第80話 天上の主
全員死ぬとか聞こえたわ!世界が滅びるのは元々どうでもいい。それに死ぬつもりだ。でもこれ以上こいつらの事情には付き合ってらんない。
良い風が吹いた。
バノンを両腕に抱えながら、網からそのへんの屋根に飛び移るなんて私には造作もないことだ。
「はい着地!!!」
「ミウはすごいね」
「ありがとうバノン愛してるわ」
軽く足下を蹴るとオレンジ色の屋根から屋根へいとも容易く移動できる。
なんとなくだけどこれが、キエルとフロアから、教会から、この街から遠ざかる最後のチャンスな気がするのだ。
だからこそ、私は二人のいる場所に向かう。バノンを腕から降ろして手を握って歩き出す。確かめなきゃいけないことがあるのだ。
向かう先で二人はまだ話してる。
「君が最高精度の『器』なのは狂い果てたセルシオルの妄言だとでも?いいや違うね。彼が正気のときからそれは確定していたはずだ。君の正体は割れているんだよ」
「その前に。今の話、わたしが気付いただけでも二つ明らかにおかしいところがありましたよ?そもそも最初から間違ってるんですよ」
「おかしくしてるのはそっちじゃない?……おっと、ミウったらもう縄脱け成功?流石だね」
私とバノンが近付いてきたことに二人も気付いたようだ。今までずっと倒れた状態のまま話してたけど、キエルはうつ伏せの状態から上体を起こすなり私を視界に捉えてぱあっと笑顔になるし、フロアは仰向けから起き上がって、あいてててとかなんとか言って耳と髪を整え始めた。網で捕獲しといて何が縄脱けだ、しゃらくさい。
無駄口を叩かれる前に質問する。
「フロア。マセリアはどこ」
「ミウ、僕等まだ話の途中なんだけど」
「そもそも私がマセリアとケリつけようって時になんやかんや理由をつけて遠ざけたのはキエルで、案内するって言ったのはフロアよね。責任取りなさい」
「僕さ、一応君に対しては弁明とかあるんだよね。待ってもらっていいかな」
「結構よ。場所だけ教えなさい」
「場所なんて知るわけないじゃん」
そんなこと言われて怒らずにいられるほどお人好しでもない。
フロアの顎を足先でくいっと持ち上げて喉仏に踵を合わせる。
「答えなきゃ踏み抜くから」
「ああやだやだ乱暴しないでよ。僕だってこの子がこんなにあっさり脱出してくるとは思わなくて」
「わたしのことですか?」
フロアが手で指し示した方向にいるキエルは苦々しい顔をしている。
「この子が死んだら僕としても安泰だし、マセリアも出て来ざるを得なくなるでしょ」
「フロアくん、それじゃ解決しませんよ」
「何二人で納得してるのよ!キエルもキエルでさっきから何なのよ、話が長いったらありゃしないわ!」
フロアは構わず続ける。
「僕さ、不思議だったんだよ。マセリアって『最初の八人』じゃなくて『新たなる神』の一人なわけで。『新たなる神』っていうのはこの世界に対する最新兵器なわけじゃん。ミウを除いてはみんな同時期――だいたい100~150年くらい前に出現してるはずなんだよね。みんなすぐ訪れては去って行くから誤差はあるわけだけど。マセリアも100年前の記録に名前が残ってる。それなのに挙動が他の誰とも違う」
時間の流れが違うから元の世界でどれだけ経過したのかはわからないけど、この世界に来た以上、時間は体感通りに進んでいるとしか思わない。リガルタもエズも100年かけてあんなことしてたのか。ちょっとは反省とかしなかったのかしら。馬鹿馬鹿しい。
神と名乗っている愚か者を舐めないほうが良いとか何とか言ってたけどブーメランも甚だしいわ。
「所有物や聖遺物の複数所持はミストルティンについての報告で一応説明できるけど、そうしてまで支配力を強めなければいけない理由が、マレグリットにはあってもマセリアにはないはずだ。そう思っていたけれど、どうやら重要なのはそこではないみたいでね。『集めること』自体なんじゃないかなって、君の報告から導き出したのさ」
……いえ、待って。
他の神や人の話から感じていた違和感。
さっき聞こえてきた昔話。
今のこいつの発言。
確信に近いものを感じながら、その疑問を恐る恐る口に出す。
「フロア。『新たなる神』がこの世界に来た目的って……私と同じよね?死にたくて、死なせて欲しくて、それで」
「何言ってるの」
「えっ」
「表向きの目的とか個々のケースで変わるに決まってるじゃん」
「なっ……?」
「絶対死ぬんだからそれを逆手にとって何でもできるよね。『名を残してほしい』とか『お金を家族に渡してほしい』とか他にも色々あるでしょ。まあみんなジェネシスのせいでそれすら根底から歪んじゃって任務にならなかったのが大半だけど。エフィも容赦ないね、そこはマレグリットの言うこと解らないでもないな。人々は可哀想だなって思ってるよ、君達のこと」
「フロア、何を言っているのかわからないわ」
「……ミウ。正直さ、君みたいな取り立てて何の特徴もない『新たなる神』がなんでまたわざわざやって来たのかわかんないよ。話聞いても『死ぬつもりだ』しか言わないし。でもまあ途中経過を見れば、これが彼等にとっての正解だったと思わなくもないけどね」
「わかるように言ってってば」
「他の神と同じように、『政府』からのミッションは課せられていなかったの?」
「……え?」
「ミウ。そりゃ政府からすれば僕等は裏切り者かもしれないけど、誤魔化しても意味ないでしょ」
「え?え?」
何かを見抜いているような、というより共通の前提があるような素振りを見せられても、私としては全っ然わからないんだけど?
ピンと来なくて他の二人の顔を交互に見る。
バノンはびっくりするほど無表情だ。
キエルは溜息をついている。
何?二人とも何か知ってるの?
フロアは話し続ける。
「『最初の八人』を殺す。それが君達に課せられた本当の目的じゃないの」
「へ?」
いやいやいや。なんでそうなるのよ。そんな話聞いてないわよ。知るわけないじゃない、最初の八人なんか。
「そしてそれを事前に知っていたから、他の七人を裏切って政府側についた奴がいるんだよ。ね?」
「いい加減にしてくださいフロアくん。裏切ったのが誰かも知らないで適当なことを!」
すぐ二人で場外乱闘を始めるな!いえ、もしかして私が邪魔なのこれ!?
「マレグリットからフローライトに送られた最後の音声。『新たなる神』の手引きをしていた神と一致する声がデータベースにあったって言ったよね?それが」
「セルスさまだって言いたいんでしょ!?でも違います、そんなわけがないんです、だって!」
待って。待って、待って。
「セルスさまはそれよりずっとずっと前に殺されてます!他の神様のうち誰かに!」
「……時間の経過については一旦置いておこう。でもそれは証拠にならない。死亡している事実は何の証明にもならない」
もういいや。
こいつら私に説明する気なんかさらさらなく、憶測をぶつけ合ってるんだ。
「バノン、もう行きましょう」
「放っておいていいの?ミウ」
「二人で仲良く一生殴り合ってれば結論も出るでしょ」
もう徒歩で適当に探した方が早い。バノンの手を引いて屋根の端まで歩き出す。
「逃げられないよ、ミウ。バノン」
その声に振り返るのも馬鹿らしい。だけど、バノンの名が呼ばれたことで一瞬足を止めてしまう。
「気付いているはずだ。君達は誰かの願いのために無理矢理生かされていることに。自分じゃない誰かの代理戦争に組み込まれていることに」
バノンの顔から血の気が引いていく。
キエルは「違います」とずっと繰り返してる。
私は、何もわからない。でも懐に入れている夢鏡が熱を持っている気がした。
「肉体が死んでも生き続けるもの、それが願いだ。強すぎる願いは時間を超え、人から人の手に渡り、いずれは完全に適合する器に辿り着く。共に生きる永遠という幻想が崩れたなら、最後の一人になるまで殺し合うしかない。もうわかるね?それが大聖遺物とその主さ」
大聖遺物の主は全員ここで殺される。さっきこいつが言ってたことだ。誰に殺されるって?
「神々の戦争なんか人にとっては災厄でしかない。しかも『最初の八人』本人には限らないさ。ミウとゼクスレーゼの戦いでどれだけが失われたか、キエル。君も目にしているだろう」
「会社をどかーんってさせたのも」
「僕等の判断だよ。もともと物品なんかは新拠点に少しずつ移動させてたんだけどね。でも車両の配備となるとそうもいかない。目晦ましくらいにはなっただろう?」
「わたしに探させた、教会の中の記号は」
「1、3、7、8番目がcaptured。2、6番がpresent。大聖遺物が六種類もこの街に存在していることがあの時点で判明してたってことだよ」
「……忍び込んで、それを調べて、殺されちゃった人がいるんですね」
「僕だって最初は、ただ脅されて囚われているだけの傀儡でいるなら君のこと助けてあげようかと思ってたんだけどね。セルシオルはあっさり死んだし、ミウの願いは否定してたし。ゼクスレーゼはとにかく邪魔なだけだったけど」
「わたしに、誰の味方にもなってほしくなかったって言ってます?だから話し合いの邪魔したんですか?」
「どういう風の吹き回しかは知らないけど、よりにもよってマレグリットと和解しようとした。その手を取ろうとした。それは彼女を肯定することになる。君の役割を彼女のために使い切ることになる。街を壊しても、仲間を犠牲にしても、君を殺しても阻止しなければいけない。ただ一人の勝者が決まったらそれを残して世界は滅びるんだから」
後ろで繰り広げられる会話を聞いてバノンがどんどん青ざめていく。
「一人裏切って政府側についたセルスに与えられた役割は、その肉体が失われても変わらない。共通認識という幻想の上に真実という君が決めた勝敗結果を敷いていく。その歌の通りに調整は続けられる。裏を返せば、歌を継ぐものさえいなくなればそんな試合は成立しない」
「フロアくん、あなたの考えは間違っています!」
「ねえ『審判』。僕等の世界に君は要らないよ」
そうだ、私はバノンの。いえ、バノンの中にいる奴に言われたんだった。
神は全員殺せって。
それを思い出すのとほぼ同時に、ふっと視界が暗くなる。
見上げると、さっきまで私達を吊り下げていた機械が風に煽られてゆっくりとこっちに傾いてきている。
このままじゃ、あの機械が屋根に激突して四人仲良く建物ごと木っ端微塵だ!
とりあえずバノンだけは守らないと!
「バノン、私につかまって!」
「うん」
「きゃ~!」
「……」
「キエル!フロア!あんたらは自分で何とかしなさい!」
「むりです!わたし羽根やぶれてるんですよ~!飛べません~!」
そうだった!いけない、普通に忘れてたわ!
フロアはフロアで
「これでよかったんだ……」
とか呟いてるし!キエルさえ仕留められれば死んでもいいや、的な?
どんだけ雑なのよ!っていうかこれ、ただの事故じゃない!もう本当に本気で心の底から付き合ってらんない!
……と思った瞬間、頬を何かがすごい速さで掠めて行った。
「ぎいやあああああああ!!!!!!」
とかいう汚い声が飛んで行った先から聞こえる。
そちらを見るとフロアが向かいの屋根の上で悶え転がっていた。
「……キエル」
「フロアくん軽いからなんとかなりました!」
「人を蹴り飛ばしてんじゃないわよ!」
「飛んでるわたしにフロアくんを投げつけてきたのはどこの誰ですか!」
そんなこともあったっけな。
骨の何本かは折れているだろうけど、まあ自業自得でしょ。
「そんなわけでわたしも運んでください!」
「図々しいのよあなたは!」
そう言いながらバノンを肩に乗せ、キエルを小脇に抱えて屋根の端まで走り出す。
あっやばい、この重さで跳べるかしら。助走をもうちょっとつけた方がいいんじゃないかしら。
そう躊躇ってしまったのがいけなかった。スピードが変に落ちるのを感じる。
ぐらぐら揺れながら、重みのある金属がどんどん近付いてくる。
しまった、間に合わない!
その瞬間。
空が見えた。
一直線の隙間から零れるようなオレンジ。大きな影を切り裂いて現れた空の端で、煌めくものがあった。
夕日を反射する反りのない刃。
逆光を透かして輝く髪。
がらがらと積木のように崩れていく機械が地面を揺らす振動が伝わってくる。
突然現れた人物はそれをものともせずに、その刃を鞘に仕舞ってゆっくりと歩いて近付いてくる。
「大丈夫かい?」
先程まで剣を握っていた手を差し出され、私よりずっと背が高いその男性の顔を見上げる。
「私はマセリア。こんな目に遭わせてすまなかった」
これからどんどん話が重くなっていくけど、ゴールデンウィークなので明るく過ごしたいですね!
そこで、みんなに好きな果物きいてみました!
普通に答えてくれる人
バノン「なんでも食べるよ」
キエル「ぶどうですね~!」
フロア「ラズベリーかな。特に橋の向かいのあの店のタルトがうんぬんかんぬん」
ミラディス「グレープフルーツこの前初めて食べたんだけどおいしいね!兄さんも食べる?」
ヨイテ「……いちご」
なんか違う人
エメルド「果物より米かな、色んなおかずに合うし」
ソフェル「果物よりお肉!筋肉つくし!」
何もかも違う人
ミウ「ポテチ」