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第82話 閉じた鏡面上の結末

「ミウ、これも食べ物じゃないかな」

「そうね、チョコバーだと思うわ。流石よバノン」


私とバノンは手当たり次第に入った民家から、すぐに食べられて持ち運べそうな食べ物をいくつかかっぱらうことにした。サラミ、林檎、クッキーなんかをキッチンにかけてあった袋にぽいぽい放り込む。

外からは絶えず轟音だの歌だのが聞こえてきて、かなりうるさい。バノンともかなり近くに寄らないとお互いの声が届かないくらい。

でもバノンとくっついてられるから気分はほぼ最高だ。


ほぼ、というのはこの街の状況がよろしくないからだ。

気付けばもう夜で、空はどっぷり暗くなっている。ここの窓から外を見てもわかることはそんなにない。でも何が起こってるのかはだいたい把握している。


耳を澄ましても混ざり合ってる音のひとつひとつを聞き分けることなんかできない。


外ではマセリアとキエルが戦ってる......んだと思う。

そこにフロアも加えて三人でわーぎゃーと、あーでもないこーでもない言い合ってる隙に私達二人だけ抜け出せたのは良かったと思う。あのまま聞いてても埒が明かなかったし。


三人がどういう根拠であんな行動を取っていたかをサラッと聞いた範囲で並べると、たぶんこんな感じだ。






キエルの言い分はこう。

まずセルスが死んだ。

次に最初の八人が全滅した。

だけど大聖遺物という形で彼等の膨大な力は残っている。

伝承歌の記述を自分が解読して指揮して、元の世界を滅ぼすのが目的だ。

大聖遺物の持ち主全員と協力関係を結びたいが、他に事情を知っているはずの人が揃いも揃って意味不明な行動をしているので、情報の齟齬を正さなくてはいけない。全員対話の席に着かせなければならない。

というわけで全員黙れ文句言うな今大聖遺物の主じゃなくても適合しそうな奴は自分から離れるな互いに攻撃するな、するなら骨の一本や二本折ってでも止めてやらあ、そう覚悟を決めた。




次、マセリアの言い分。

先行の「新たなる神」が全員死ぬか感化されるかで使い物にならなくなったから訓練を受けてからDreaming World に来たけど、思ってた以上にひどい有様で手の施しようがなかった。

生きているものすべてをまるまる元の世界に移動させて、元の世界の施設に収容して『治療』の対象にすべきだと判断した。

そんなわけで、もう死んでいた「最初の八人」について色々調べるうちにある情報にたどり着いた。

大聖遺物には世界そのものを揺るがす程の力の量と効果範囲があるため、ある手順を踏めば元の世界で消失したはずの肉体を再組成できる。

それを危険なく実践するための広大な緑地と大聖遺物を収集するための街が必要だったため、マレグリットに協力を要請した。彼女は自分と同じ目的を持っている。




そんで、フロアの言い分がこう。

Dreaming Worldは一方的に情報が送られるだけの領域であって「元の世界」からしたら世界でも何でもない。

二つを繋ぐ扉が開いたとして、情報が無制限に相互に行き来するようになれば量で押し切られてDreaming Worldは消滅する。多少の犠牲を払ってでも世界の安全と独立を保つためには、戦争なんて吹っ掛けてはいけない。

大聖遺物の持ち主が無力化されて集められるのを避けなければならない。特に元の世界に対して攻撃的で、元の仲間を裏切ったセルス陣営は潰す必要がある。




どいつもこいつも話が長い!

まあ要するにみんな「このままじゃ二つの世界の間で自分にとって都合が悪いことが起こるので大聖遺物とその持ち主は自分に協力すべきで、しないなら殺してでも奪い取る」みたいなことを言っている。


あほらし!

勝手にやってろカス!




もうこりごりだわ。

他人が勝手に決めたなんか重要そうな、私にとってまったく重要でないもののために駒として動かされるのだけは嫌。そういうの全部やめなきゃ死ぬ意味ないじゃない。

出て行く準備も整った。袋の口を縛って肩にかけて、バノンの手を取る。



「この家の人はどこに行ったのかな?」

玄関ポーチで扉に手をかけた時、バノンがぼそっと呟いた。

「さあ?見当たらないけど。全員動く死体になったんじゃない?」

「……そう、だね」

「どうしたの?」

「ひゃっ!?」


何かを言い淀んでるバノンの方に振り返ったら後ろ髪が顔に直撃した。

「ご、ごめんなさい!私そんなつもりじゃなかったの、痛かった!?」

「ひ……ひたくなひ……」

その場にうずくまってしまった。どうしよう、髪の毛のバカ―!


「ちょ、本当にごめんなさい……!こんなに勢いよく当たるとは思ってなくて、その」

「……」

「バノン?」


バノンが顔を押さえてる手の隙間からぼたぼた液体が落ちていく。

「えっ大丈夫!?目に入っちゃったの!?顔洗う?立てる?ううん、水持ってくるわね!」

そう言って家の中に戻ろうとすると、腕を掴まれる。座り込んだままで、こっちを見上げてもいない。


「……」

そのくせ何も言わないってことは、わかる。

「そいつ、また何か言ってるのね」

「……ミウ」

「うん」

「繧、繧ー繝翫?繝?′繝溘リ繧ョ繧呈爾縺励※繧九?ゅb縺?☆縺蝉シ壹∴繧九▲縺ヲ險?縺」縺ヲ繧九?」

「……!ちょっと、バノン!」

「縺ュ縺医Α繝翫ぐ縺」縺ヲ隱ー?滉ソコ縺ィ繝溘え縺御コ御ココ縺ァ豁サ縺ャ縺?縺代↑縺ョ縺ォ縲√↑繧薙〒遏・繧峨↑縺?・エ縺ォ縺薙%縺セ縺ァ驍ェ鬲斐&繧後↑縺阪c縺?¢縺ェ縺???滉ス薙′蜍輔°縺ェ縺」

「無理に喋らなくていいの、ねえバノン!」


まただ。言葉になってない言葉の濁流が始まった。

バノンが言おうとしていることが、中にいる奴の意思で制限されている時に起こる現象。

でも、前の時より長い。

ゆっくりとバノンの身体が前のめりになっていく。それでも彼女の声は止むことはない。涙がぼとぼと落ちてるのが見える。

次第に声が弱まっていくけど、言うのを止めてるわけじゃない。むしろ話し続けてるんだ。息が苦しくなって、もう声ですらなくなりつつあるけど。


「バノン」

ほとんど力の入ってない腕を解いて、正面からぎゅっと抱き締める。

バノンの息が激しく乱れる音が聞こえる。背中をさするうちに落ち着いていくのがわかる。


「私、まだ聞いてないことがあったわ」

「……」

「私言ったわよね、死ぬなら星が綺麗で自然がいっぱいあって誰の邪魔も入らないところがいいって。バノン、あなたは?どこで死にたい?」

「……俺、は」

「うん」

「ミウが、いてくれたらどこでもいい」

「それは反則よ」

「反則って、罰とかあるの?」

「ないけど」

「じゃあそれでいいや」


ぽすん、とバノンの頭が私の胸に当たる。

「反則でいい」

「ほんとに?食べたいものとか、見たいものとかない?」

「俺、そういうのないんだ」

涙が混じって掠れているのに、声色がびっくりするほど落ち着いていることに気付いた。


「星空は怖いし自然は優しくなんかない」

「……もしかして、どこにも行きたくないの?」

「ううん。そうじゃない。君が口に出すだけで、君の目を通すだけで素晴らしいものみたいに思えてくるから」

「それでいいの?」

「名前も、格好も、喋り方も自分の物じゃない。身体だって自分だけのものじゃない。それなら願いだって死に方だって自分で考えた物じゃなくていいでしょ」

「でもさっき、私に何か伝えようとしてくれたわよね?今言わなきゃいけない、大事なことなんでしょ?どうやったらそれを読み取れるかわからないの」

「……あのね。見つからないようにして。見つかったら何もかも終わっちゃう」

「誰に?」


顔を上げたバノンの煉瓦色の瞳は、もう濡れていなかった。

彼女が手を差し出してくる。初めて出会った時の私みたいに。


何も言わないけれど、詳しいことはわからなかったけれど、それだけで十分。

私は何度だって何処へだって彼女を連れて行ける。










一方その頃、ラウフデル市街地






「Sutab ES Syuv Har, nihe stam ia Celsiaul!! 」

「足止めかい?歌は私には効かないよ」

「ぜえ……はあ……」


キエルはマセリアに追い詰められていた。

空を飛べないキエルは戦闘力で言えば丸腰に近い。それでも森育ちゆえに、相手がただの人なら十分にかわせるほどの俊敏性はあった。

だがマセリアなのである。攻撃のために間合いを詰めたら逆に自分の方がやられると野生の勘でわかった。だから距離を取ろうと走っていただけなのに、気付けば逃げ場のない袋小路で体力が尽きかけている。


鞘に仕舞われたまま抜かれもしない剣を腰からぶら下げたまま彼は、民家の壁を背にするキエルの前に静かに立つ。


「なんでそんな……っ、まちがいだらけの情報を持ったまま百年もここにいるんですか!」

「私が何を間違っていると言うんだ?」

「生きてる人がそのまま世界間移動なんかできるわけないんです!」

「私達の世界に攻め入る準備をしていたくせにしらばっくれないでくれ。大聖遺物、更には大量の(リソース)があれば理論上可能なことは証明されているんだ」

「ちがいます、移動したら死んじゃうんです!だから結果だけ送らなきゃいけないんです!」

「君の情報源はセルスだろう?Dreaming Worldの考案者であることには間違いないが、開発や設計は弟だけに任せていたらしいじゃないか」

「こんないびつな力ばっかり集めて、それに街のつくりも!こんなにうすっぺらいままわかった気になっちゃだめですよ!」

「……理解しろとは言わないがこれ以上動くのはやめなさい」


そう言うとマセリアはキエルの腕を掴み、抵抗しようとしてバランスを崩したキエルを両腕で抱え上げた。


「来なさい」

「どこ行くっていうんですか!」


手足をばたつかせてもマセリアに何のダメージも与えられないまま、あっさりと教会前の広場に戻ってきてしまった。


「ああ、ミラディスも迎えに行かないと」

「え?ミラディスくんどこにいるんですか?ソフェルちゃんは?あの二人どうなってるんですか?」

「心配いらない、地下で元気にしているよ」

「地下って……!あぶないじゃないですか!」

「君だってマレグリットに助けられただろう?」



そう、フロアの撒いた毒ガスも火炎も生命の起源(ジェネシス)によって浄化されたため、キエルは全くの無傷で済んだ。そう認識している。

だから同じく地下にいるミラディスもたぶん無事なんだろう、けれども。


「……やっぱりあなたに協力できません、マセリアさん」

「意向は関係ない。君はここにただ存在してくれていたら良い」

「マレグリットさんはいくらなんでも力を使い過ぎです。わたしの指揮をきかないばかりか、守ってくれるはずの神殺し(ミストルティン)の主もいないんですよ?自分のものでもない大聖遺物を使い続けたら」

「……」

「死ぬだけじゃすまないって、あなた知ってるんじゃないですか?」

「知ってるよ」

「じゃあどうして!仲間じゃないんですか!」

「……『あの神』のことを私は許しはしないが、最も正確な情報を吐いたのも奴だ。マレグリットも承知の上だよ」

「あの神?誰のこと言ってるんですか?」

「――それは」





そしてマセリアは自らの情報源となる神の名を告げた。

キエルは一瞬硬直した後、激しく取り乱して叫ぶ。


「そんなはずはないです!何かのまちがいです!」




なぜなら。



セルスは早くに死んだ。他の誰よりも早く死んだ。そう聞いている。

大聖遺物である歌の意味は解読される必要があった。

その解読法をセルシオールに伝えた神が、セルスでもセルシオルでもなく、他にいた。

それが。


こんなに意見の割れている、マセリアの信じるものと。

「同じであるはずがないのに……!」











また一方その頃

大穴付近、屋根の上


「く……」

これ以上戦えそうにもないのでキエルとマセリアに放置されたフロアが、痛む身体を引きずりながら起き上がる。

「はあ、こんなやっつけ仕事を僕の代でやることになるなんて。みんなよくついてきたよね。危ないから退職して良いって言ったのにさ。でもお陰で」

夜の帳が下り、自動で点く街灯に照らされる街並みを見下ろしながら呟く。


「時間は稼げたかな」
























再び、ミウとバノン

ラウフデル市街地




バノンに「見つからないようにして」って言われた。誰にかはわからないけど、でも誰にも会わないならそれでいい。

できるだけ人通りの少なそうな道を選んで街の西端めがけて走ってるけど、この数日で覚えたはずの経路の通りに進めない。

あちこちで建物が壊れて道が塞がってたり、橋が落ちてたり。


「おかしいわね?あいつら三人みんな無茶苦茶やってたけど、地上の建物を壊してる奴なんかいなかったような……」



あちこちで足止めを食らって苛々するけど、苛々してる場合でもない。

ふと、街の中にも人が見当たらないことに気付く。日中は溢れかえるほどいたのに、確かにおかしい。

あいつらの醜い争いはあいつらでカタつければいいと思うけど、それとは別に何か想像もつかないことが起こる前兆みたいに思える。



そんなことを考えながら遠回りしていると、大きめの広場に出た。ここは住宅地の多い街の西部だけど、その中では珍しくそこそこ開けたスペースだ。

相変わらず誰もいない。初めはそう思った。

でも、街灯にぼんやりと照らされて、私達が来たのと反対の方向――広場の南端に人影が見えた。




誰なのかは暗くてよくわからないけど構ってる暇もない。広場の北から西に向かって、バノンの手を引いて走り出した。



その瞬間。





「危ない!」






向こう側から誰かが叫ぶ声がする。

ひゅう、と音がする。

風がにわかに強くなる。





何かが飛んでくる。



すごく嫌な感じがして、全身の毛が逆立つ。






「ミウ!」




腕をバノンに引っ張られると同時に、ものすごい衝撃に襲われてその場に倒れこむ。






石畳に打ちつけた頭がくらくらする。

バノンに抱き寄せられたはずなのに、いやに重みを感じないことに気付いた。

「嫌な感じ」は全然消えなくて、気持ち悪い。視点もぼやけてるし、何より暗い。


やっと目が慣れて状況を把握できたのと同時に、暖かい液体がぽと、と私の顔に落ちてくる。



「……あ、いや、うそ」



バノンがいる。

仰向けに倒れる私に覆い被さるように。



でも、触れていない。

ぼと、ぼと。

液体が私の上に降り注ぐ。



私の真上で、バノンが浮いている。

ううん、浮いているように見えるだけだ。




上から降ってきた「嫌なもの」。私を苦しめてきた、悪夢のように重く長い槍。

神殺し(ミストルティン)に胸を背中側から貫かれて地面に縫い付けられたその身体が、自重でずるり、ずるりと落ちてくる。


首も両腕もだらりと脱力し、言葉どころか吐息さえ発さない口から、そして傷から、だらだらと血が流れている。






「いやああああああ!!!」

傷口を手で押さえるけれど、指の間から血が零れていく。生温い温度とぬとぬとした感触がいつまで経っても途切れない。

深々と地に刺さりそびえ立つ槍をバノンの身体から抜く方法なんかわからない。

でも処置として抜いちゃだめなのも、それでもこの槍を一刻も早く身体から離さなきゃだめなのもわかる。



「バノン、バノン、どうして!」






神なんかいない。私以外には。

私以外に彼女を守れるものも、彼女が信じているものもいない。


ああ、それなのに。

暗い天から降り注いだそれはまるで、罪を裁くように容易く命を奪う。

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