第58話 神の末裔(上)
引用元:第22話
島最大の玄関・海辺の街セルリアナにて
「船が出せないってどういうことですか!?」
「ちょうどこの時期はこの街は春のカーニバルで一週間すべての住民が騒ぎ倒して飲んだくれるからね、それが終わるまではラウフデルみたいな遠い所への出航は無理だなあ」
「この通りですから!急いでるんです!」
「すまないけれどこればっかりは伝統だからね、疎かにはできないのさ」
「そんなあ……」
俺はエメルド・アイフレンド!弟を祖父と名乗る不審者にさらわれて、はや二週間!山で遭難してから小さい村をいくつか経由して、何回かまた山間を歩きまくって、やっと長距離航行ができる船があるまともな港町に着いたけどこのザマ!
どんな目に遭わされているかわからない弟や、村で待ってる妹のためにも早くラウフデルに行かなきゃいけないのに!
「捨てられた犬のような顔だな、でかいくせに情けない。邪魔だから通路の真ん中に立つな」
「ヨイテ、換金終わったのか」
「大した額じゃない。今回の目玉のはずだった聖遺物が誰かさんの体内にあるせいでくたびれ儲けも良いところだ。拾った木の実や廃材くらいしか売れるものがなかった」
「そんな睨むなよ……」
「誰かさんの宿泊費も含まれているんだが!?」
「うわ痛い痛いすみません脛蹴らないでください!!」
急な気候変化や魔物との戦いにまた巻き込まれまくって、俺とヨイテは別れるタイミングを完全に失っていた。というか、別れても行き先が同じだったり、分かれ道だったはずのところが通れなくなっていたりで、別れようがなかった。
そんなわけで今も一緒にいるけど、変わらずご指導ご鞭撻……というか虐げられている。
「で、今夜覚悟しておけ」
「今夜?何を?」
「お前は本当にぼんやりしているな、頭に雲でも詰まっているのか、穴でも開けてやろうか」
そう言ってヨイテは溜息を吐く。
「使っていない船を借りに行くぞ」
「ああなるほど!じゃあさっきの受付に持ち主を訊きに行ってくるよ」
「そんなことしたら足がつくだろ」
「……ヨイテ」
「なんだ」
小首をかしげたところで何も誤魔化せていない。
「それ窃盗だーー!!!」
「人聞きの悪い。返せばいいんだろ返せば」
「それでも無断借用だーー!!」
「どうせこの街の者は一週間使わないんだ、権利の侵害にはあたらない。下手したら気付かないかもしれない」
「この……闇世界の住人!悪魔!」
「ああそうだな、そういえば私はもう関係ないな、勝手にしろ。せいぜいモラルを守って一週間祭に明け暮れてろ」
「普通に頼み込むという発想はないのか!?」
「あのー、お二人さん」
ヨイテと言い合っていると、さっき受付で乗船を断られたおっちゃんが歩み寄ってくる。
やばい、話してる内容聞かれたかな!?
顔を引きつらせて向き合うと、彼はビラを手渡してきた。
「新婚旅行ならそう言ってくれたらよかったのに。はいこれ、今夜開催だよ。街の外の人も出場資格あるから頑張ってな」
そこにはこう書いてあった。
「セルリアナカーニバル恒例・新婚さん限定!ラブラブクイズ大会~愛と絶望のサドンデス~頂上決戦!優勝賞品は貸し切りクルーズ新婚旅行!今夜から一週間お好きな場所までお送りします!」
「…………」
「…………」
「……ヨイテ」
「断る」
「お願いします」
「嫌だ」
「結婚してください」
「殺すぞ」
「『これは契約なんかじゃない……一生俺のそばにいてくれ』」
「弟の発言をパクるな!」
「一晩だけで良いから!一晩だけで良いからお情けを下さい!」
「短い一生だな本当に終わらせてやろうか!?」
「頼むよ!頑張って好きなところ五個くらい挙げるから!」
「せめて両手で数えろ!」
「面倒見が良い、弓が上手い、色々知ってる、めっちゃ可愛い、あと、あと……」
「せめて五個は挙げろ!」
「なんだかんだ優しい……って、なんで俺ばっか言わせんだよ!ヨイテは俺のどこが好きなんだよ!」
「一人で勝手に役に入り込むな!死ね!」
で、夜。
「さあ次は早押しです!予めご主人が手元のボードに書いている答は回答者の奥さんには見えません!どれだけお互いのことを理解しているか、愛が問われる問題です!」
「早くも一般問題で三十組が脱落していますが、この問題は知識では太刀打ちできません!」
「第一問!ご主人の家族の好きな食べ物は!?おっと六番さん速い!」
「弟は野菜の酢漬け!妹は小魚の干物!」
「大正解!」
「第二問!ご主人の家の代々の家宝は!?また六番さん!この奥様、一般問題でも速かった!」
「レーヴァティン!ただし現存していない!」
「またしても正解!」
「第三問!ご主人のお祖母様のフルネーム、はい六番さん、鬼気迫るといった表情だ!」
「リルミーナ・ベティ・アイフレンド!」
「はい正解!」
「第四問!ご主人は奥さんのどこが好きか五個!六番さんほんと速いですね!」
「面倒見が良い、弓が上手い、物知り、め……めっちゃかわいい……、なんだかんだやさしい……」
「パーフェクト!」
「第五問!プロポーズの言葉は!?六番さん風よりも速い!」
「『これは契約なんかじゃない……一生俺のそばにいてくれ』」
「はい六番さん最終ステージ進出決定!」
「最終ステージは料理対決です……が……!」
「柔らかすぎて舌の上で消えた……だと……」
「繊細な盛り付けは芸術の域」
「素材の旨味が最大まで引き出されてそれでいて完全に調和している」
「冷温のコントロールが絶妙、口に入る瞬間に一番美味しい温度になるように調理されている」
「すべての工程が丁寧なのに押しつけがましさがない」
「並みいる料理自慢の奥様方をものともせず審査員満場一致で六番さんのご主人のフルコースが大会史上最高得点をかっさらっていったー!!!」
「優勝おめでとうございます!何か一言!」
「この日のことは一生忘れません!」
「ああ……一生忘れない……」
「一生忘れんぞこの屈辱は!!!」
「ごめんって、でもこうやって本当に船まるまる一隻貸し出してもらえるなんてすごいよな。夜風が気持ち良いなー」
「私は全く良くないが?」
「その割にはさっきから備え付けの高級酒ばっかりガバガバ飲んでるじゃん、それ何杯目だよ」
「飲まなければやってられないんだ!なんだこのクソイベント!」
そう言ってヨイテはグラスになみなみ注がれた白っぽくてしゅわしゅわした酒を煽っている。
街はまだ盛り上がっているようで、夜景が横顔を照らしている。
デッキの上には俺達二人しかいない。
「それにしても、レーヴァティンやばあさんの名前まで知ってるなんて」
「有名だろう、英雄マセリアの話は。村の名前になるくらいだ」
「ずっと昔、神々の争いが激しかった頃、心優しい女神が巻き込まれた村のために邪悪を断つ剣を授けた。その剣を代々受け継ぐ血族の乙女が魔物の群れを退治していたけれど、ある時現れた大蛇の魔物に捕らわれ、あわや命の危機となった。その時、太陽のような金髪を持つ神が現れ、誰も見たことのない形の美しい剣で、空にかかる雲ごとその魔物を一刀両断した。それからその神と乙女は結ばれて、いつまでも幸せに暮らした。めでたしめでたし。……ってのは、村の人間なら誰でも知ってるけど」
「村の外でもそういった伝承に詳しい人間の耳には届いている」
「聖遺物回収業者とか?」
「聖遺物回収業者とかだな」
もう空になったグラスを片手で弄びながら、ヨイテは手すりに寄りかかっている。
「いつまでも幸せに、なんて嘘なんだけどな」
「その後死んだ……いや生きているようだが……とりあえず、お前の祖父母は死んだことにはなったんだな?」
「うん。その伝承の数年後に魔物に襲われたって聞いてる。レーヴァティンも失われたって。それでその後、俺が14か……いや13だっけ?とりあえず三、四年前、両親も死んだけどそれは病気だから魔物とは関係ないよ」
「……家のことは、お前がずっと?」
「いろんな人に助けてもらいながらだけどな。……でも」
「でも?」
「両親を死に追いやった病気が何なのか、村の誰も知らない。医者も、一番の年寄りも、村長も」
「そんなことがあるのか?いくら田舎だからって、実際の生活と関係があろうがなかろうが医療や技術に関する知識はある程度……」
「うん、世界共通の最低ラインはあるって聞いてるよ。だけど、どんな本にも書いてなかった」
「……そうか」
気付かない間に、彼女の視線が俺の方に向けられていた。
「ヨイテ、聞きたいことがあるって顔してる」
「嘘つけ。暗いんだ、見えるはずない」
「分かるよ、それくらい。……二人が死んだときの状況だよな」
「覚えているのか」
「見つけたのはレトだよ。親と寝てたけど、夕方から急に二人とも軽く熱っぽいって言い出して、俺が薬をもらって来て、伝染ると悪いから三人で寝なさいって言われて。で、翌朝真っ先にレトが起きて二人の様子を見に行くと、もう息してなかったって」
「……それ、は」
「しばらくは俺達三人も隔離されたけど、俺達にも隣近所にも伝染る感じはなかったな。この通りぴんぴんしてるよ、俺は」
「だいたいわかった」
風がまた強くなったように感じる。
「ヨイテが知ってる病気なのか?」
「そうじゃない」
街が遠ざかる。暗くなって、船内の灯りだけがささやかに足元を照らしている。
その瞳の深い緑がぼんやりとしか見えないのは残念だけど、どんな顔してるかはきっとわかる。
だって待ってたから。
「お前のことだ」
たぶん俺は、誰にも言えないくせに、誰かに言われるのを待ってたんだと思う。
「お前は自分だけ他人だと思っているんだろ」
「……思ってるんじゃなくて、そうなんだよ」
「根拠はあるのか」
「両親が死んでちょっと後、ミラとレトは『あれがない』『どうしてなくなってるの』って騒いでた。でも俺は何のことか全然わからなくて、これからの生活のことばっかり考えてた」
「あれ?」
「レーヴァティン」
「待て、矛盾している。レーヴァティンは」
「ずっと昔に失われているはず、だろ?俺もそう思ってた。一族に代々伝わる剣なんか、もう存在してないって信じてた」
「違ったのか」
ミラディスとの会話は今でも思い出せる。
「お兄ちゃん、なにいってるの?レーヴァティンならずっとお父さんとお母さんのへやにあったじゃん!……見えてなかったの?今までずっと!?なんで!?」
「そんなことより体はもう大丈夫なのか?先生も心配してたし、辛いならもう少し休んでも良いんだぞ。レトだってそうしてるし」
「『そんなこと』!?そんなことって何だよ!あれは何よりだいじなものだったのに!だれにもうばわれちゃいけないものだったのに!」
「ミラ、落ち着けって」
「うるさい!上っ面だけのくせに!そうしなきゃいけないから優しくしてるだけの他人のくせに!ほんとは何も、だれのことも見えてないくせに!」
「ミラディス」
「さわらないで!お前なんか兄でもなんでもない!出て行ってよ!もう二度とこないで!」
「……ってことがあったんだ」
「あのなあ、言っておくが」
「神の力をどれだけ受け継ぐかは個人差がある、だろ?しかもマセリアの血じゃなくてもっと昔の神の祝福によるものなんだから薄い人が現れるのは当然だって。今はそんなことわかってるよ。ミラももちろんあの通りだし」
「いまいち納得していないようだが?」
「今わかってることは、あの家で俺だけ身体が丈夫で、レーヴァティンが見えなくて、ああ、それからもう一つ。別の聖遺物が使えるってこと。それだけだよ」
「……お前は、本当は自分のことをどう思ってるんだ?」
「……血が繋がってるかどうかなんて関係ない。レーヴァティンの継承者じゃないことだけは確かだ。だから俺の役割は、存在を許されている理由は、二人を守ること以外ない」
何か言おうとしたヨイテの足がふらつく。
咄嗟に抱き止めると、そのままもたれかかって来られる。
今なら殴りかかられる心配もないから一言だけ囁いてみる。
「飲み過ぎですよ、奥様」
※彼等の地域では18歳から成人です