第7話 疾風怒濤ってこういうことよね?
「バノン!会いたかったわ!あなたがいない半日なんて砂利粒ほどの価値もなかったわ!」
「あははミウだー」
「えっバノンさんお知り合いですか?」
「結婚してます」
「あっそうなんですか……えっ?」
バノンの隣に私じゃない金髪の女の人がいるけど、結婚しているのは私なので特に気にならない。
飛竜の背に乗って、上空から無事が確認できたのでとりあえずは良し。
「中にいてくれる?バノン」
「わかったー」
バノンと女の人が船内に入っていくのを目視で確認する。
エズに飛竜を操らせて、他の飛竜と群れをなしてカチコミに行こうとしたところ、他の艦隊とちょうど交戦中だったのが幸いし、奇襲のような形になった。
だだっ広い海の真ん中だと言うのに後ろがガラ空きなんて、あの艦隊どんだけ舐められてるんだろう。まあ神の船相手じゃそうなるのも仕方ないか。
ただ、バノンをこのまま上空から取り返したとしてしつこく追いかけられたらたまったものではない。海上を自由に動けるナグルファル相手では分が悪い。だから神である私が、同じく神のリガルタを叩く必要がある。
というかエズがやるべきなんだろうけど、あいつ本当にマナウ海域から動こうとしない。保守通り越して怠惰じゃない?最終目的が死だとしても、脱線するのならせめて統治がしたいのかリゾート気分を味わいたいのかはっきりしなさいよ。
全く、自陣の海岸近くで夜戦やるバカがどこにいるのよ。巨大飛竜に頼りすぎなのよ、あいつの雑さにはうんざりする。
空を悠々と飛べる飛竜なんだから、固定砲じゃなくて遊撃隊として扱いなさいよ。ほら、ちゃんと翻弄できてるじゃない。既に帆に何匹か噛み付いてるし。
でもバノンまで沈めちゃだめだからね。
「さて、この船の主はどこかしら」
リガルタのいる場所を特定しようとするが、ナグルファルが不意に視界から消える。
「お嬢ちゃん、こっちだぜ」
背後から爆風が起こる。ナグルファルの砲撃をすんでのところで回避する。
なかなか良い勘してるじゃない、この飛竜。エズはともかく飛竜は可愛いと思ってあげても良いわ。バノンが一位なら飛竜は三万位くらいには可愛いんじゃない?
いくら急に消えて現れてということができたとしても、砲撃にはタイムラグがある。背後に回り込まれたとしても回避はそんなに難しくない。ただ、リガルタの位置がわからないとこちらも攻撃が難しい。
しかも、この船の能力と環境を照らし合わせて考えると、絶対まだ本領を発揮してない。
海戦なんかやったことない私でもそれくらいわかる。
また消えた。消えている時間が長い。そろそろでしょ。
マナウ海域の方向を振り返ると、やっぱりいた。
神出鬼没の能力を持つこの巨大な船。でもその適切な戦い方は、奇襲じゃない。
視界に入る範囲のあらゆる場所に出られるのなら、敵を引き付けつつ広いフィールドの中でできるだけ遠くに行って、追う側の体力や燃料が尽きるまで耐久し、疲弊しきった相手を一気に叩きのめすのが正しいやり方だ。
電光石火のように攻め行ってもリスクを増やすだけなのに、毎晩そんなことしてたなんてこいつらもバカなのかな?
「でもだめよ」
海面が、ナグルファルが大きく揺れる。
悲鳴でも上げてなさい。
状況を開始する前の、エズとのやり取りを思い出す。
「ちゃんと双眼鏡持って、ほら。ナグルファルが見えたら適当に巨大飛竜に光線吐かせ続けといて」
「ナグルファルに当てるのは難しいですよ」
「当てろなんて言ってないわ!こっち側が見えなくなるくらい海面揺らしときゃ良いのよ!昨夜できてたでしょうが!」
「魚が死にます」
「昨夜だって死んでたでしょうが!ていうか毎晩やってるんでしょ!私もう行くからね!」
「えー」
えーじゃないわよね全く。まあ、ちゃんと言うこと聞いてるから良いけど。
要はマナウ海域側を塞いでしまえば良いのだ。それに、そちら側にいる限り激しい揺れでまともな操縦なんかできないだろう。
「こっちにツラ貸しなさい」
またナグルファルが姿を消す。近くに姿を現すはずだ。巨体ゆえにコントロールが難しい移動を繰り返しているんだから、リガルタは必ず外に出ているはずだ。
加えて、巨大飛竜の光線の振動が届かない場所。
更に後ろにいる艦隊の射程範囲外。
上空に配置した飛竜の包囲が薄い箇所。
それが次に現れる場所。
そして、私がすべきこと。
一か八か。真下に切りもみ回転だ!!
「そこだ!!!」
「グフッ!?!?」
リガルタが現れるより先に、リガルタが現れる場所を叩く!
こんなものは急降下を通り越して落下だが、飛竜の体当たりがリガルタを潰す!
骨でも折れれば十分かと思っていたが、衝撃の大きさでそのまま致命傷になったらしく、リガルタは身体のあちこちが変な風に曲がって血まみれになっている。
周りの乗組員が悲鳴を上げて逃げ回っている。あなた達に興味なんかないわ。私達のこと、もう追う理由も必要もないでしょう。それならそれでいい。
「……ょう」
まだ息があったのね。驚きだわ。
「……んどこそ、殴られ……い……日々が……。殴……くていい、家族も出……かない、豊……な……」
「あなたの事情なんか知らないわ。貧しかろうが誰が誰を殴っていようが関係ない。 Dreaming world に来る前に、何度だってカウンセリングを受けたでしょう?それでも死ぬのを選んだのはあなたよ」
「……にた……ない……まだ……こ……世界……しあわ……」
「私達がこの世界で崇められているのはすぐに死ぬからよ。死のうともしないで支配しようととするなんて厚かましい」
「…………」
リガルタはもう何も言わない。目に光はもう宿っていない。
「ミウ、殺したんだね」
バノンが甲板に出てくる。
一緒に出てきた女の人はリガルタの様子を見て小さく悲鳴を上げて目を逸らす。
バノンに駆け寄って首元に抱き着く。思いっきり飛びかかったけどバノンは軽くバランスを崩すだけで、ちゃんと受け止めてくれた。しばらくそうしてから腕を緩め、リガルタの方を指差して問い掛ける。
「バノン、こいつに何をされた?」
「自慢された」
「他には?」
「なんか色々話をされた」
「怪我は?」
「してないよ」
「あの、本当にありがとうございました……!これで故郷に帰れます!」
女の人が深々と頭を下げてくる。この人のことバノンが助けたのかな。でも私までお礼言われるようなことはしていない。
バノンを取り返しただけ。私にはそれだけで十分。
その時、ナグルファルが大きく揺れる。
主を失ったばかりの所有物は、そこらへんの乗組員が咄嗟にコントロールするにはちょっと難しい代物らしい。傾きながら、あらぬ方向に進んでいこうとする。
本当にどこに向かっているんだろう。前後も左右も東西南北もよくわからない。
「これ沈没するんじゃないかしら」
「ミウ操縦できる?」
「わからないわ。やったことないし」
バノンが微笑みながら訊いてくる。私はおそらく無表情のまま答える。
その時、女の人が船内に向かって一目散に走り出す。
「あっクラリス、危ないよ」
「クラリスっていうのねあの人」
と思ったらすぐに、金髪の男の人を引きずってきた。その細い腕でどうやって?
「クラリス、俺は機関部分の調整を最後まで」
「プリーモ!何言ってるのこの機械オタク!私がさらわれてることにも気付かなかったばかりか、沈没しかかってることにも気付いてないの!?舵の方なんとかならないの!?天才エンジニアなんだったらそれくらいできるでしょ!」
「エンジニアを何だと思っているんだ。見せてみろ。ほらやっぱりここが折れてる」
「あれは機関室にいた乗組員だよ」
「バノン、結構よく知ってるのね」
プリーモと呼ばれた彼はクラリスには頭が上がらないようだが、本当に天才らしい。瞬く間に彼が舵の方を何とかしてくれたようで、傾きは直らないものの船の移動は止まった。
とはいえこのままではゆっくりと転覆していくことには変わらないのだが。
そう思った時、船の外側から声が聞こえる。
「クラリス!無事か!」
「あっアスター!助けに来てくれたのね!」
気付けば艦隊に取り囲まれている。迅速に乗組員の救助が行われているようだ。
救助にあたる人々の中に、クラリスよりかなり若い、それどころか少年のように見える軍人の姿もあった。
「クラリスは本当に俺がついていないと駄目だな!ちょっと目を離したらすぐにさらわれて!」
「はいはい、心配してくれたのねアスター。嬉しいわ」
「頭を撫でるな!」
何イチャついてんのよこいつら。命の危機じゃなかったの。
後ろでプリーモが満足気に
「スードリーガの海軍はやっぱり世界一だからな」
とか呟いてる。いやあなたナグルファルの乗組員でしょうが。神がいなくなった途端掌返しやがって。人なんかこんなもんだ。付き合ってらんない。やっぱり干渉しないのが正しいのよ。
そもそも私はリガルタを殺した神なんだから、これ以上ここにいても恨まれるか褒め称えられるか恐れられるか敬われるか、まあ何にせよ面倒なことになる。とっととバノンの服を回収しに戻ろう。
バノンの手を引いて、飛竜の背に飛び乗る。去って行く私達に向かって叫んでくる。
「ありがとうございましたーー!!またスードリーガにも来てくださいねーー!!」
「絶対行かなーーーーい!!!」
とほほ。なんでこんなことになっちゃったんだろう。
バノンと一緒に泡になって消える計画はどこへ行っちゃったの。
もう海なんてこりごりだわ!
スードリーガがどんな街か知りたい方は、後編1章をご覧ください。