第81話 ボンクラジジイ
最初に出てくるカギ括弧の中は別に読まなくても大丈夫です。
――ミウがクレーンで吊り上げられるちょっと前くらい、地下にて
「でね、山がグワーッて広がっててね、柵でこう、何て言ったらいいのかな、囲いがしてあって動物とかが村に入ろうとしたらピーって鳴って、当番が見に行って魔物だったらモクモクくんをね、えっモクモクくん知らないの?えーと煙が出る仕掛けがあって、村のみんなでワ―って集まってシャキシャキって倒せるようになったんだよ。あの、村の外れに崖があって、そこがいつもプシャ―ってなってるんだけどそのプシャ―がクルクルってなったら色んな仕掛けが動くんだよ!で、剣がそのあたりの工房でもらえて、みんな戦えるんだけど兄さんは戦えなくて、でも兄さんは料理もできるし畑仕事も早いし優しいしかっこいいし大丈夫なんだけど、それまではみんな棒でぽこぽこ殴ってたらしくて、でもその戦い方じゃだめー!ギャー!ってなって教えて回ったらみんなできるようになって、あれ?何をどこまで話したっけ?今ではなんでも剣でできちゃうから良いよね!って話だったような……うん!そういう話!」
「……えーと、剣や色んな仕掛けの作り方とか戦い方とかを村に広めたのがマセリア様ってことでいいの?」
「うん!」
ミラディスのマセリアに関する下手くそすぎる説明を聞いたソフェルは眉間に皺を寄せているが、暗いのでミラディスには当然見えない。
「でも偉いね、下手したら殺されちゃうような相手と聖遺物なしでちゃんと戦えるんだもん」
「偉いも何も強いからね僕。強いから当たり前だよ」
「……あたしずっとゼクスレーゼ様みたいな騎士になりたかったんだ。敵から街の平和を守る存在になりたかったの」
「敵?魔物いないのに?」
「たまに街の中で暴れる人とかいるじゃん。パトロールして見つけて注意して、それでもだめなら戦うしかないもん」
「そんな人いるんだ。魔物がいたら暴れてる暇なんかないのにねー」
「でもね、ゼクスレーゼ様ってすっごい強かったんだよ?一人で槍を振るうだけで荒くれ者を一網打尽にできるくらい」
「そんなの一人で十分じゃん」
「そう、なんだね、やっぱり……」
「あ、ごめん、君がいらないとかそういうことを言いたかったんじゃないけど」
「いいの。むしろそれなの」
「ん?」
「マレグリット様はね、この街に住んでたら、みんなが優しい心を持って手を取り合ってたら幸せになれるっていつも言ってる」
「そうなんだー」
「あたしは疑ったことなんかなかった。……少なくともミウが襲ってくるまではそうだったし、騎士団の命がゼクスレーゼ様に吸い取られることなんか知らなかった」
「……うん」
「でも改めて見てて思ったんだけど、ミウはこの街に何の興味もない。その上キエルの力がなくったってマレグリット様はあたし達を信じさせることだってできた。それに、あんたもおかしい」
「……と、いうと?」
「キエルの護衛なんでしょ?キエルがいないならあんたはいらないし、どっちにしろ実際キエルのことちゃんと見てるわけでもないし」
「誰かさんが暴れるからね……」
「じゃあなんのために、わざわざキエルとあんたを閉じ込めて、街を死体だらけにしたと思う?」
「ぜんっぜんわからない」
「……あのさ、『運用マニュアル』って覚えてる?」
「あー、昨日キエルが読んでたやつ?あのときなんか怖かったよねー」
「あれを読み終わってキエルが『詳しい説明は後でちゃんと話します!早くここから出ますよ、話し合いするんで一緒に来てください』って」
「うん、言われた」
「で、今朝。マレグリット様のところに行ったよね」
ソフェルに言われるがままにミラディスは今朝のことを思い出す。
(三人でマレグリットの部屋に行くとあっさり入れてもらえて、ダルネも奥にいたけど構わずにキエルとマレグリットが話し始めたんだった)
「マレグリットさん、はっきり言っちゃいます」
「どうしたんですか?キエルさん」
「一緒にここから出ましょう」
「いいえ、できません。私達は争いも苦しみもない世界を作るために同じ理想のもと協力し合っているのですから」
「マセリアさんはルールを正反対に理解して行動してます。すっごい事故が起こっちゃいます」
「キエルさん、あなたは……」
(それでキエルが何か言いかけたマレグリットに向かってふよふよ飛んで、肩に手を乗せて)
「あなたたちのこと、少しはわかりました」
そう言って大きくため息をついてから続ける。
「全部まちがってますよ」
「キエルさん」
「戦わなきゃだめです」
(そこまで話が進んで、よくわかんないな―って思ってたら、突然窓から何かが投げ入れられて、煙がぶわっと上がって周りがなんにも見えなくなって)
「それが君の本性か!結論か!」
(そこにいなかったはずの誰かの声がしたんだった)
「えっなんですかこの煙~!」
「マリー、危ない!」
「信じていたのに、裏切り者!」
「攻撃ですか!?今ジェネシスを」
「ギャー!なにこれ罠!?」
「キエルどこにいる!?あっちょっと!回し蹴りしないでよ!」
「誰だかわかりませんけど敵ですね!」
「マリーを傷つける奴はすべて殺す!」
「ちょっと今誰か僕のこと殴ろうとしなかった!?」
「落ち着いてください!」
(もう誰がどこにいるのかもどれが誰の声かもわかんなくなって、乱入してきた誰かもマレグリットもダルネもキエルも適当にあちこち攻撃しまくるから敵とか味方とかもうどうでもよくなって)
「落ち着いていられますか!あの戦争で何千人ももう死んでるじゃないですか!」
「客人よ、落ち着いてください!こんな時だからこそ心を乱してはいけません、まだどうか耐えてください!」
「死ね、キエル・セルスウォッチ!!!」
「もうやだ帰りたい!帰らせてよ!なんでこんなことになっちゃったんだよ!エーン兄さん助けて!」
「アロイ・スティール!あっやばい今持ってきてなかったんだった!武器になるものどこ!?ない!」
「とりあえずそいつをふん捕まえましょう、歌うんで時間を稼いでください!」
「そうはさせない!」
「マリー、危ない!」
「どこ向かって攻撃してるんですか!よく見てくださいよ!あっ見えないんだった!」
「マリーでもないのにうるさいな!命令しないでくれる!?」
「前!前見てくださいダルネくん!」
「ちょ、それは僕なんだけど!?あっぶな!」
「まって何か爆発した!」
「なんでわたしを叩くんですか誰ですかばかばか~!」
「マリーに手を出そうとしただろ!全員殺す!」
「あちらから人の気配がした気がしますが」
「あっちってどっち!?」
「とりあえずみんな正座なさい!」
「ソフェル大丈夫!?ちょ、僕だよ僕だからその椅子下ろして!」
(大パニックだったけど、どうにかソフェルを見つけたから手を引いて壁際で固まってようとしたら、部屋の外からブロロロロって音が聞こえて)
「突っ込みなさい!」
「着いたんなら普通に開けさせろ、って止まらない!」
ドカーーーーーーーーン!!!!!!
「ギャーー!!!」
(そう、唐突に扉がぶち破られて衝撃で吹っ飛んで気絶したんだった!)
以上がミウ達が乱入してくるまでの出来事である。
「……」
「……」
「ソフェル、この街こわいよ……」
「なんかごめん」
「みんな血の気多すぎてちょっと引く」
「……あのさ、その後ここに来てキエルが色々説明してたじゃない。大聖遺物がどうの最初の八人がどうのってやつね」
「ああ、このままじゃこの世界が滅ぶからなんとかして阻止しないとってて言ってたよね?」
「言ってない」
「え?」
「『このままじゃ』『この』世界が滅びるから『阻止する』なんてキエルは言ってない」
「んん?」
その時急に、来た経路の逆方向から二人に向かって強い光が放たれる。
「ひゃ!」
「ぴえっ!」
「ミラディス!ここにいたのか!」
「げっ!おじーちゃん!」
「怪我はないか!?頭痛くないか!?お腹痛くないか!?お腹空いてないか!?」
「だ……大丈夫……」
奥の方から明かりを手に持ったマセリアが現れた。質問責めにされミラディスが曖昧に返事をしていたら、唐突にソフェルが座り込んだまま首に背後から腕を回してきた。
「来ないで!」
「ハア!?」
「……えっ?えっと、お嬢さん何をしてるのかな?」
二人が困惑するのも無理もない。
左腕で首に腕を回し、右手で剣を奪い取って喉元に突き付けているのだが、素人同然の手付きなので、というか素人なので、ミラディスが抜け出そうと思えばいつでも抜け出せる。
つまり、何の脅しにもなっていない。
「ミラディスにちゃんと説明しないまま連れて行くつもりなら刺します!」
「ソフェル!?」
「え、ええ……?」
困惑する二人を置いてけぼりにしてソフェルはまくし立てる。
「家から離れていっぱい怖い思いして体調も悪くなってるのに、それなのにわけわかんない場所に閉じ込めとくのが家族のやることですか!おじいちゃんのくせにひどい!この子に何させるつもりなんですか!説明してください早く!十秒以内に!」
「君は一体何なんだ!?」
「じゅう!きゅう!」
「説明する、説明するから落ち着いてくれお嬢さん」
脅威ではないはずなのだが勢いが良すぎるソフェルを前に思わずマセリアはなだめずにはいられなくなる。
一方ミラディスは不意に「あること」に気付いてしまい、もう何も考えられなくなっていた。
(ふわふわしたものが当たってる……)
「大聖遺物を集めた目的は何ですか!はち!なな!」
「『世界間移動』のための特殊コマンドがあの中のどれかに内蔵されてるからだよ!その意味不明なカウントダウンをやめないか!」
(ふとももが密着してる……!)
「神様がいた世界にこっちから行けるってことですか!攻め込むんですか!ろく!ご!」
「せ、攻め込むなんて言ってない!」
(どうしよう兄さん女の子のふとももってこんなに柔らかいの!?身体が挟み込まれてる......!僕こんなの無理だよぉ変になっちゃう、なんにも頭に入って来ない!)
「うそ!キエルは戦わなきゃって言ってました!よん!さん!」
「セルス……『最初の八人』の系譜なんだから元の世界のこと滅ぼさなければって思い込まされてるに違いない!だから私達の側で管理しなきゃいけないのに!」
(なんか髪も甘酸っぱい匂いがするような気が、いや気のせいかもしれない、これ以上こうしてたらバカになっちゃう助けて、あぁぁあふとももがモッチリしてるぅぅ!)
「あなたの目的は何なんですか!に!いち!」
「元の世界に帰るんだよ!」
(数を数えたら落ち着くって兄さんが言ってた気がする、いち、に……あ~!ソフェルもなんか数えてる!どこまで数えたっけ何も覚えてない頭がくらくらする体が熱いもうだめだ、女の子に挟まれたらどうなるんだ?僕も女の子になっちゃうんだ、そんでもって)
「えっ帰るんですか」
「そう、世界の扉さえ開いたらこんな血生臭くて無秩序で良いことがまるでひとつもない滅亡まっしぐらの暴風みたいな世界からみんな脱出できるんだ」
「僕赤ちゃんできちゃうよぉ」
「は?」
「えっ!?」
「メソメソ……ごめんなさい兄さん……僕は……汚れてしまった……(精神的に)」
「ちょっと!大事な話してるから変な冗談やめてくんない!?」
「お前達そういう関係だったのか!?私は認めんからな!」
「大人になんかなりたくないいいいい!!!」
「もういい、とにかくこれからどうなるんですかマセリア様!(世界の未来に関わる大事な話をしている)」
「よくない!真剣に考えろ!(孫の将来に関わる話をしている)」
「僕等はずっと一緒にいなきゃいけないのにぃ!(兄の話をしている)」
「みんなって誰ですか!家族まるまる全員でってことですか!(世界間移動がどういう風に行われるか質問している)」
「いやでもどう考えても若すぎるだろう、家族みんなでずっと一緒にいるなんて並大抵のことじゃないんだぞ!(孫の今後の生活を心配している)」
「どこにもいかないでえええ(兄が村を出て行く想像をして絶望で咽び泣いている)」
「ミラディスが行かないでって言ってますよ!(世界間移動したくないんだなあと思った)」
「ミラディス……(孫が自分に甘えてくれてるんだなあと思った)」
「うぅ……もうなにもかもおしまいだ……(なにもかもおしまいだと思った)」
「わかった!私が何とかする!」
大混乱に幕を下ろしたのはマセリアのその一言だった。
「何とかって、どういうことですか」
「安全なところに案内する。私がちゃんとこの騒動のケリをつけてくるからそれまで待っていなさい」
そうして二人がマセリアに連れられて辿り着いたのは地上ではなく、地下の一区画だった。
「あれ?さっきここ通ったような気がする!」
「レントゲン室……ってなに?わからない……僕にはもう何もわからない……」
「おそらくここが一番頑丈に作られているだろうからね。念のため結界も張っておこう、これでよし。私が迎えに来るまで出ちゃだめだよ」
そう言って出て行こうとしたマセリアが扉の前で一度だけ振り返る。
「二人きりだからって変なことしたら後で怒るからね」
去って行った神の姿は厚い扉に遮られてもう見えない。
「変なことって……ここで起こってること全部変なんだけどなあ。ってミラディス、なんでそんな端っこでうずくまってるの?泣いてるの?どうしたの?」
「しばらくそっとしといて......ベソベソ……兄さん……」
ーーそして、程なくして地下に轟音が響き渡る。