第71話 殺意
最悪だ。
何が最悪って、こんなに雑に身動き取れなくさせられていることだ。
ダルネを倒してマレグリットを撒いたというのに、バノンと二人で愛の語らいをしていたというのに、こんなに古典的な捕縛方法を取られて手も足も出ないなんて、情けないったらありゃしない。
「ちょっとフロア!なにするのよ本当に!どこから現れたの!」
叫んでも返事はない。
そればかりか、いつもの人を小馬鹿にしたような、笑いを噛み殺したような空気の音も聞こえない。
「一つ確認していい?ミウ」
どれだけ飾り立ててもどこか冷たく乾いたフロアの声がいつになく冷たく感じられる。
「なによ」
「キエルは?」
「知らないわよ、マレグリットが起こした風で吹っ飛ばされてどっか行ったわよ」
「あの子、自分のことなんて言ってた?」
「キエル自身のこと?別に……何か言ってたかしら?世界を滅ぼす存在とは言ってたけど、自分のことはそんなに。後は大聖遺物の説明ばっかり。伝承歌で全部記録してるとか、私の夢鏡が地下空間を作ってるとか、ゼクスレーゼのミストルティンがどうとか、ミラディスのレーヴァティンがここにあるとか、よくわかんない話。あれ、あなたミラディスって知ってたかしら?まあいいわ、取るに足らない奴よ」
「ふーん」
ふーんとは何よ、聞いといて。
そう言おうとしたけど、にわかに私達を捕らえて包み込んでいる網が更に上昇を始めたから、身体が強張って声が出せなかった。
クレーンのアームか何かに吊り上げられているのかしら。機械の低い駆動音が響いてる。
ふと、肌で感じる空気が妙に温くなったのを感じる。ぶらぶらと揺れている感覚がして、髪の先が顔をくすぐる。
「フロア、もしかしてここ地上?」
「そうだよ」
当たり前のようにさらりと返されるけど、地下空間から見た天井の高さを思い返すと、にわかには信じられない。確かに意味不明な傾斜やカーブのせいで、歩きながら正確な位置や高さを割り出すのは困難を極める。だからといって、機械ひとつでその高低を克服できるようには見えなかった。
「まああんなところにいても正直気が滅入るけど、こんな乱暴にしなくてもいいでしょ」
「だって君がいたら邪魔されるに決まってるもん」
「え?」
そう言いながら不安定な体勢を少しでもマシにしようと身体をくねらせる。
その時に網の隙間から見えた下の様子に目を見開く。
バノンにも同じものが見えているようで、えっ?と小さく呟く声が聞こえる。
そこにあったのは、私達が入ってきたはずのマンホール。
だった場所。
そこを中心に周囲が切り崩されていて、街の一区画と呼べるほどの規模の穴が開いている。
その奈落のように深いはずの入口の中は何も見えない。
高すぎて暗いからとか、そういうのじゃない。
機械、機械、機械。
夥しい数の機械が、花に群がる虫のように穴の周囲に集まっている。
よく見るとそれらが車両の形をしていることがわかる。
それも移動用の小型のものじゃない。もっと巨大な「任務に就いている車」だ。「状況を変えるものを搭載している車」だ。
私は知っている。この物々しさには覚えがある。
きっとラウフデル市民は知らないと思う。でもフロアは、フロアは。
「なんでこんなもの知ってるの!?どこにこんなもの置いてたの!?何をする気なの!?」
「何をする気なのって、前に君が言ったことと同じだよ」
なんとかフロアの方を向こうとすると視界の隅に光るものがちらつく。
それが棒で、その動きが下の車両群に指示を出していることがわかる。
それを合図に車両から伸びた砲台が鎌首をもたげる。
ノズルが下に下に伸ばされ、ファンが回転を始める。
普通の積荷とは違うことが一目でわかる、丸みを帯びた荷台の中身が外に出る瞬間を待っている。
以前私がこいつに話したこと。
どれだ、話しているからどの話かわからない。
でもこの光景が、地下にあるすべての存在の終わりの始まりだということは理解できた。
だってあれは、どう見ても――
そうだ、殲滅。
復讐とか殲滅とか、そういうのじゃないの?
彼の望みについて、そう問いかけた覚えがある。
それを彼は否定した。
短絡的だと馬鹿にされた。
「やめなさい、あなたらしくもない!」
「理解したような口を利かないでね」
それなのに、こいつは!
今こいつがこの街の底に吐き出そうとしているものは――!!
「掃討を開始する」
砲弾と毒ガスじゃない!!!