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第68話 下を見なければ怖くないと思うわ!

ものは経験ね。方向性さえ固まれば無限にイメージが浮かんでくる。


豊富な水、十分な高さと広さ、いくら破壊しても私の思い通りにぼこぼこ湧いてくる建造物。

これだけあったら十分だわ!



「夢鏡!!!」







私の声に反応して鏡面がうねるように七色の光を描き出す。

それに呼応するように地面が、空が蠢く。



「ありゃ?」


ダルネが身構え、僅かに半歩引いた足がずぶずぶと地面に沈んでいく。

その足下がもともと大理石だったかコンクリートだったか土だったか、もうそんなこと忘れちゃったわ。

だって今作り替えたもの。


無限に続く大穴にね!!!



落ちたが最後、上がってくる手段なんかない。掴むところなんか存在しないし、駆け上がれるような足場なんか作ってやらない。

穴の中の土とジェネシスの効果で大量に存在していた水とが混ざって、勢い良く下へ下へと流れていく。


ダルネが全身を泥に呑まれてもなお足掻いているのが見えるけど、そんなこと何の助けにもならない。

どれだけ強かろうが戦えようが、環境には勝てやしないのよ!水なんか出した教祖様を恨んどきなさい!


ーーって思ったけど、それはこちらにも言えることだ。やりすぎたかもしれない、私達も呑まれかねない。

崩壊する一方の土壌の上に、足場を作ってはバノンを抱えて跳び移る。



生命の起源(ジェネシス)!!」


マレグリットが大聖遺物を使う声が聞こえた。でも無意味だ。水を死体に戻したとして、生憎この穴には下限なんかないのよ。どれだけクッションを敷いても二度と上がってこれやしないわ。

やっと崩落の危険性がないほど距離を取れたようで、振り返ってダルネに呼び掛ける。



「よくも私のバノンを愚弄したわね、もう二度と視界に入ってこないで!」

最も、この声は奈落に呑まれていった相手に届くことはないと思うけど。



「ん?」

その時、あることに気付く。


マレグリットが遠くに見える。

仲間を葬ってやったというのに、晴れやかな表情をしている。



「……何ニヤニヤしてるのよ」

まさかここから逆転してくるつもりなの?ダルネが呑み込まれている間に、彼を犠牲にして時間を稼いで何か策を練っていたの?


そう思って向かい合って身構える。でも彼女は特に何をするでもなく、不安定な足場の上をジェネシスから出した風を頼りに乗り移って近付いてくる。



そして十数メートル先にまで到達した彼女は、いつもの笑顔で。

ーーでも、いつもより明るい声で言葉を掛けてきた。


「ありがとうございます」


何を言われたのか理解できなくて、返事もせず戸惑っていると、マレグリットが言葉を続けてくる。


「いずれ折を見て死なせてあげなくてはならなかったのですが、なかなかその機を与えてあげられませんでしたから。感謝いたします」

「…………どういうこと……」


意味を問うような言葉を口にしてしまったけれど、なんとなくわかる。

彼女にとって、彼女を信じる者にとって死は救済だから。


「大聖遺物も持たないで、ただ私と同じ苦しみを味わうことだけを望んで生きていた彼の姿を目にし続けることは、私の本意ではありませんでしたから」

「だから助けるのを諦めたってこと?」

「いいえ、ちゃんと助けてあげました」

マレグリットが穴の方を振り返る。


「もう二度と浮き上がって来られないと思います」

「……あなたの言う『助ける』って」


さっき確かに聞いた。大聖遺物「ジェネシス」を発動させる声。

あれは穴から救い出そうとしたわけじゃなくて、大量の水でーー


「とどめを、さしてたのね」


マレグリットは微笑んだままだ。

地獄みたいな闇に落ちても、循環してこの世界の淀みない風になることが幸せ。

そんな彼女の理想はダルネも理解してただろうし、そのために死んだって惜しくもないと言っていた。

でも、敵のことではあるけれど、なんだかやるせない気持ちになる。


私を倒すわけでもなく、何か大きなことを為すわけでもなく、ただ「本当は死んで欲しかった、死にそうだったからそのまま死なせた」なんて。

最後まで自分のそばにいたいと願っていた相手の最後を作ることに容赦がないなんて。

自分はそれよりずっと長く生きるつもりなのに。


ぜんっぜん理解できないわ。ダルネ、この女のどこが良かったのかしら。そんなことをぐるぐる考えながらも、滑らかに続けられる言葉に耳を澄ませる。



「私にとって死なないでいて欲しい存在は、マセリア様と、それから……」

「キエルと私だけって言いたいの?」

「いいえ、ミウ様。もう少しだけ必要なのです。あと少しなのです。先程私は確信したのですがーー」



「×こそは××なり」



マレグリットがこちらに向き直るや否や、その身体は業火に包まれる。


「えっ」

と声を出す暇もなく、腕を掴まれて引っ張られる。


「バノン!?」

「走って!」



わけもわからないまま、でもバノンの声が必死だったから、その言葉のまま全力疾走する。

たぶんジェネシスがあるから燃えても死なないだろうけど、とにかく消される前に距離を稼がなきゃ!






バノンを肩に担ぎ直してひたすら走って、物陰になりそうな場所でようやく足を止めた。

「バノン、大丈夫?」

「…………」


少し顔色が悪いように感じられる。

返事もないし、どうしたんだろう。

やっぱりダルネに怪我させられてたのかしら!?


そう思って顔を覗き混むと、目線を露骨に逸らされる。


「バノン」

「…………」

「私、怒ってないわよ」

「…………」

「バノンの思ってること知りたいけど、無理に言わせようとは思わない」

「…………ミウ」

「だってバノンは私の一番大事な人だもの」

「優しくしないで」

「愛してるもの……ん?」

「ここまで無様にバレたのに優しくしないでよ」



低く吐き捨てるようにそう言われて、なんだか居心地悪くなる。

ダルネの言ってたこと。

バノンが中にいる奴が私のことを何度も助けようとしてたけど、バノンがそれを止めてたって。

この反応をするってことは、本当に本当なんだろう。



「あのね、バノン。私は」

「別に本当のことでも良いんでしょ?何か理由があるはずって思ってくれてるんでしょ?俺の行動を否定なんかしないでしょ?」

「そうだけど……」

「……ミウはやっぱり、俺とは全然違うね」

「何……?バノン、何のこと言ってるの?」

「俺は君のものだし、君の愛はいつも感じている」

「ええ、ええ……」

「でもね、ミウ」


やっと目が合ったのに、吐息がかかるくらい近いのに、遠い。何がかはわからないけど、すごくすごく遠い。



「君は俺の愛に全然気付いてないでしょ」

「そんなことない!いつもそばにいてくれるし、大事なことだって打ち明けてくれたし、それに……!」

「そうじゃない、そうじゃないんだミウ」



そう言うなり急に抱き寄せられて心臓が飛び出そうになる。

背中とバノンの腕との間に髪が変な風に挟まってて痛い。


「バ、バノ……」


思いっきり抱き締められてる。

すっごい嬉しい!嬉しいはずなのに、なんだか胸の奥にモヤモヤしたものを感じる。

この温もりを、私は手放しで喜べない。そんな気がする。


それに、あまりにも力を込められててーー


「ミウ、苦しい?」

「だ、大丈夫……」

「そう」


私が答えるなり、もっと力を込められる。


「ミウ、痛い?」

「痛くない……ちょっとしか痛くない……」

「………………」



どこにこんな力残ってたんだろうってくらい、潰れるほどに抱き締められて本当に息苦しくなってきた。


「バノン……」


ふっと腕の力を緩められて、急にたくさんの酸素を吸い込んだ肺がびっくりして咳き込んでしまう。

背中をさすられてなんとか呼吸を落ち着かせられた。

でもその手に、いつもより躊躇いが感じられる。


そのことを尋ねるより前にバノンが口を開く。


「ちゃんと苦しんでよ」



「……え?」



「傷付けたら傷付いてよ、ミウ」

あけましておめでとうございます。

2020年もよろしくお願い申し上げます。

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