手を取っていた。





「はい完!感動親子秘話2、完!」

パパの声と同時に響いたのは、エンジン音。


振り向くと床にまん丸い穴が開いて、そこから黒いごつごつしたもので覆われた車両がせり上がってきた。その運転席でパパが手を振っている。

発進中のその車におとうさんが私の手を引いて駆け込む。同時に、さっきまで私達がいた場所の床から煙が上がった。


「いると思ったよスナイパー。天井開いてんだから気を付けろよな」

後部座席でひっくり返っている私のことなんか知らないとでも言うように、かろうじて壁の形を保っていた板を車がぶち破る。

ついでに後ろの方で何かが引火して爆発したみたいで、とんでもない音と辛うじて窓から見える煙がその激しさを物語っている。



「うわまだ追ってくる、しつこ。撒くからちゃんと全部落としといてナッツ」

「こんな派手にやって無茶言うな」

「クルマの改造はロマンだよロマン。P-4WD(プチ四駆)で遊んだことくらいあるだろ?今度レースしようぜ」

「断る」


あがががが。運転それ自体とか、たぶん受けてる銃弾とか、あとまたおとうさんが何か撃ってるのとか、そういう振動が全部伝わってくる。

申し訳程度に身体をおとうさんの膝で押さえつけられてなんとか頭を打たずにいる。舌を噛みそうだけど。






「追っ手は来ない」

「うん、スナイパーも落ちたっぽい。さっすがあの人」

「だが回り込まれているだろう」

「しょうがないなー。まいっか、花火は一晩だけ盛り上がるもんだし」


突然猛スピードのドアを開けてパパが、そして私を担いだおとうさんが飛び降りる。


うごごごご。目が回る。というか地面を転げ回ってる。



ふらふらしながら起き上がった先に見えたものは、警察の車両を何台も巻き込みながら川に突っ込んで、昨日渡った橋よりずっと高いんじゃないかってくらい水しぶきを上げる私達の車だった。

「うわあ」


他人事みたいな声を出したままおとうさんに手を引かれて路地裏に駆け込む。









何回曲がったかわからないけど、やっとちょっとした広場に辿り着いた。息が上がって苦しいし喉が渇いた。

人通りの少ない広場の片隅には色とりどりの絵が描かれた旗と、白いワゴン車がある。


「アイスクリームか」

おとうさんがそう呟く。アイスクリームって、体に悪い食べ物だから子供の家では禁止されてる。でも食べ物だと思ってしまうと、色とりどりのよくわからない絵がたちまちおいしそうなものに見えてしまう。どんどん欲張りになっていくお腹と、路上での飲食物の販売は禁止されてるって主張する頭が喧嘩してる私のことも知らずに運転手さんが話しかけてくる。

白い髪と眉毛と髭で毛むくじゃらの顔だ。


「これはこれは可愛いお客さんだね、はじめまして。この善き日の出会いに拍手!時にお嬢さん、レモンのシャーベットは好きかな?」

「……わからないわ」

「ベリーソースもかけたげてよ」

パパが横から口を挟んでくる。

「受け取り口は反対側だよ、宝探しみたいにそろーっと回り込んでおいで」


促されるままに反対側に移動すると、車のドアがスライドして開いた。

え?アイスクリームは?

そう言う前におとうさんに車の奥に押し込まれる。



そして。



「今日はなんて良い日なんだ!鳥の歌声がまるでオーケストラのようだね爽やかだなあ!こんな日はドライブ、ハイキング、ピクニック!水入らずで楽しもうじゃないか、さあさあ行きたいところ言ってみなよ!ひまわり畑かい?ばかみたいに大きい岩の渓谷かい?ご希望のままに!」

「今日の変装もクオリティ高いなあ。中身は全く変わってないけどな!」

「わざわざこれのために業務用冷凍庫まで用意したのですか先生。おいミルフィアリス、こぼれている」

「これ食べてると勝手に溶けちゃう……なんでなの」


両隣をおとうさんとパパに挟まれて、毛むくじゃらの運転手さんの鼻歌を聞きながらワゴン車で移動してる。

しばらく走って、ある建物の前で車が止まった。


「やあやあ美しいご婦人、アイスクリームはいかがかな?おすすめのフレーバーはレモンなんだけど」

「しゃらくさい早く乗せろ」

助手席に長い黒髪の女の人が乗り込んでくる。

私を見るなり、ものすごい勢いで眉を吊り上げる。


「ミーナーギー!お前な!お前なー!」

走り出した車の中とは思えないくらい綺麗な右ストレートがパパの顔に入った。

「アタイが!どれだけ苦労したか知らないでまた苦労の種を増やしやがって!今度こそ殺す!耳に爆竹入れて荒地に埋めたら開墾できるだろ!」

「すすすすいません師匠!師匠の腕ならスナイパー全員片付けてくださると信じていましたので」

「だからってアタイをお前がこき使っていい理由になるかクソアホボケ!拾った場所に捨ててこい!」

「すいませんなんでもするから勘弁してください師匠アーッ鼻毛は、鼻毛はほんとやめてーー!」


いつもの余裕たっぷりの態度はなんなのかってくらい、女の人にめちゃくちゃ怒られて叫んでるパパ。


「まあまあ。イグナーツだって認めてるんだ、それなりの事情があるんだろう。叙事詩みたいな英雄譚かもよ?シャンパンでも用意してから聞こうじゃないか」

「すみません先生」

「おっとお嬢さんにはアップルサイダーのほうが良いかな?寒くなって来たしかわいいマグカップで温めてあげようね、シナモンはお好きかな?」


誰に対しても硬い表情を変えないでいるのに、運転手さんには押され気味のおとうさん。


左右それぞれで繰り広げられる会話をぼーっと聞いていると、ひと段落したようでおとうさんが声を掛けてくる。


「ミルフィアリス、その女はリアナ。私達の仲間で、スナイパーだ」

スナイパー。たぶん建物の上とかから銃を撃ってる人。目が良いんだろうな。


「そしてこちらが」

「私はエフィリス」


運転手さんの緊張感のない笑顔がミラーに映る。


「今日から君の友達だよ」

おなかをこわして寝込んだ子供にアイスを食わす鬼畜の所業。まさに犯罪者ですね

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