第70話 君のハートをキャラメリゼ
ーーミウとバノンがミャアミャアいちゃついてたちょっと前
「え?は?つまりどういうこと?」
「いやだから、人が死んだらこう……司祭様の祈りによる聖なるパワーで包み込まれて、一晩経ったらスッ……って消えるんだってば、何回言わせるの?」
「ごめんもっとよく説明して、お墓とかどうなってるの?」
「お墓って何?」
「こう、死んだ人を焼いて骨にして埋めとく場所だよ」
「えっ!?焼くって何、なんでそんなことするの?嫌われてるの?」
「いや焼かないと入らないじゃん」
「入るってどこに?死ぬ人がこれから死ぬからってどこかに入るってこと?」
「いや死んだ人を焼いた後に、家族とかが箱に入れるんだってば」
「え?箱?なんで?あっ、まとめとかないとバラバラになって還りきらないってこと?風強いの?」
「いや風には還らないんだってば、箱ごと土の下に入れるんだよ」
「えっじゃあ出てこれないじゃん」
「出てくるようなことあるの!?こわっ」
「だからこの世界の風に混じることで永遠に苦しみのない状態になるんだってば」
「そうはならないでしょ、死んでるんだから」
「祈りが足りない人はそりゃ化物になるけど……うっうっ……みんなごめん……救ってあげられなかった……あれじゃ苦しいままだよ……どうしてあんなにたくさん……」
「いやそうじゃなくて、死んでからそんなことになるのがそもそもおかしいんだってば!」
「あんた何言ってんの!?」
「君こそさっきからわけわかんないよ!?」
ミラディスとソフェルは大混乱していた。
人は死んだらどうなるのか。
そんな当たり前のはずのこと。
幾度となく繰り返されていた生活の営みの一部。
そんな常識を死体の群れによって目の前で覆された上に、ミウのようにマレグリットからの説明も受けておらず、キエルほどの知識もなく、話を上手いことまとめることもできない二人の話は平行線……にすらならない。あっちこっちこんがらがって、互いが何を考えて発言しているのか、その方向性すらわからなくなっていた。
あまりにその、議論……にすらならないわちゃわちゃした会話に二人揃って熱中していたため、声はどんどん大きくなり、迫り来る気配に気付くことはなかった。
だから二人にとっては、急なことだった。
「グギャアアゥギョエエエエエ!!!」
という奇怪な叫び声を上げた腐乱死体が、横からそのダルダルした腕を振り上げて襲い掛かってくるのは!
「話の途中だってばうるさいなー!!」
まあミラディスに息をするように斬り捨てられたのだが。
だが。
「……ミラディス、あのさ。今気付いたんだけど……」
「うん。たぶん同じことだと思うけど、僕も今気付いたよ」
「あたし(僕)達、囲まれてるよね!?!?!?」
そう言うなり二人は走り出した。上から右から左からじわじわ迫ってくる死体。その包囲の一番狭いところを力ずくで突破するしかない!よく考えたら他にも方法はあるかもしれないが、よく考える余裕なんか二人にはない!
ミラディスが剣を抜いて、死体の群れに突っ込むなり斬り払って行く。
「もうやだあ!村に帰りたいよおおおお!あっち行ってーー!!」
「あっちょっと!イヤー来ないでよお!」
「ソフェルこっち!ウワーまたなんか来たーー!!」
「ミラディス、上!上からも!って後ろー!危ないー!」
「ちょっと!下から来てる!跳んで、今仕留めるから!」
「待ってどこ行くのー!見えないんだけど!?」
「遅いよ!こっちだってば!」
大パニックである。
なんやかんやソフェルも普段から走り込みや筋トレ等でそれなりに鍛えていることで、なんとか途中でヘバらずにギリギリ走り続けられている。
しかしそれがいつまで保つか。火器も飛び道具も考える時間も何もない状態で、状況を切り開くものがあるとすれば。
「あんたと比べたら誰だって遅いよ!ってギャー足が、落ちるー!!」
「何やってん……って足場がーー!!ギャーー!!!」
運である!!
崩落とともに死体が次々に濁流の中に消えていく。
「うわああああ!!」
「ソフェル!手!ここ!」
なんとか飛び出たポールに掴まって滑落を防ぐ。
そのポールも折れかけ、連鎖的に崩れる足場を跳び移りながら渡り歩き、やっと安定した場所に辿り着き、難を逃れた。
が。
「た、助かった……のかな?」
「ソフェル、怪我してない!?……とりあえず誰も追って来てないけど……」
「どこ?ここ……」
「わかんない……暗いし……ていうか寒い……へくちゅんっ」
「大丈夫?なんか羽織れるものないのかな?本当に暗いね……何があるか全然見えないよ……」
もう疲労困憊である。
「いいよソフェル、探さなくて。こんなところにある布なんか変な菌ついてるかもしれないし」
「菌?」
「……あー、そっか、そこもか……。まあいいや……ズビズビ。こんなところにある得体の知れない物食べちゃったし変わんないよね……ふぁ……ヘックシュン!!」
「大丈夫?とにかくなんとかして上に戻ろう、ミラディス。食べ物とかあるだろうし、ここよりはきっと暖かくて安全だよ」
「うん……うん」
「……って、ひゃっ!?」
ソフェルはいつものように首筋にまとわりついてくるミラディスを振り払おうとする。しかしそれが、ちょっかいをかけているのと違うことにすぐ気付いた。
「ミラディス!?フラフラじゃない!」
「ちょっと……疲れちゃった……ハア……ハア……」
スタミナを使い果たしてまともに立っていられない彼を支えながらソフェルはその場に座り込む。
もたれ掛かる壁は冷たいけれど、濁流に呑み込まれる心配がないだけで十分だ。
しばらく息を整えていた二人の間に流れていた沈黙を破るように、互いの表情すら見えない程の暗い空間に声が響く。
「ごめん」
それは、二人の口からほぼ同時に発された。
「えっ……ごめんって何が?」
「あんたこそ、何か悪いことした!?」
「僕、いつもこうなんだ。肝心なところで踏ん張れなくて、足引っ張ってばっかり」
「そんなのあたしの方が!教会でキエルと一緒に戦ってたときも、さっきもずっとあんたに庇ってもらってばっかだし!」
「いいって。そもそも僕がなんにも知らないまま君まで巻き込んだんじゃん、もっと怒っていいよ」
「なんでよ!あたしだって説明してもらっても全然理解できてないし役にも立ってないじゃん!」
「ううん、そんなことない」
「うぅー……!」
いつものように、さっきのように。今も互いの言うことを否定し合って平行線を辿っているはずなのに、いつもと違う雰囲気になってしまっていることにソフェルは困惑していた。
それもこれも、話している内容が内容であることに加えて。
「ミラディス、なんでそんな急にシュンってするの……調子狂うからやめてよね」
「えっ僕のせいで狂ってるの?愛じゃん愛、一線超えとく?」
「…………いや、やっぱりもうちょっとシュンってしたままでいなさい」
「ひどーい!照れ隠しが激しすぎるよソフェルーー!!」
聞き慣れた軽口が戻ってきて、ほんの少しだけ頬が緩んでいる様子は彼には見えていないだろう。
「それにしてもさ、逆にさっきの今でもう元気になってる君の方がすごくない?やばくない?メンタルどうなってるの?」
「だって、だんだん泣いててもしょうがないかなって思えてきて。それより」
「それより?」
少し安心したことで、彼女の口調に冷静さが戻ってくる。
「あたしとあんたで、知ってること結構違うよね?」
「まあそうだね、アイルマセリアとラウフデル遠いもんね」
「……キエルさ、結構色んなこと知ってるよね?」
「あっ、うん、そうだね。僕と同じ神の子孫なのに、僕の知らないこといっぱい知ってた」
「ミウ、さ。たぶんだけど、キエルより知らないこと多そうじゃなかった?」
「あー、言われてみれば。ていうか何にも考えてなさそうだった」
「バノンって、喋ってるようでいて何も言ってないよね……?」
「ん?うーん……そうかも」
「マレグリット様、キエルのことはすっごい大切にしてるよね」
「それは僕もそう思うー」
「……ねえ、マセリア様ってどういう神様なの?」
「どうって言われても……」
「教会って、本当は何と……誰と戦ってるんだと思う?」
「何っ……て?」
「ねえ、ミラディス」
「なあに?」
「お互い知ってることと、さっき聞いたこと。整理してみない?」
未だ他の者の気配はせず、闇は闇のままで、冷えた空気が二人を包んでいる。
それでもミラディスは、ここにある色彩を、熱を知っている。
「あたし達、何か思い違いをしているかもしれない」
彼女は瞳に焔を飼っている。
そう。ミウがなんにも考えてないことは、二人にバレバレなのである!!!
(まだゲームしてるので更新速度激遅になります、エタりません)